「いつもやられてばかりの俺じゃないって事を見せてやる!」
今日は遠野志貴の真の力を見せる日なのだ!
「……それが一番嘘っぽいよなぁ」
はてさてどうなる事やら。
「さらに4月のバカの話」
「秋葉ー」
まず俺は逃げ出していった秋葉を探すことにした。
翡翠を騙すのはなんとなく気が引けるし琥珀さんじゃ敵わない。
つまり秋葉が対象として一番無難なのだ。
あれで案外単純だしな。
「……あ」
「う」
秋葉の部屋の前で翡翠と遭遇した。
「や、やあ翡翠」
「志貴さま、秋葉さまにご用事ですか?」
「うん。ちょっとね」
「しかし、秋葉さまはまだいらっしゃらないようなのですが」
「ん、そっか」
まだ戻ってきてないのかな。
「ありがとう翡翠」
「いえ」
「……」
そうなると翡翠でポイントを稼いでおいたほうがいいんだろうか。
いや、でも量より質の問題って言ってたもんな。よく考えて仕掛けないと。
「どうかされましたか?」
「あ、う、いや、何でもない」
「志貴さま、そんなに意識をされなくてもいいと思いますが」
「え? ……あ、あはは」
翡翠に言われて思わず苦笑いしてしまう。
「それこそ姉さんの思う壺ですよ」
「そうか……そうだよな」
エイプリルフールだから人を騙さなきゃいけないってわけじゃないのだ。
「わかった。ありがとう翡翠」
「はい」
ぺこりと頭を下げる翡翠。
「じゃあ」
俺は挨拶をしてその場を立ち去ろうとした。
「何ですか、騒々しいですね」
「あ、あれ?」
すると部屋の中から秋葉が現れたではないか。
「翡翠……?」
秋葉は部屋にいないって言ってたのに。
「志貴さまは愚鈍です」
翡翠はびしっと俺の顔を指差して去っていった。
「もしかして……騙された?」
「どうしたんですか?」
「あ、う、いや、なんでも」
多分今のは翡翠なりの警告のつもりだったんだろう。
きっとそうだ、うん。
「……いや、秋葉に用事があってな」
「ええ、私もです。奇遇ですね」
「ん?」
あっさり嘘を見破られたというのに秋葉は妙に強気だった。
さっきのアレは何だったんだろうか。
「何度も同じ手で兄さんを騙そうとしたのは本当に失礼でした。兄さんもそこまでバカではないですものね」
「ああ、別に気にしなくたっていいさ」
今日はそういう日なんだから。
「ですから反省したんですよ。これを受け取って頂けませんか?」
「ん」
そう言って差し出されたのはさっきとは違う封筒だった。
「これは?」
「兄さんへの小遣いが入ってます」
「……」
いや、それじゃ同じじゃないですか秋葉さん。
「……いらないよ」
俺は苦笑しながらそう言った。
「いらないのですか?」
「ああ」
どうせまた偽者なんだろうし。
「ふふ、ふふふふふふ」
すると秋葉は不気味な笑いを見せた。
「な、なんだよ」
「兄さん、今の言葉に偽りはありませんね」
「……ないけど」
なんだろう。とてつもなく嫌な予感がする。
「兄さん、罠というものは二重三重に張るものですよ」
「ま、まさか……」
いくら秋葉にしたって、やり方が単純すぎた。
それはまさか……
「こういうことですよっ!」
封筒の中身を引っ張り出す秋葉。
「ま、万札……!」
そこには束になった一万円札が入っていた。
「ですが兄さんはいらないといいましたよね?」
「そ、そんなバカな!」
最初の二回の失敗はこの時のためだったと言うのか?
「いえ、本当に残念ですよ兄さん。私は誠意を見せたつもりだったんですが……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ秋葉!」
「嘘だ……などと言いませんよね? そんなつまらない嘘は認めませんよ?」
「う……」
やられた。完全にやられた。
秋葉なら大丈夫だろうとタカをくくっていたのがいけなかったのだ。
まさかこんなどんでん返しを食らうだなんて。
「……まいったな」
素直に敗北を認めるしかなかった。
「わかればいいのですよ、兄さん」
そう言って懐に封筒をしまってしまう秋葉。
「……」
騙されてもいいから欲しいと言っておけばよかったのだ。
「まあ……あんまりにも気の毒ですから、少しは考えておきますよ」
「ほ、ほんとかっ?」
「今日はエイプリルフールですけどね」
「……あはは、ははははは」
エイプリルフールなんか大嫌いだ、くそぅ。
「琥珀さーん」
秋葉に騙されてもう何も怖くなくなってしまった俺はラスボスに勝負を挑む事にした。
どうせいずれは戦わなければいけない相手なのだ。
「どうかなさいましたー?」
部屋のドアが開く。
「いや、琥珀さんと勝負をしようと思って」
「エイプリルフールのですか?」
「ああ」
「残念ですけど、わたしは辞退しますよ」
「そうか、じゃあさっそく……ってええっ?」
琥珀さんは予想外の事を言い出した。
「今日はむしろ嘘をつくのを止めます。わたしは正直に生きるんです」
「そんなバカな……って」
そうか、そういう嘘なのか?
「わかった。うん。じゃあ邪魔はしないよ」
きっと最後の最後で何かを仕掛けて来るつもりなんだろう。
その時だけ警戒しておけばいいのだ。
この情報は俺しか知らないはず。
琥珀さんに騙されないというのは遠野家に住む人間にとって大きなアドバンテージとなる。
「ふふふふふ……」
そこで俺は琥珀さんの目論見を全部知っていたんだという嘘のような本当を告白。
みんなは驚く。
そこを録音してしまえばいいのだ。
これに勝るインパクトはそうないだろう。
琥珀さん、油断したな。
「勝機は俺にある!」
……あるよな? うん。
その後、秋葉からの攻撃をうまくかわし、時間が過ぎていった。
その間、翡翠には何度か会ったが琥珀さんから何かを仕掛けて来る事はなかった。
「なあ秋葉。琥珀さんに何かされたか?」
兄さんの新しい服を買ってあげますよ攻撃を回避したついでに秋葉に尋ねてみる。
「いえ、特には何も……」
「……うーむ」
最後に何をするつもりかわからないけど、琥珀さんにしては大人しすぎるんじゃないだろうか。
「逆に翡翠のほうですね。さりげなくではあるのですが、細かい嘘を重ねていっているように見えます」
「翡翠が?」
少し思い返してみる。
「確かにな……」
秋葉の部屋を訪れた時も中にはいないという嘘をつかれた。
普段の翡翠だったら考えられない事だ。
「そうか……わかったぞ!」
「……琥珀の変装ですかっ?」
「ああ」
俺たちは同時に事実に気付いたようだ。
「翡翠はこういうイベントに積極的に参加するほうじゃない。部屋で大人しくしてるのが普通だろう」
「そこを利用して、翡翠に変装した琥珀がわたしたちを騙していた……と」
「ああ。最後にそれを告白するつもりなんだ」
それが今日の最大のサプライズとする計画なんだろう。
「……危なかったですね」
「ああ」
もう少しでやられてしまうところだった。
「それならばこちらにも考えがありますよ」
「ん?」
秋葉が意地悪い笑みを浮かべていた。
「協力してくれますか? 兄さん」
「……? ああ」
なんだかわからないけど面白くなりそうだ。
「今日もそろそろおしまいですね」
11時の鐘が鳴ったところで翡翠がそんな事を言った。
「ええ、そうね」
部屋の中にいるのは俺と秋葉、それから翡翠だ。
琥珀さんは部屋で本を読んでいるらしい。
「……」
「……」
秋葉と俺で目配せしあう。
きっとこの翡翠は琥珀さんの変装だろう。
「ところで志貴さま、秋葉さま」
来たっ!
「……ええ、なんですか?」
秋葉は極めて冷静を装った対応をしていた。
「今日は嘘をどのくらいつきましたか?」
「そうね、色々あったけど……兄さんを騙せた事が一番の収穫かしら」
「う、うるさいな」
これは事実なので苦笑してしまった。
「志貴さまは何か?」
「いや、俺は騙されてばっかりだったよ」
結局騙されるばかりで誰かを騙す事はなかった気がする。
「そうですか……」
目を閉じる翡翠。
「ここで重大な発表があります」
ここだ!
俺は翡翠……いや、琥珀さんより先に事実を述べてしまう事にした。
「琥珀さんの変装なんだろう?」
「……え」
「正体はわかってるんですよ。正直に告白なさい!」
秋葉がびしっとその顔を指差した。
「何の事でしょうか」
「とぼけないでくれよ。ネタはあがってるんだ」
「……」
しばらく押し黙っていた翡翠。
「ふふ、うふふふふふ」
ところがいかにも怪しげな笑いを始めたではないか。
「なーんだ。ばれちゃってたんですねー」
にこりと笑うその姿。
「やっぱりな」
正体は琥珀さんだったのだ。
「でもなかなか面白かったでしょう?」
「危なかったよ」
秋葉と話をしなきゃ気付かなかったはずだ。
「これで貴方の目論見も失敗に終わったわね」
「そんな事はありませんよー。わたしが翡翠ちゃんではなく琥珀だったという事実には変わりありませんから」
「……へ理屈よそんなの」
「へ理屈でもなんでも、嘘のような本当を再現した人が勝ちなんですよね?」
「ぬ……」
顔をしかめる秋葉。
「そ、そうか……」
翡翠が琥珀さんの変装だったと気付いたとしても、それをやっていた事実は残る。
それを越える事実や嘘が無い限りは、琥珀さんが一番ということになってしまうのだ。
「いや、琥珀さんの目論見に先に気付いたという事実のほうが大きいよ」
それは部屋で琥珀さんと会話した時に気付いたことだった。
「そんな、それこそ屁理屈で……」
「今日は嘘をつかないって琥珀さん言ってたじゃないか」
俺としてはそれなのに嘘をついていた事実の方が……ってこれじゃ琥珀さんを応援してるみたいだ。
「今日?」
ところが琥珀さんは首を傾げていた。
「それはいつの話ですか?」
「いや、いつだったか忘れたけど部屋で話して……」
「解散してからはわたしずっと翡翠ちゃんの格好してましたよ?」
「……え?」
どうも会話がかみ合ってない。
「お話は終わったでしょうか」
「えっ?」
「なっ……」
柱の影から出てきた人物を見て、俺は愕然とした。
「こ、琥珀さ……そんなバカなっ?」
そこに立っていたのは、割烹着に大きなリボンをつけた琥珀さんその人だった。
「だ、だってここにいる翡翠は琥珀の変装で……ええっ?」
秋葉も困惑した様子を見せていた。
「……」
そして一番驚いてたのが、翡翠の格好をした琥珀さんだった。
「驚きましたか、皆さん」
割烹着の琥珀さんがふわりと笑う。
「……翡翠ちゃん?」
翡翠姿の琥珀さんが尋ねた。
「はい」
頷く割烹着の琥珀さん……いや、翡翠。
「ど、どういう事なのっ?」
秋葉が尋ねた。
「姉さんがわたしに相談して来たんです。今日わたしの格好をしてもいいかと」
つまりそれは俺たちを騙すためだ。
「それで考えたんです。姉さんの真似をしたら面白いのではないかって」
「じゃ、じゃあ、部屋で話したのは……」
「はい。わたしの変装でした」
「……気付かなかった」
確かに言ってる事は普段と違うなとは思ったけど。
エイプリルフールだからというでしか考えなかったのだ。
「まさか翡翠の変装だったなんて……」
今目の前で見ていても信じられないぞ。
「……決まりですね」
すると秋葉が不敵に笑った。
「へっ?」
マヌケな顔をしている琥珀さん。
「勝者は翡翠です」
「だな」
琥珀さんにも驚かされたけど、これはそれ以上の衝撃だった。
「ちょ、ちょっと皆さん?」
「そ、そんな……わたしはそんな大した事は」
「いや、完全に騙されたよ。もっと自信を持ってくれって」
「そうよ。なんならこれからも琥珀の変わりをやってもいいのよ?」
素直に翡翠を祝福する事にしよう。
「ちょ、ちょっと、志貴さん、秋葉さまー?」
いや別に琥珀さんを勝たせたくないからってわけじゃなくて。
悪意はないんだ。本当に。
「さあ、祝杯をあげましょうか。琥珀。準備をなさい?」
「え、いや、だからなんですかこの扱いの差はっ?」
「普段の行いの差ですよー」
と琥珀さんの真似をして笑う翡翠。
「……なんだか恥ずかしいですね」
そして照れくさそうに笑っていた。
「ああもうっ! そんな顔されたらわたしどうしようもないですよっ!」
渋々といった感じで敗北を認める琥珀さん。
「ははは……」
琥珀さんにとっては予定通りにいかなかっただろうけど。
「これはこれでよかったんじゃないかな?」
二人に尋ねてみる。
『はいっ』
その笑顔はどちらも同じくらい綺麗だった。
「これ、一番損したの私のような気がするんですが」
「え? あ、いや、そんなことはないだろ? 多分」
ごきゃ。
「……ほら、俺が一番損してるじゃないか」
完