「つーかアレだな。バレンタインっつーのは相手のいない同姓同士で集まって互いを慰めあう日だよな」
「まあ、そうかもしれない」
「……遠野、頼むから会話を数秒で終わらせないでくれ」
「ん? ああ、ええと、なんだっけ?」
「はぁ……」

悪友である有彦は、俺の顔を見て苦笑いしていた。

「おまえ一体何しに来たんだよ」
「……なんだろうなぁ」

それは俺自身が聞きたかった。
 
 


「アフター・バレンタイン」



「昨日の戦果が良くなかったのか?」

今日は2/15。つまり昨日は2/14、バレンタインデー。

世間一般では女の子が好きな相手にチョコをあげる日とされてはいるのだが。

「それはマンガやニュースの世界だけ。現実は非情、義理ですらまず手に入らないときたもんだ」

大きくため息をつく有彦。

「おまえは露骨過ぎるんだよ」

こいつはバレンタインの前日に「甘いモンが食いてえなあー!」と叫びながら校内を練り歩いていたのである。

「あんなんじゃくれようと思ってた子だってあげたくなくなるぞ」
「……やっぱりそうか。女心っつーのは難しいぜ」

多分それ以前の問題だと思う。

「ってかさっきの言葉は訂正する」

俺を睨みつけてそんな事を言う有彦。

「訂正?」
「よく考えたら今のおまえが戦果悪いわけがないんだ。どれだけチョコ貰ったんだ? おい?」
「あー」

戦果ってのはその事だったのか。

「確かに貰うは貰ったけどさ」
「言うな。当ててやろう。アルクェイドさんに、秋葉ちゃん、翡翠ちゃんに琥珀さん、それからシエル先輩……と。どうだ?」
「まあ大体はあってる。後は名前のわからないのがいくつかあったかな」

俺にくれるくらいだから相当の物好きだとは思うけど。

「かぁーっ! それだけ恵まれた環境にいる男がなんだ? その腑抜けた面はよ?」
「ん……いや、だってみんな義理だろうしさ」
「……そういう事にしておいてやるか」
「ん?」
「何でもねえよ」

有彦は渋い顔をしていた。

「で、だ。義理にしたってそんなに貰ってるテメエがなんの不満があるんだ?」
「……さっきさ、俺が貰った相手の名前を挙げてったろ?」
「おう。それがどうした?」
「あれ、一人間違ってる」
「ん?」
「一人貰ってないんだよ」
「誰に?」
「……琥珀さん」
「あ?」

首をひねる有彦。

「あのリボンの?」
「そう」
「……だってあの人、こういうイベント一番好きそうじゃねえか?」
「俺もそう思ったんだけどさ」

琥珀さん曰く。

「あんなものはチョコレート会社が目論んだつまらないものです。わざわざその日に何かを渡す必要はありません……だって」
「ふーん。なんからしくねえの」
「あはは、俺もそう思った」

もしかしたら真っ先にくれるんじゃないかってくらいに考えてたのだが。

「で、琥珀さんには貰えなかったと」
「ああ」
「なるほど。それで落ち込んでるわけか」
「落ち込んでるわけじゃないけどさ」
「嘘つけ」

頭をデコピンされてしまう。

「その琥珀さんから貰いたかったんだろ? チョコ」
「貰えるもんだとばかり思ってたからなー。しかもなかなか会えないときたもんだ」

普段は呼んでもないのに部屋に来るくせに。

こっちが会おうとすると避けられてしまう。

「……ふーん」

有彦は心底どうでもよさそうな顔をしていた。

「なんだよ、そっちから聞いてきたのに」
「いや、羨ましい身分だねと思ってさ」
「は?」
「気にするな。待てば海路の日よりあり。テキトーにいつも通りにしてればいいのさ」
「いつも通りにねえ」

俺のいつも通りとなると、ほとんど琥珀さんの乱入が前提になっているのだが。

「オレは知らん」

そう言って丸いチョコレートをかじりだす有彦。

がりっ。

「……なんか生々しい音がしたな」

チョコレートを食べていたらまず聞かない音である。

「ん……ああ、中途半端に煮込んだから生のままの人参が入ってるチョコだ。死ぬほど不味いぞ」
「なんでそんなもんを?」
「罰ゲームだとでも思ってくれ」

苦笑いしている有彦。

「オレは何がなんでもこれを全部食わなきゃいかんのだ」
「なんか……大変そうだな」
「好きでやってるんだ。気にしないでくれ」
「うーん」

こいつもこいつで何か事情があるみたいだった。

「俺は帰ったほうがいいかな」

話したことでちょっとは楽になった気がする。

「ん、そうか?」
「色々サンキュな」
「感謝しろ。っていうか貰ったチョコを全部よこせ」
「それは駄目」
「……ったく。ほんとニブチンだよなお前は……」
「否定できないなあ」

最後に少し無駄話をして、乾家を後にした。
 
 
 
 
 

「どうしたもんかなぁ」

机の上にあるチョコレートとにらめっこ。

有彦じゃないけど、貰った以上はやはり食べなきゃ悪いだろう。

「……よし」

覚悟を決めてひとつづつ食べていく。

甘い。

甘いのはいい。

それはマシなほうだ。

チョコなのに酸っぱいとか、チョコなのに辛いとか、むしろこれカレールーなんじゃみたいのも中にはあった。

どれが誰のものなのかは敢えて言わない。

「……秋葉のチロルチョコがすごいありがたく見えるな……」

お嬢さまのはずなのにひとつ10円のチロルチョコ。

買う光景を想像すると、なんだか微笑ましかった。

「はぁ……」

長い時間をかけて完食。

口の中がわけがわからなくなっている。

「口洗ってこよう……」

っていうかよく水なしで全部食えたな俺。
 
 
 
 

「はぁ……」
「ん」

台所からため息が聞こえた。

これはまさか。

「今更だよね……あんな事言っちゃったし」

そこにいたのは琥珀さんだった。

「失敗したなぁ。翡翠ちゃんのチョコレート手伝ってて時間無くなっちゃったから……」

翡翠のを手伝った?

そういえば、さっき食べたやつの中に酸っぱいのがあったけどあれは翡翠お手製のものだったんだろうか。

「どうしよ……これ」

琥珀さんがくるくると指の先で回しているハート型のそれは、恐らくも何もチョコレートだろうということは簡単に想像できた。

ひょーん。

「あっ」

回していたチョコレートの箱が飛んでいってしまう。

「……っ」

しかも飛んできたのは俺の方向だった。

「あ……!」

当然の如く俺は見つかってしまう。

「や、やあ」

苦笑いしつつ声をかける。

「……ど、どうも」

いつもと違ってぎこちない笑いを浮かべる琥珀さん。

「その、聞いてました?」
「えと……うん、ごめん」
「あ、あははははは……はぁ」

琥珀さんはやけ気味に笑った後大きくため息をついた。

「どうせみんなにチョコレート貰うんだから他の物を作ろうと思ってたんですけど。考えてるうちに日が過ぎちゃいまして」
「……そうだったんだ」
「慌ててチョコレートを用意したはいいんですけど渡すに渡せず……と」
「気にしないでいつものノリでくれればいいのに」

そう、それこそ「志貴さんいらっしゃいますかー」と現れて。

「そんなうまくはいきませんよ」

ところが琥珀さんは苦笑いをしていた。

「女の子にとってバレンタインは特別なんですから」
「……そ、そうなんだ」

男も変に意識してしまう日だけれど、女の子にも同じだったのか。

あれ、でもアルクェイドとかすごい普通に渡してくれたよな?

「だ、だから、その、えー、なんといいますか」

頬を赤らめもじもじしている琥珀さん。

なんだかとても珍しい光景である。

と同時にこっちまで恥ずかしさが伝染してきた。

この展開ってやっぱあれだよな。

「その……遅れちゃいましたけど……受け取って貰えます?」

答えはもちろん決まっていた。

「ありがとう」

琥珀さんの手からそれを受け取る。

「食べてみていい?」
「えー? そんな、恥ずかしいですよ」

あははと笑う琥珀さん。

普段と違って本気で余裕がないみたいだった。

「……可愛いなあ、琥珀さんは」

それを見ていてついそんなことを口に出してしまった。

「や、何言ってるんですか志貴さんってば―――」

わたわたと慌てた様子で腕を回したり首を振ったリしている琥珀さん。

「頂きます」
「……」

琥珀さんに見つめられながら、お手製のチョコレートを食べる。

「ど、どうですか?」

これに対する答えもありきたりだけど決まっていた。
 

「うん、すごく甘い……」
 

バレンタインに食べるチョコは普段より甘く感じる。

しかし今日はバレンタインではない。

けれどそんなものは些細な事だ。

「すごく美味しいよ」
「ありがとうございます。よかったです」

照れくさそうに笑う琥珀さん。

琥珀さんと共に過ごす、この甘ったるい時間。
 

それが味わえる限り、今日がバレンタインであるかそうでないかなんて、どうでもいいことであった。
 




あとがき
つまりにバカップルはバレンタインであろうがなかろうがいちゃいちゃしてるし、関係ない人はいつまでも全く関係ないと。
つまりバレンタイン云々だからって気にしなくていいって事なんだよ!
な、なんだってー!(一人ボケツッコミ
……とまあ結局書いてるわけなんですがw
たまには健気な琥珀さんもアリかなと。
最近あんまり黒くないですな(笑


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