最近遠野家ではこの呼びかけが流行ってるんだろうか。
「いるけど、どうしたんだ?」
秋葉が部屋に来るなんて珍しい。
なんて、毎度秋葉が部屋に来るたびに考えてるけど。
「退屈でしたので」
「琥珀さんみたいなこというなぁ」
「……あれは常に退屈しているでしょう?」
「確かに」
退屈してるか悪巧みしてるかのどちらかの気がする。
「まあ退屈ってのは幸せな事なんだよ」
「そうなんですか」
ってバカボンのパパか誰かが言ってたような。
「せっかくだし何か話でもしませんか?」
「そうだな」
ちょうど暇だったし、いいかもしれない。
とはいっても秋葉と何を話したものやら。
「秋葉とお話」
「ご、ご機嫌うるわしう?」
「……何を言っているんですか」
「いやセレブっぽく振舞ってみたつもり」
「ものすごい偏見だと思います」
「うーん」
秋葉は大きなため息をついた。
「何故そんなかしこまるんですか」
「いや、話題を考えるのって苦手なんだよ」
秋葉相手にゲームやマンガの話するわけにもいかないし。
「普通の話でいいではありませんか」
「甘いな秋葉」
俺はちっちっちと指を振った。
「琥珀の真似ですか?」
「……影響を受けてるのは否定出来ないけど」
それはひとまず置いといて。
「普通ってのは個人個人で全然違うものなんだ。真の意味で普通ってのはないと思う」
「よくわかりません」
まあ俺も言っててちゃんと理解しているわけではない。
「琥珀さんのインチキ話だと思って聞いてくれればいいよ」
「まあそうですね」
何かいい例はあるかな。
「例えば俺と琥珀さんの間だと排球拳ってのが通じるんだけど」
「……は?」
「よい子眠眠拳とか」
「マンガの話ですか?」
「そう。俺と琥珀さんの間ではそういう単語は『普通』に通じる」
「私は知らないんだからどうしようものな……あ」
秋葉ははっと気付いたような顔をした。
「普通ってのはまずその物事を知ってる事が前提なんだよ。俺は音楽に関する専門用語なんかわからないけど」
「私にとっては常識であり、普通……」
「俺と秋葉は年が近いからまだいいけどさ」
これが年の離れた相手となると共通の話題、普通の話題に困るわけだ。
「つまり兄さんは私と共通の話題がよくわからないと?」
「……まあ恥ずかしい話だけどさ」
実際問題妹と共通の話題を持っている兄妹ってどれくらいいるんだろう。
都古ちゃんなんか話以前の問題だったもんなぁ。
「秋葉は俺と話す時なんか考えてたりするのかな」
「私の場合、何か用件があって初めて声をかけるという感じですし」
「あー」
確かにそうかもしれない。
「もっとお互い歩み寄るべきかもしれませんね」
「そうだな」
あの秋葉からこんな言葉が聞けるなんて。
それだけで俺はもう嬉しいぞっ。
「兄さんの話題と言うのはやはりマンガやゲームなのですか?」
「……まあ、付き合い上どうしてもそうなるかな」
琥珀さんはもちろんだけど、有彦も結構なゲーマーなのだ。
「俺に限らず、同世代のやつらはゲームやマンガのひとつくらいやってると思うよ」
秋葉が全く知らないという事を聞いた時はかなり驚かされたからな。
「……そうなのですか」
あ、ちょっと落ち込んでる。
「何かこう、私でも読みやすいものがあればいいのですが」
「そうだな……」
なんか琥珀さん曰く最近の少女マンガはアレなのが多いから却下として。
「新聞の4コママンガくらいは読んだ事あるだろう?」
「新聞にマンガなんてありませんよ」
「……読んでる新聞は」
「経済新聞ですが……」
おまえはどこのサラリーマンだ。
「まあマンガはいいや」
なんか前もそんな事話したような気がするし。
「こう、知らない事を教えてもらうというのも面白いものですけどね」
「……それはわかるなぁ」
琥珀さんから聞く話はそういうのが大半だし。
「たまには秋葉の話も聞いてみたいけどな」
「わ、私のですか?」
「そう。どんな事してるのかとか」
「面白い物ではありませんよ」
そっぽを向いてしまう。
「それは聞いてみないとわからないじゃないか」
なんかこう、お嬢さまチックな事をしてるんだろうというのはあるんだけど、それ以上の域は出なかった。
「女性には秘密が多いものなんですよ、兄さん」
「ぬ……」
そこはかとなく怪しげな匂い。
「実は超がつくほどの俺マニアで俺のデータを保存して……」
「そういうのは琥珀の担当です」
確かに。
「あ」
「何ですか?」
「話題と言えばさ。翡翠とはどういう話をしたりするんだ?」
翡翠も翡翠で謎が多い。
というか琥珀さんがわかりやすすぎるだけなんだろうか。
あの人もあの人で演技入ってるから本当の姿は不明なんだが。
「普通の話ですよ」
「いやだからその普通ってのが」
「仕事の話や、政治経済の話などを」
「頭痛がしてきた」
政治とかいう単語は俺には無縁のものだ。
「翡翠は詳しいですよ、そういうものは」
「……そうなのか」
今度勉強教えて貰おうかなあ。
翡翠の個人レッスン。
うん、実にいい。
「何か不埒な事を考えているようですね」
「いやそんな事は決して」
秋葉は俺のそういう感情読むの得意なんだよなぁ。
俺は秋葉の機嫌を読むのは下手なのに。
なんとなく理不尽である。
昔はものすごくわかりやすい性格だっただけに、尚更そう思う。
「あー」
「何ですか?」
「好きなんだよ」
「なっ?」
俺の言葉に秋葉が目を見開く。
ここは変わってないようだ。
秋葉は俺が言う好きとかそっち関係の言葉に妙に敏感で。
「俺は政治経済より世界史のほうが」
「……そうですか」
こう、その後の答えにものすごい不機嫌そうな顔をすることも。
「い、いや、話繋がってるだろ?」
「どうですかね。なんとなく悪意を感じましたが」
「キノセイデスヨ」
ちょっと一矢報いれただろうか。
なんて小心者な俺。
「まあでもあれだな。秋葉と話すのも楽しいよ」
「も、というのは引っかかりますね」
「そうだな。秋葉と話すのは楽しい」
「ええ。ありがとうございます」
満足そうに笑う秋葉。
「だから気が向いたらでいいからさ、こうやって俺の部屋に遊びにきてくれたら嬉しいな」
「そ、そうですか」
「ああいや、もちろん俺も行くつもりだけど」
やっぱり兄妹としてコミュニケーションはもっと取ったほうがいいからな。
「わかりました。これから宜しくお願いしますね、兄さん」
「おう」
これから楽しみがひとつ増えそうだな。
「秋葉さま、わたしが志貴さんに用があるんですが」
「貴方は庭掃除でもしてればいいでしょう?」
「ふ、ふふふふふ。そうですか。そういう事言っちゃうんですかー」
「ええ。言わせて貰うわ」
「あはっ。今日はマキで行きますよ?」
「……この泥棒猫」
後日、俺の部屋の前で壮絶なバトルが繰り広げられてしまったのだが、それはまた別の話である。
完