俺はふとしたことから知り合った錬金術師シオンと吸血鬼退治をすることになっていた。
それは以前にアルクェイドともやったことのある仕事(?)だし、俺の直死の魔眼も役に立つかなーと思っていたのだが。
「……これから俺たちが入る場所って……ここ?」
「ええ。ここです」
「……」
その場所には見覚えがあった。
三次元の世界ではない。
二次元、つまりゲームの世界でのことだ。
そこに建っている巨大な建物の名は。
「悪魔城……」
伝説の名作の舞台である。
「シオンと悪魔城巡り」
「……志貴、この建物を知っているんですか?」
「ああ。よく知ってるよ。パッケージで見た絵と全く同じだ」
遠い昔の記憶であるがはっきりと覚えている。
主人公、シモン・ベルモンドがムチを使って敵をなぎ倒し最終ボス吸血鬼ドラキュラを倒すゲームだ。
今やほとんど見られる事のない超正統派2D横スクロールアクション。
「その光景が今目の前に……」
興奮で肩が震えた。
「なんて素晴らしい敵なんだ! タタリってやつは!」
「志貴」
「い、いや冗談だって」
思い切り睨まれてしまった。
しかしシオンとシモンか。
名前も武器も似ているし、にくい演出だと言えるのかもしれない。
「志貴。先ほどよく知っていると言いましたが、内部構造などに精通していると判断して構わないですか?」
「任せてくれ」
ラスボスをノーダメージでクリアできるほどにやりこんだ俺だっ。
「期待しています」
そう言って駆けだそうとするシオン。
「あ、タイム」
「どうしました?」
「初代はダッシュ出来ないから。あと攻撃はとりあえずエーテライトオンリーね」
「……何故そのような制約が」
「ちなみに半歩停止も無理だから。必ず一歩歩く事」
「意味が分かりません」
「駄目! 決まりなのっ!」
昔のゲームの主人公は万能どころか不便な部分のほうが多いのだ。
「……わ、わかりました。それに従います」
俺の勢いに押されて渋々頷くシオン。
「それでいいんだ。じゃあ行こう」
「はい」
二人で徒歩で少しづつ進んで行く。
「ちなみにプレイヤーは一人だから俺は一切戦闘に参加しないよ」
「……また意味の分からない事を」
「二作目だったらグラントがいるけど、俺ナイフ一本しか持ってないし」
「もういいです。志貴には頼りません」
などと口ゲンカしながら進んでいくと。
「お」
たいまつが目の前に現れた。
「シオン、破壊するんだっ」
「え? あ、はい」
俺に言われた通りたいまつを破壊するシオン。
「アイテムが出てきたら必ず確保するんだぞ」
「……はぁ」
「雑魚敵だっ! うまくやっつけろよっ? ムチの動作はタイムラグがあるから連打は禁物だっ!」
「意味が分かりませんっ!」
と言いながらも華麗なムチさばきで敵を撃退していく。
「入り口のところは素直に入っちゃ駄目だ。飛び越えればドル袋が手に入るぞ」
「手に入れてどうするんですか」
「点数で1アップを狙う」
「……もう志貴の話は聞きません」
「ああ、待ってくれシオンっ!」
ドル袋を取らずにそのまま進んでいく。
くそうなんてもったいない。
「半漁人は火の玉を吹いてくるから気をつけろよ」
「……」
俺の言葉を完全無視して進んでいくシオン。
「足場を飛び越える時はあまり焦って飛び出さないように。しっかりと右端まで進んでから踏みきるようにするっ!」
「ダッシュで飛び越えればよいではありませんか」
「だから初代にはダッシュはないってのに!」
「え、あ、わわわっ?」
シオンは何もない場所ですっ転んでいた。
「……青のストライプか」
「どこを見てやがるんですかっ!」
「いや、お約束お約束。でもなんで転んだんだ?」
「ちょっと待ってください……」
そう言って俺の方へと半歩歩いてくる。
そしてもう半歩。
「わ」
シオンの顔が目の前に。
「……半歩で止まれません」
「え? マジで?」
「はい……」
「……ジャンプしてみて」
「わ、わかりました」
ぴょん。
歩くための第一歩目のようなポーズで不自然にジャンプするシオン。
「……わざと?」
「そ、そんな事はありませんっ! な、何故……何故なんですっ!」
シオンは頭を抱えていた。
「タタリの呪い……とか」
なんせここはタタリの作り出した悪魔城。
敵の思うがままの空間なのだ。
「そんな……」
「階段を登る時は位置を調整しなきゃいけないのか……」
しかもその調整中に敵に殺されたりして。
「なんて素晴らしい敵なんだ、タタリってやつはっ!」
「冗談じゃありませんっ! こんな動きでどう敵と戦えっていうんですかっ!」
「シモン・ベルモンドはそんな動きでもちゃんとヴァンパイアを倒したぞっ!」
「……」
渋い顔をするシオン。
「つまりこの動きでも勝てる方法があると」
「ああ」
「……エスコートしていただけますか、志貴」
「喜んで」
つまりこの俺はプレイヤーキャラの立場わけだ。
うまくシオンを誘導して先へ進めるわけだからな。
「ゲームと違って何回もやりなおせるわけじゃないから慎重に……」
記憶を頼りにシオンに指示を出す。
「半漁人はぶっちゃけ無視しても問題なしっ!」
「は、はい」
「アイテムは懐中時計を取ったら他は取らないようにっ!」
「……アイテムどうやって使うんでしょうね」
「上を押しながらB……だけど」
Bボタンなんてあるわけがないし。
「普通に投げればいいんじゃないかな」
今持っているのはオノではあるが、一本きりであった。
「わ、わかりましたよ。……せやっ」
オノを敵に投げつけ撃破。
「お」
「あ」
するとまたシオンの手元にオノが現れた。
「無駄に原作再現してるなぁ……」
こんなこと再現したら不利になるだけだと思うんだけど。
「懐中時計はどうなるんですか?」
「敵の時間が一定時間止まる」
「とんでもないですね」
「ああ。でも消費がでかいからね。ハートを極力取っていく事」
ちなみにハートの数は俺たちの後ろを怪しい数字がついてきてるので多分それである。
「……何がしたいんでしょう、タタリは」
「そんな事俺に聞かれても」
その後慎重に慎重を重ねたプレイ(?)で次々と敵を攻略していく俺たち。
「そこの壁に肉があるっ!」
「こ、こんなマンガみたいな肉を食べろというんですかっ?」
「大丈夫、原作なら触るだけで回復してるからっ!」
相変わらずの奇妙なやり取りをしつつ、どんどん奥へ奥へ。
「死神戦では十字架を連射だっ! 位置さえ会えば瞬殺可能っ!」
「し、志貴、ハートが足りませんっ!」
「ならギリギリのラインでムチを連打っ!」
「了解ですっ!」
プレイヤーとキャラクターの関係というより教師と生徒の関係みたいである。
そしてついに。
「来ましたね……」
「ああ」
ついに最上階。ドラキュラの眠る場所まで辿り着いた。
「勝てるのでしょうか」
「勝てるさ、きっと」
確かにドラキュラは強敵だ。
だが俺たちには今まで培ってきた絆、コンビネーションがある。
「行くぞっ! はいっ!」
俺たちは最強の敵へと向かっていった。
「これで……とどめですっ!」
バシイッ!
「や、やったっ!」
残りライフもギリギリ、瀕死の状態で放ったムチがドラキュラ変身後に直撃した。
がらがらと崩れ落ちていくドラキュラ。
「やりましたね……志貴っ!」
「ああ、やったなっ!」
手を取り合い感動を分かち合う二人。
「魔法の玉を取ればゲームクリアだ」
「ええっ!」
そして二人で魔法の玉をその手に取った。
光が二人を包む。
「……え」
「え?」
そして待ち構えていたのは、悪魔城の入り口だった。
「ど、どういうことなんですか志貴」
「……まさか……二週目」
「に、二週目?」
「ああ。悪魔城ドラキュラはクリアしたら二週目が始まるんだ。難易度の上がったハードモードが」
「そ、それはつまりあの長い行程をもう一度行えという事ですかっ?」
「……ハードをクリアしても三週目が待ってる」
このゲームに終わりい言うものは存在しないのだ。
「まさか……」
「俺たちはタタリの罠にはめられたんだよ……」
脱出不能の世界。
俺たちはここで永久にシモンごっこを続けなくてはいけないんだろうか。
「やってられっかコンチクショー!」
俺はメガネを外し、七夜の短刀を取り出した。
そして周囲にある線を切りまくる。
すぱーんっ。
悪魔城の風景は切り裂かれていく。
「ギャアアアアアッ!」
誰かの叫び声が聞こえた。
そして。
「……あ」
周囲は見覚えのある景色へと変わっていた。
遠野家の庭である。
「……倒したのか?」
どうやらあの空間全てがタタリだったらしい。
「そのようですね」
しかし何故タタリは悪魔城なんぞを具現化したんだろう。
「志貴……あれを」
「ん」
シオンの指差した先には何かが落ちていた。
「これは……」
それはファミコンのソフトだった。
すなわち今具現化されていたそのものの世界。
「これを取り込んだって事なのかな……」
「真意はわかりません。ですが」
「ですが?」
シオンは複雑な表情で言った。
「途中、かなり楽しかったです」
「……だろ?」
難易度が高いからこその楽しさと言うものもあるのだ。
「なんなら今からプレイを……」
「それは却下です」
「……はは」
思わず苦笑してしまう。
「……悪魔城、か」
俺が思う確かなことは。
たとえどんなに古臭くても技術が旧世代のものであろうとも。
面白い物は面白いということである。
「惜しい事したかもなあ」
「志貴?」
「じょ、冗談だって」
また第二第三のタタリが現れるかもしれないとか少し期待してしまういけない俺であった。
完