わたしの部屋に来てくれた蒼香先輩はいぶかしげな顔をしていた。
「書かなきゃいけないのに書けないんですよ」
「書かなきゃいけないの?」
羽居先輩はいつも通りのほほんとしている。
「いけないってわけじゃないですけど……まあ書きたいという気持ちはあるのに空回りしているといいますか」
つまりサイトの更新用の文章が書けないんだけど。
「なるほど。それをスランプと」
「はい。何とかなりませんかね」
「ならんな」
「そんなぁ……」
「そっか。わかったー」
ぽんと手を叩く羽居先輩。
「つまりアキラちゃんの変わりに何か考えてあげればいいんだね?」
「ネタとスランプ」
「え、あ、はい。多分そうです」
「多分ってなんだよおまえさん」
「えと、正確には何か面白そうなネタがあれば教えて頂きたいなーと」
「面白そうなねえ」
「はいはーい」
さっそくとばかりに手をあげる羽居先輩。
「いきなりですか?」
「うん。こういうのはどうかな。魔法の世界でね」
「ファンタジーですか」
「魔王にお姫様がさらわれて助けに行くんだけど」
「はい」
ここまではまあ、王道の話だ。
「魔王は既にお姫様に倒されていた後でした」
「ど、どうしてですかっ?」
「お姫様は空手の達人でねー」
「魔法の世界なのに空手ですかっ?」
魔法の世界の意味はっていうかなんでお姫様が魔王を?
「それでお姫様が世界はわたしのものだふはははははーって主人公と戦うの」
「ギャグとしてはいけそうだなあ」
蒼香先輩がくっくっくと笑っていた。
「感動もののお話なんだよー」
頬を膨らませる羽居先輩。
「悪い悪い。で。その後は?」
「あ、うん。そこに現われる主人公の幼馴染」
「……幼馴染ですか」
「主人公くんはわたしと結婚する約束をしているの、貴方なんかに渡さないわ!」
「しゅ、修羅場ですね」
果たして魔王の存在は必要だったんだろうか。
「どっちを取るかとせまられる主人公」
「……あ、あはは」
リアルでそんな環境の人を一人知ってるなあ。
「主人公がにこりと笑うとポっと顔を赤らめる二人、あと敵の幹部!」
「幹部?」
「どっから出てきたんだよ」
「魔王のカタキを打とうとやってきたけど主人公に惚れちゃったんだよー」
「無茶苦茶だな」
「無茶じゃないよー。主人公がかっこよすぎるのがいけないのー」
「う、うーん」
確かにこうやたらと強くてかっこいい主人公ってのもいるけど。
「羽居先輩。それは諸刃の剣です。扱いが難しいので駄作になる可能性がものすごく高いですよ?」
「どうしてー?」
「……どうしてといわれても」
「理由は二つあるな」
すると蒼香先輩がそんな事を言った。
「といいますと?」
「ひとつは、その『かっこいい』ってのに理由が無い事だ」
「理由……ですか」
「そう。文章でかっこいだなんて書いたって具体的にどうかってのは伝わりにくいわけだ」
「あー」
確かに文章でいくら端正な顔つきだどうこうと言ってもわかりにくい。
「絵が必要ですね」
「そもそもカッコだけで渡れるほど世の中甘くはない。……まあ美形のほうが有利な世の中ではあるがね」
「あ、あははは」
このへんで妙な皮肉が入るのが実に蒼香先輩らしい。
「もうひとつはなんです?」
「人はスジが通ってるもんは納得しやすいが、そうじゃないもんは納得し辛いってこった」
「はぁ」
「特に主人公だから意味も無く強いってのは許せんわな」
「で、ですよね」
「せめてどうして強いのか理由付けがあればいいけど」
「竜の力を借りてるから力も凄くて、なんでも殺せる魔眼を持っていて魔法も使えてとっても強いんだよー」
「……それもアウト」
わたしもダメだと思う。
「どうしてー?」
「よく言えばベタ。悪く言えば……頭の悪い設定だから」
「そんなあー」
じっとわたしを見つめてくる羽居先輩。
「う、え、あ、ほら、なんていいますかですね、そう無意味やたらと強そうな要素を入れるのはどうかと」
正直に言えば、設定の説明というのは強さの説明にはなっていないからだ。
ある魔法はこれこれの能力を持っている。
主人公はその魔法を使える。
だから主人公は強い。
ではなぜ主人公はその魔法を使えるのか?
「これが生まれつき、とか才能、とかそういう言葉になるにつれ現実味がなくなりますね」
「そういう力を持つまでに苦労をしたって話がないとなあ」
結局なんでこいつ強いの?という疑問になってしまうわけだ。
「まあ、これは主人公限定での話ですが」
脇役ならいくら強くてもいい。
むしろ強すぎてもいい。
「主人公ってのは縛られる存在なんですよ」
主人公であるがゆえの不幸とでもいおうか。
「なんでも出来る主人公だとお話になりません」
「一度はともかくとして、後が永久的なマンネリになるからな」
「読み切りとしても避けたいですけどね」
「むー。じゃあ強すぎないようにピンチを作るよー」
「それも落とし穴だ」
びしっと羽居先輩を指差す蒼香先輩。
「そうなの?」
「強すぎると反感を買うからピンチを作ろう程度のピンチじゃダメ。負けるんじゃないかってくらい窮地に立たせないと」
「女幹部のスーパービーム! 瀕死の主人公!」
「いやだからそういうのがダメなんだっつーに」
「えー?」
「か、過程が大事なんですよ」
ピンチになるにしてもいきなりじゃなくて、だんだんとピンチになるほうが緊迫感が高まっていく。
そしてそれが絶頂に達する際に奇跡の逆転……!
「とまあこれもありがちといえばありがちなんですけどね」
「そういう書き方のほうが無難ではあるだろうな」
「ふーん……」
はて、いつからこれは羽居先輩にシナリオの指導をする話になったんだろう。
「わたしにネタを授けてくれないと困るんですが……」
肝心なのはそこなのだから。
「とにかくいいから書け。書いてるうちに何か思いつく」
「そ、それ何のアドバイスでもないですよー」
「女幹部との激闘で傷ついた主人公に……」
「い、いえ、それももういいですから」
ああもう、わたしはどうすればいいんだろう。
「最後の手段がある」
すると蒼香先輩がそんな事を言った。
「な、なんですか?」
こうなればワラをもすがる気持ちだ。
って言いながらも選ぶものは選んでるわけだけど。
「実は遠野のヤツが日記を書いてるんだがな」
「遠野先輩がですか」
それはまたイメージにあわな……ごほごほ。
「それが遠野の想い人への思いを綴ったポエムなんぞが書いてあるって噂だ」
「そ、そうなんですか」
先輩の想い人ってことは、多分……。
「で、それを写す事が出来たらそりゃもう凄いネタに」
「そ、それはどっちかって言うとニュース系サイトの担当で……」
「面白そうな話ね。私も混ぜて貰えるかしら?」
「う」
「え」
「あ。秋葉ちゃーん。今ね。丁度話してたんだよー」
噂をすればなんとやらというけれど。
先輩。こんなベタなオチにしなくたっていいっじゃないですか。
「たーっぷり話をしたいわね? 瀬尾」
「う、うわあ、あーーーーーーっ!」
瀬尾晶、本日のサイト更新は出来そうにありません。
完