そしてカップルがいつも以上にいちゃいちゃしているのは今日がいわゆるクリスマスイブだからである。
一人身の男としてはそんな日は正直面白くもなんともない日だ。
「いらっしゃーい。ケーキいかーっすかー?」
かといって自宅に引きこもっているのも癪なので、日払いのケーキ販売のバイトの真っ最中。
サンタの赤い服に身を包んで白いヒゲをつけている俺の姿は冷静に見ると間抜けな姿だ。
「見てー。あのサンタさんオレンジ色の髪の毛だよー」
ガキが俺の髪の毛を指差して笑っている。
「ハッハッハ。坊主。サンタは外国人だからな。髪の色は違って当然だろう」
そんなガキにも笑顔を見せてやる俺は実に大人だと言えるだろう。
誰も好き好んでこんな頭の色になったんじゃないっちゅうに。
「ひとつください」
「ヘーイ。毎度アリっ」
まあそのおかげなのかなんなのか、ケーキの売れ行きは割と順調だった。
ノルマをクリアして数を多く売ればボーナスが出るので気合をいれなくてはいけない。
「い、いかがですかー? 美味しいケーキですよ〜?」
「……」
ちなみに俺の隣でケーキを売ってるバカトナカイはボーナスどころかノルマ達成も怪しい始末だ。
「オイコラ」
俺が声をかけるとトナカイはえらい不満そうな顔になった。
「酷いですよ有彦さんっ。話が違いますっ」
「違ってないだろ。俺はおまえに付き合えっていっただけだ」
話はまあざっと一時間ほど前に遡る。
「有彦ななこのクリスマス」
「はぁ」
彼女なんぞいない俺はイブの夜の予定なんぞなく、最初からアルバイトして金でも稼ぐことに決めていた。
家にいても姉貴に茶々を入れられるだけだからだ。
そのくせテメエはどうなんだと聞くと半殺しにされるし。
まったくたまったもんじゃない。
「さて行きますか……」
靴を履いた時に思いついたのだ。
待てよ。一人よりも二人のほうが稼ぎはいいに決まってる。
そしてクリスマスに暇そうな奴といえば。
「おーい、ななこ」
誰もいない空間に呼びかける。
「はーい。呼びましたか?」
しばらくすると壁を抜け出てななこが現れた。
こいつは第七なんとかとかいうやつの精霊なので突然現れるのも壁を抜けるのもお手の物なのだ。
「おう。お前確か人とか物に触れる状態にもなれたよな?」
「あ、はい。それはもちろん出来ますが」
俺は以前こいつの仮マスターだったのでそんな事をしなくても普通に触れるようになっていた。
「なんせわたしは高位の精霊ですからねー」
えへんと無い胸を張るななこ。
「へいへい」
こんな奴が高位っていうんだから精霊業界(?)のランクもたかが知れたようなもんだ。
「とにかくできるんだな。よし。どうだ? 今日は暇か? 暇だったら今日一日付き合って欲しいんだが」
俺がそう尋ねるとななこは信じられないという顔をしていた。
「有彦さん。熱でもあるんですか?」
「別に用事あるなら帰っても構わんぞ」
「い、いえっ。そんな。どうせ今日は彼氏もいないで寂しいクリスマスイブのマスターの絡み酒に付き合ってただけですから」
「……それは抜け出してきたらまずかったんじゃないのか?」
呼んでおいてなんだが。
こいつのマスターって確か鬼みたいに怖いんだよな。
「あ、大丈夫です。もう酔いつぶれて寝ちゃってますから」
「そうなのか」
「なんで暇も暇。暇の極みです。喜んでお付き合いしますよー」
「おう。感謝するぞ」
多分こいつは「付き合う」の意味を勘違いしているだろう。
だからといってそれを教えてやる俺ではない。
「じゃ行くぞ。ついてこい」
「はーい」
とまあそんなわけでこいつはトナカイの格好をしてケーキを売る事になったわけだ。
「酷いですよっ。付き合うっていったらそりゃその、そういうのを考えるじゃないですかっ!」
「現実は非情なんだ。諦めてケーキ売れ。おまえ全然ノルマ達成してないだろ」
「だ、だってそれはその、難しくて……変な格好させられちゃったし……」
「変じゃねえだろトナカイだから」
普段のこいつの格好のほうがよっぽどヘンテコである。
「変ですよ……」
「クリスマスだからな。変じゃない」
「わたしも有彦さんみたいなサンタの格好がいいですよ〜」
「ノルマ達成したらな」
「うー……」
俺のほうはもうノルマを達成していくらボーナスがといった感じなのだが。
俺のぶんを半分やったってこいつはクリア出来そうにない。
「ちなみにノルマ超えないとノーギャラだぞこのバイト」
「そ、そんなぁっ」
その代わりに達成すればバカみたいにボーナスがもらえるという、ギャンブルみたいなアルバイトであった。
「だからもうちょっと頑張れ」
「わたしこんなことするために来たんじゃないですよ……」
「文句言うな。精霊はマスターに従うもんなんだろう?」
「有彦さんはマスターじゃないですよぅ」
「いかん、こんな無駄話してる暇あったらとっとと売るぞ」
「……ぐすっ」
ななこは半分ベソをかいていた。
「……ったく」
これじゃ俺が悪者みたいじゃないか。
いや、実際悪いんだろうけど。
「とりあえずおまえは売り方が悪いんだよ。必死で売ろうとしてるだろ? そいつが駄目なんだ」
「……駄目なんですか?」
「おう。もっと笑顔でやんなきゃな。俺を見ろ。サワヤカな笑顔で売ってるだろう?」
キラリと歯を見せて笑う俺。
「ぷっ……」
「な、なにがおかしいんだテメエっ!」
「あ、でもわかりました。笑顔が大事なんですね。はい」
「そうだ。接客の基本だろう。笑う角には福来るってな」
「そうだよ。笑ってればお前かわいいんだからさ」
「え」
いかん、余計な事を言ってしまった。
「有彦さん?」
「ああ、なんでもねえ。いいからさっさと実践してみろっ」
「あ、は、はい。ええと……」
ぎこちない笑顔を浮かべるななこ。
「もっと自然に。楽しい事考えろっ」
「……えーと。えへへ」
何を考えたんだか、今度は自然な顔で笑う。
「そうだ。それでいい。やってみろ」
「わかりました。いらっしゃいませー。おいしいケーキをいかがですか〜?」
すると面白いもんで、一人もんらしき男共がななこに群がってきた。
「こっちひとつっ」
「俺はふたつだっ」
「は、はははいっ。ええと……」
「三千円っす」
俺のほうが暇になってしまったのでななこのサポートに回ることにした。
「あ、ありがとうございます」
「気にすんな」
あっという間にケーキの在庫は無くなっていった。
そして。
「完売おつかれー……と」
「おつかれさまですー」
なんと閉店前にケーキを全部掃け終わってしまった。
「こりゃギャラも弾みそうだ」
さっそくそれを店長に報告しにいくと、予想以上にボーナスをくれた。
そして明日もバイトをやってくれないかと頼まれたが、それは断っておいた。
「ほれよ。お前のギャラだ」
ななこに半分を手渡す。
「あ。ありがとうございます。なんだか勤労の喜びって感じがしますねー」
「まぁな」
これで少なくとも家でうじうじしているよりは益のある生活が出来たわけだ。
「で、だな」
「はい?」
そしてようやく俺の目的が達成できそうだった。
「俺はクリスマスイブだというのに金がなかった。だからバイトをすることにした。テメエも収入がないのはわかってる。だから誘ったんだが」
「あ、はい。もうわたし怒ってませんよ。楽しかったですから」
そう言われてしまうと罪悪感みたいなものを感じてしまうのだが。
「で、だ。お互いまとまった金が入ったわけだし……どうだ? 明日はクリスマスだ。せっかくだからこの金を元手に二人で遊ぶっつーのは」
「はい?」
「……いや、だからだな」
「もしかして有彦さん……最初からそのつもりで?」
「そ、そんなわけねえだろ。さすがにこきつかいすぎたかなと……そう、同情のつもりでだな」
俺がそういうとななこはにや〜っとした笑いを浮かべた。
あの顔は俺の心理を見透かしている顔だ。
くそう、こういうことばっかり鋭いんだよなぁこいつ。
「はいはい。ではその同情を大人しく受ける事にしますー。プレゼントは何がいいですかねー」
「調子に乗るんじゃねえテメエ」
頭を小突く。
「うわー。暴力反対ですよぅ」
「……まあ安いもんだったら考えてやってもいいが」
「えへへ」
駄目だ、最近俺も遠野に似てきて甘くなってしまったようだ。
クールガイな俺のイメージが……くそう。
「あ、でもわたし有彦さんさえ頂ければ十分ですよ。ええ。一晩たっぷり」
「……」
女のほうからそういう事を言ってくるのは正直どうかと思うんだけど。
「しょうがねえな。じゃあ俺もそれでいいや。プレゼントしてくれるんだよな?」
「きゃー。有彦さんってばえっちですねえ」
「てめえもな」
「ふふ。どうします? 明日といわず今日からでは」
「……ムードとかそういうもんはいらんのか? おまえは」
「有彦さん相手にそんなこと期待するほうが間違ってますって」
「だな。はっはっはっは」
まあ相手がいいというのなら俺はそれに乗るまでだ。
「じゃあまあ、メリークリスマスってことでひとつ」
「はい。めりくりですねー」
俺たちは夜もにぎやかな聖夜の中へと姿を消すのであった。
完