「兄さん宜しいですか?」
「うん?」
珍しく秋葉が俺の部屋にやってきた。
いつもだったら翡翠か琥珀さんに呼ばせに来るのに。
「珍しいとでも思っているのでしょう」
「え、ああ、いや、その」
「わかっています。自分でも珍しいと思います」
「……だよな」
「だよなとはどういう意味ですか」
「ああいや、その、ごめん」
余計な事を言ってしまった。
「で、どうしたんだ?」
誤魔化す意味を兼ねて秋葉に尋ねる。
「……退屈なんですよ」
「秋葉さまの退屈」
「は?」
「その」
言い辛そうに目線を逸らせる秋葉。
「琥珀たちとは色々な話をして退屈を紛らわせるのでしょう?」
「紛らわすというかなんというか……」
琥珀さんが勝手に押しかけてくると言ったほうが正しい気がする。
「普段どのような会話をしているのか興味がありまして」
「さ、さいですか」
「どんな話を?」
「まあ……色々」
それこそ多岐のジャンルに渡る。
「その色々を聞いているんですが」
「ゲームとかマンガとかの話」
「……ゲームとかマンガ」
露骨に顔をしかめる秋葉。
「秋葉ってさ、そういうのにすっごい偏見あるだろ」
一昔の教育ママじゃないけど、そういうのは教育に悪いんだとかそういう意識を持っている気がする。
「私の後輩で不良生徒がいまして」
秋葉は大きなため息をついた。
「無断外泊、不審物持込、他に細かい事を揚げればキリがありません」
「秋葉の知り合いにそんなやついるの?」
浅上ってお嬢さま学校だったはずなんだけどなあ。
「むしろ俺とか有彦と波長合うんじゃないかな」
「……そうかもしれませんね」
「う」
何だか知らないけど秋葉が怖い。
その後輩について触れるのは止めておこう。
「いくらなんでも『となりのトトロ』が教育に悪いとは言わないだろう?」
「……その名前、羽居に少し聞いた事がありますね」
「羽居?」
「ああ、いえ、あちらでのクラスメートです」
「そっか。あれはいいぞ」
ナウシカ等も押したいところだがアレは蟲が出てくるからなあ。
「何がいいんです?」
「何って言われると困るけど……なんていうか、ほのぼの感?」
見ていて心が癒される気がする。
「……実際にそういうほのぼのとした人の相手をするのは物凄く疲れるんですけどね」
「う、うーん」
偏見があるせいなのか、秋葉はあまりいい反応を示さなかった。
「逆に聞くけどさ」
「はい?」
「秋葉はどういうのが駄目だと思う?」
「……そうですね」
考える仕草をする秋葉。
「それは……その、やはり殴りあったりするものはよくないのでは」
「いや、その理屈はおかしい」
「何故です?」
「じゃあどうして世の中に『格闘家』なんて人たちがいるんだよ」
「そ、それは」
「オリンピックの競技だって戦いだろう?」
「……」
答えに窮する秋葉。
「鍛えあった同志が己の信念のために拳をぶつけあう。燃える展開じゃないか」
「……いかにもマンガ的ですね」
「そこなんだよ」
「そこ?」
「ああ。実際にそういう光景を見れる事はまずない」
格闘技をやっている人とかはともかく。
「格闘に関わらずだけど、マンガとかゲームってのは『こうだったらいいな』を補完できるものだと思うんだよ」
「はぁ」
「子供みたいな考えだけど」
頭にあるものをつける仕草をする俺。
「空を自由に飛びたいな、ってな」
「……それもどこかで聞いた事がありますね」
「いくらなんでもあれは見ておくべきだと思うぞ?」
国民的アニメのひとつなんだから。
「とにかくそういう現実じゃありえない夢を補完してくれるのがゲームだったりアニメだったりするわけだ」
「しかし……」
「小説だってそうだろう?」
「……」
秋葉はなんともいえない表情をしていた。
「あれだ、秋葉。食わず嫌いはよくないぞ?」
「だ、だって……」
指をもじもじと交差させる秋葉。
なんだかいつもと違って大人しい感じだ。
「今更マンガなんて読むのは……恥ずかしいですし」
などと小声で呟く。
「うぐっ」
なんですかその反応はけしからん。
「オマエなあ」
「な、なんですか?」
「……それ、琥珀さんとかには絶対やらないほうがいいぞ」
「は?」
琥珀さんが今の秋葉を見たら赤飯でも炊きそうな勢いだった。
「じゃあ俺のを貸してやろう」
「兄さんの?」
「……っても何がいいかな」
本当だったら少女マンガがいいんだろうけどな。
ただ琥珀さん曰く、最近の少女マンガは少年マンガよりも過激なのでオススメはしないそうだ。
少年漫画のほうがよっぽど健全ですとかよくわからないことを言っていた。
「えーと」
適当に見繕って渡してみる。
「ありがとうございます」
ぺこりと会釈する秋葉。
「気に入ったのがあったら言ってくれよ。続き貸すからさ」
「はい」
秋葉は足取り軽く部屋を出て言った。
「暇つぶしにはやっぱりマンガだよな……」
戻ってくるまで俺もマンガを読んでヒマを潰す事にした。
「兄さん」
「お?」
何冊か読み終えた後、秋葉が戻ってきた。
「これの続きを貸して頂けませんか?」
「え? あ、うん。いいけど」
ちょうど今読んでいた本だ。
そのまま秋葉に手渡す。
「どうだ?」
「はい」
秋葉の目がきらきらと輝いていた。
「子供の頃を思い出しますね」
「……ああ」
そうか、さっきからどうも妙だと思ったら、子供の頃の秋葉の雰囲気に似ているのか。
俺の前では妙に弱気だったり、何かやってみたいのに出来ないとか。
それを強引に引っ張りまわしたりしたんだよなあ。
懐かしい思い出である。
「では借りていきます」
「あ、ちょっと」
「はい?」
「面倒だからここで読んでいけばいいじゃないか」
「……あ」
ふと気付いたように顔を赤らめる秋葉。
「そうですね」
そしてちょこんと俺の傍に腰掛けた。
「……ふふ」
マンガのひとコマをくすりと笑う秋葉。
「面白いか?」
「え、あ……」
俺が尋ねると恥ずかしそうに顔を赤らめて。
「はい」
頷いた。
「そりゃよかった」
兄弟、姉妹。
マンガを貸したり借りたりなんてのは良くある事だ。
これから秋葉と、そういう事が出来るようになればいいなあ。
「ところで兄さん」
「うん?」
「このマンガに出てくる萌えという単語は何なんですか?」
「いやー……」
小さい女の子たちが力を合わせて敵と戦う。
それを見守る少年。
萌えを語るのはマンガ内の解説役のお姉さんだ。
ほんと、マンガって色んなジャンルが増えてきたよなあ。
「か、可愛いとかそういう意味じゃない?」
俺は苦笑いしながら答えた。
「そうですか」
すると秋葉は頬を赤らめながらこう尋ねてくるのであった。
「兄さん、私は萌えですか?」
答えはもう決まりきっていた。
完