「クソアヂイ……」

七月も半ば、まだ八月にもなってねえっつーのに空はまっさらに青く、ギンギラギンに太陽が照りつけていた。

「帰ったぞおっ」

乱暴に玄関を開ける。

開けたと同時にむわっとした熱気が俺の顔を覆った。

「うおっ……」

慌てて後ずさる。

だが後ずさっても空にはお日様てっかてか、と。

「あーもう最悪だ、この。なんで姉貴は家にいねえかな……」

俺は汗でびちゃびちゃになったシャツを脱ぎ捨て、家に転がり込んだ。
 
 





「暑い日に」









ピッピッピ。

とりあえず居間のクーラーを最低温度に設定。

「アヂイ……」

床にぶっ倒れる俺。

ぶおー。

クーラーのさわやかな風が俺の背中をなでる。

「ふう……」

ああ、なんて素晴らしい文明の利器の力。

ぶおおお……

「ぬ……う?」

ところがその風がだんだんと温かさを帯びてきて。

「だああっ! あっぢいいいっ!」

一体何だっつーんだ。

「……ぬ?」

飛び起きるとテーブルの上に置いてあった紙切れが目に入った。

姉貴の字だ。
 

『クーラー壊れた。治るまで時間かかるとのこと。あたしは逃げる。おまえは死んでくれ。 一子』
 

「あんのクソ姉貴ぃぃぃぃっっ!」
 

たんに壊れたって書きゃあいいものの、いちいち苛立つような文章を書いてくれる。

「くそっ……クーラーはこの部屋にしかねえし……」

親は揃って他界、姉弟二人暮らしのこの家庭にそこまで恵まれた環境を期待するほど俺はバカじゃない。
 

『なお、補給物資としてアイスを冷凍庫に入れておく』
 

「……チッ」

我が姉ながら、どうしてこうも捻くれてるんだろうなあ。

ま、俺も人の事言えたような性格じゃねえけど。

「しゃーねえ。それで我慢してやる事にするか……」

起き上がって台所へ。
 

冷凍庫を開けるとひんやりとした空気が顔を包んだ。

「あー……」

このまま冷凍庫の空気を浴びていたい気分だ。

「……けど電気代かかるしな」

妙に主婦じみた思考が悲しかった。

半ば一人暮らしみたいな生活を続けてると、こういうことを考えてしまうのだ。

実際光熱費の半額は俺が出してるわけだし。

学生身分である俺にそこまで要求する姉貴はつくづく鬼だと思う。

「えーと、アイスアイス……」

そんなことよりアイスだ。

取り合えず食ってさっぱりしたい。

「……これか」

ごちゃごちゃモノの入った冷凍庫の中で見つけたのは、昔懐かしいポッキンアイスである。

真ん中で二つに割れて食えるやつだ。

兄弟のいる家庭だと、大抵どっちが下のとがったやつがついているほうを食べるかで揉める。

俺もよく姉貴とケンカしたもんだ。

「あの頃の俺は若かったな……フッ」

そのアイスを今じゃ一人で食えるほど大人になったわけだ。

「大人か……? それは」

自分の思考にツッコミを入れながら、とにかくアイスを抜き取る。

色は薄い黄色、多分りんご味だ。

それを二三本まとめて掴み、俺の部屋へ。
 
 
 
 

「アヂイ……」

部屋は暑いが扇風機がある。

窓を開けて扇風機を回せばそれなりに。

「あんまり……変わんねえ……」

むしろ暑い空気が掻きまわされてるだけの気がする。

「あーもう畜生……」

しょうもないので持って来たアイスをパキンと。

「……割れねえ」

このポッキンアイスという代物、安物だったり中途半端に溶けてたりするとちっとも折れない厄介な代物なのである。

前者と後者両方の理由でこのアイスはまったく折れる気配を見せなかった。

「あーもうくそうっ!」

イライラしてるときっていうのはどうしてこう連続でイライラすることが起きるんだろう。

「こうなったら……」

中央の細い部分をぐるぐると回し、無理やりねじ切った。

これをやると汁が飛び散るのであんまりやりたくはないのだが。

「……うををうっ」

へその辺りにそれが飛んできて身もだえした。

傍から見たらただのバカだろう。

「まあいい。これで割れた……」

とにかくこれでアイスが食える。

ぱくりと。

「ぶっ」

食った瞬間謎の味覚に吐き出してしまった。

「な、なんだこれ……」

色からしてりんご味だと思ったらとんでもない。

「この味は……梅?」

舌にぴりりとすっぱい味が残っている。

「ポッキン梅アイス……誰がターゲットなんだよ」

文句を言いながらも食う。

最初は驚かせられたけど、味さえわかってりゃまあそんなに酷いもんじゃなかった。

「くううっ……」

異常なまでにすっぱいけど。

「あー……」

それでもアイスを食べ続けていると、ようやく人心地ついてきた。

体を流れていた汗も引いてきている。
 

「乾さーん! 雨だよーう!」
「あにいぃ!」

窓の外を見るとアマゾン地帯みたいなスコールが。

「さっきまで晴れてたじゃねえかよっ……」

慌てて部屋から飛び出す。

外には確か姉貴の洋服その他諸々が干されていたはずだ。

回収しておかなきゃ後でとんでもない目に逢わされてしまう。
 
 

「ぐおおっ」

物干し竿のところまできて愕然とした。

姉貴の奴、日頃洗濯なんてしねえくせに、今日に限って大量にやりまくったようだ。

それこそ姉貴の持っている夏服全てが干されてるような勢いだった。

「アノヤロウ……」
居間の窓をこじ開け、片っ端から洋服を投げ込んでいく。

投げても投げても終わらない。

ぬるぬるした気持ち悪い雨が体中に当たる。

「あーもう……猫の手も借りてえってかんじだな……」
「はーい。猫ならぬ精霊の登場ですよー」
「ええい、この服取れねえ……」
「む、無視ですかっ? 酷いですよ有彦さんっ!」
「……何しに来た、人外生物」

俺はなんの脈絡もなく登場しやがったバカ精霊ななこを睨み付けた。

「え? だって今有彦さん困ってたでしょう? わたし、元マスターになった人のピンチはわかっちゃうんですよ。なんで駆けつけちゃいました」
「帰れ。俺はお前のマスターなんぞになった覚えはない」
「うわー。マスターじゃなくてただの有彦さんですけど、それでも何度も体を重ねた仲じゃないですかっ」
「んなこと真昼間っから言うんじゃねえっ!」

こいつはイチイチ大声でそんなことを叫ぶので参ってしまう。

「うう。せっかく助けに来たんだからお仕事下さいよぅ」
「じゃあこの洋服仕舞え。っつーかテメエモノに触れんのか?」
「もっちろんですよー。驚き桃の木パパパヤー」

意味不明のセリフと共にななこが怪しい光を放った。

「はい。おっけーです」
「でこぴん」

ビシィッ!」

「いたぁっ! な、何をするんですか有彦さんっ!」
「おお、ホントに触れるな……前家に来た時はロクに触れなかったつーのに」
「そ、そりゃ触れるようにしましたから……これ、高等技術なんですよ、えへん」

ななこは偉そうだった。

「いいから服仕舞うの手伝え。濡れる」
「あ、はいー」

さっそくとばかりに洋服を引っ張るななこ。

びりいっ!

「うわあああっ! テメエなにしやがるんだぁあっ!」
「え、えええっ。そんなっ。軽く引っ張っただけなのにっ!」
「洗濯ばさみでくっついてんだろうが! どこ引っ張ってんだよ!」

しかもそれに限って俺のシャツだった。

「ご、ごめんなさい。ほら、わたしって手がこんなんですし」

そう言って蹄の手を見せるななこ。

「……オマエ、俺を助けるために来たのか? 邪魔するために来たのか?」
「た、助けるためですよ? もちろん」
「……」

本人はそのつもりでも大迷惑ということが世の中には多々ある。

その代表みたいなやつがコイツだ。

「……じゃあ、俺が洗濯物を取るからおまえはそれを部屋に運べ」

しかし天才的な俺は瞬時にコイツの利用法を編み出した。

ただ運ぶだけだったらいくら鈍くさいコイツでも出来るだろう。

「はいっ。それくらい楽勝ですよ。任せてくださいっ」
「おし」

ひょいひょいと洗濯物を取りななこへ渡していく。

「ダッシュ!」

さすがに馬だけあって移動だけは早かった。

「ほい、次」
「はいっ」
「これも」
「はーいっ」

みるみるうちに洋服は数を減らしていく。

「これでラストだっ」

最後に姉貴のお気に入りの(俺は死ぬほど似合わないと思う)ブラウスを渡し、俺の作業は終わった。

「はーい、っと……わわ、わっ?」

ところがこのバカ馬ときたら、お約束のようにバランスを崩して。

びったーんと、ちょうど水溜りの出来ていたところに転んでくれるのであった。
 
 
 
 

「うー。気持ち悪いですよぅ……」

タオルで髪を拭いながらななこはまだぶつくさ言っている。

「テメエが悪いんだろうが」

俺は姉貴が帰ってきた時の事を思うと頭が痛かった。

「そんな事言われましてもー。あそこに水溜りがあることが悪いんですよっ」
「最後だけわざとしたようにそこ通ってくれたよなあ、テメエ」
「そ、それはわたしなりに考えた最短ルートを通ろうと……」
「あーもういい。今更何も言う気がしねえ」

天気はまたうざったいくらいの快晴になっちまったので、洗いなおして干せばすぐに乾くだろう。

「……アイスでも食うか……」

さっき持ってきた残りのアイスは溶けきっていたので、また新しいアイスを持ってきていた。

今度はちゃんと味を確認済みの、グレープ味だ。

「あ、それ美味しそうですねー」
「やらねえぞ」
「うー……」

捨てられた子猫みたいな目で俺を見るななこ。

「だあ、わかったよ。やる」

どうも俺もまだまだ甘いようだ。

「わ。だから有彦さんって好きなんですよー」
「……」

ああもう、今日はほんとにあちいな、くそっ。

「ほれ」

今度はすぐに割れたので片方を渡してやる。

下の棒のついてない丸っこいやつだ。

「わーい。美味しそうですねー」

ななこはその手で意外なほど器用にアイスを掴んでいた。

「ではさっそく頂いちゃいます」

そのままぱくりと口へ。

「はむ……ちゅ……むちゅ……ふぁ……美味しいです……んっ……」
「……テメエ、わざとやってねえか?」
「え? 何をです?」
「……いや、なんでもねえ」

なんていうか、ななこのやっているそれは、ある行為を連想させるものであった。

ああもう、暑さのせいで頭がどうかしちまったようだ。

「ははーん。有彦さん、さてはえっちなことを考えてますね?」
「う」

妖艶な笑みを浮かべているななこ。

その表情は、これでもかってくらいに欲情を掻きたてるモノだ。

「うふふふふふ。構いませんよー。わたしは」

しかも追い討ちをかけるようにそんなことを言ってきやがった。

「……なんかおまえが来るとそればっかじゃねえか?」
「そうですかね?」

四つんばいの格好で歩いてくるななこ。

馬としてはそれが正しいんだろうけど、なんつーか腰の振り具合とか、そういうのが全部艶っぽく見えた。

「でもまあ、それはわたしたちがらぶらぶな証明ってやつで、ひとつ」
「……いーのかねえ」
「いいんですよ、若いんだし」
「むぅ……」
「イチゴさんが帰ってくるまで、楽しんじゃうとしましょう〜」

ああもう、コイツ最近要領をわきまえていすぎである。
 

「まあ……暑い時は汗をかかなきゃいけねえしなあ……」
 

自分自身にそんな言い訳をして、ななこに軽くキスをするのであった。
 




あとがき
ネタがなくなると有彦とななこを書きたくなります。
この二人のコンビは好きなんですよねー。
脳内設定では二人はこんなんでもらぶらぶでそれこそ毎晩激しい夜を(ry


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