わたしは遠野くんの言葉に自分の耳を疑った。
「い、乾くんの声真似じゃないよね?」
「どこに有彦がいるんだよ?」
「そ、それはそうだけど……」
確かに周囲を見回しても誰もいなかった。
放課後の教室での突然の誘い。
ドラマやマンガみたいな話だった。
ななこ・すーぱがーるかんぱにー
外伝
「さっちんとの一日」
「嫌かな」
苦笑いする遠野くん。
「そそそ、そそっ、そんな事ないよっ!」
わたしはぶんぶん首を振って否定した。
「で、でも、どうして?」
正直、わたしが遠野くんに誘われる理由が見当たらなかった。
そりゃ、あれこれアピールして来たつもりだけど。
実になったことなんて一度もないし。
「いや、こういうのって理由はいらないでしょ」
そう言って笑う遠野くん。
「……」
なんだか頭がクラクラしてきた。
ついに、ついに今までの苦労が報われる日が来たんだろうか。
「ど、どどど、どこに行くのっ?」
もちろんどこだって構わない。
けれど聞きたくなるのが乙女心というか人間の不思議というか。
だってほら、初デートが寄生虫博物館とかだったらイヤじゃない?
ってデートって決まったわけじゃないんだけどっ!
「んー」
腕組みをする遠野くん。
「映画を見たいんだ」
「あ、いいねっ」
やっぱりデートといえば定番はそれだと思う。
今時そんな……って思われるかもしれないけど、これは半ば憧れみたいなものだ。
シチュエーションに酔うって言ってもいいかもしれない。
「今どんな映画やってたっけ?」
「えーと……なんかアニメとホラーと……恋愛モノだったかな」
「あ、そうなんだ」
「どれを見ようかなって悩んでるんだけど。弓塚、何か見たいのとかある?」
「え、えっ……」
それはもちろん恋愛モノと言いたいところだけど。
遠野くんと二人でそんなものを見たら恥ずかしさでどうにかなっちゃいそうな気がする。
かといってホラーは苦手だし。
ああでも遠野くんに抱きつけるかもっ?
やだやだそうじゃなくてっ。
「ゆ、弓塚?」
「ああ、うんっ、えっとねっ? アニメでいいんじゃないかなっ?」
「アニメかぁ」
って何言ってるのわたしー!
「うん、いいんじゃないかな」
ああでも遠野くんは喜んでるっ?
「肩肘張らずに見れそうだし」
「だ、だよねっ?」
今日のわたしはラッキーなのかな?
ああ、朝の占いをちゃんと見ておけばよかったっ。
「他にどこか行きたい所ある?」
「え、ええと」
リクエストされた途端に色んな場所を連想してしまう。
動物園、水族館、遊園地。
ってそういう事じゃなくて!
「有彦とはゲーセンとか行くんだけど、弓塚は苦手かな」
「あ、そ、そんなことないよっ? UFOキャチャーとか得意だしっ?」
「得意なんだ?」
「え、え、う、うんっ。まあねっ?」
10回やれば1回くらい取れるんじゃないかなあっ?
「じゃあゲーセンにも行こう」
「そそそ、そうだねっ」
あ、後で財布の中確認しておかなきゃ。
「格ゲーとかあんまり強くないんだけどさ、好きなんだよ」
はははと苦笑いをする遠野くん。
「そうなんだー」
「で、その後は食事して……」
「うん」
食事をしてその後は。
「家まで送るよ」
「あ、うん」
健全カップルだったらこんなものだよね。
ってまだカップルじゃないのに。
やだもうわたし暴走しすぎっ!
「……まさか牛丼ってわけにはいかないだろうから、何か適当に探さなきゃな」
「あ、うん、なんでもいいよ?」
わたしに気を遣ってくれる遠野くん。
ああ、遠野くん優しいなあ。
「……これまた弓塚に頼るようで悪いんだけど」
「あ、いいとこ知ってるよ!」
「そうなの?」
「うんっ」
この間行ったラーメン屋さん。
とんこつメインのこってりしたスープで凄く美味しくて……
「……って駄目ー!」
ラーメンは好きな人の前で最も食べたくないもののひとつだ。
「え、え?」
「あ、うんっ、ごめんねっ!」
ラーメンは音を立てなきゃ美味しくないし、でもでも恥ずかしいしっ。
ギョーザだって食べれない!
そんな悲しい状況になってしまうのだ。
堂々と食べれる人はよっぽど胆が据わってるのか、そんなの気にしないほどラブラブなのかだろう。
それくらいラブラブになりたいけど。
「……え、駅前のファミレスとかでいいんじゃないかなあ?」
「あそこなんか美味しいのあったっけ?」
駅前のファミレスは安い早い、でも美味しくないで有名である。
「じゃ、じゃなくて、そこの隣の」
隣は超高級ステーキ屋さん。
「じゃなくて……」
ああもう、大ピンチ。
「ま、そのへんは後で考えればいいさ」
「そ、そうだねっ」
こんなことで慌てなくたっていいのに。
はぁ。自己嫌悪。
「えーとそれでいいかな?」
「あ、うん」
「じゃあ、準備して」
「わかった」
机に戻ってカバンを持つ。
「……あれ?」
いやに軽い。
教科書入れなかったんだったかな。
「よいしょっと」
そもそも、どうして今わたしと遠野くんは二人きりだったんだっけ。
日直をやってたわけでもないし。
「……えーと……」
「どうしたの?」
「あ、ううん」
大した事じゃないよねっ。
なんせこの後遠野くんとのデートが待ってるんだからっ。
「ところで遠野くん」
「うん?」
「これって夢じゃないよね?」
「……何言ってるんだ?」
「あ、うん、ちょっとね」
なんていうか、何もかもが出来すぎてる気がして。
「やっぱりちゃんと手順を踏んでからじゃないと」
だいたい、こんな積極的で気の効く遠野くんなんておかしい。
わたしの都合のいい解釈の中でしかあり得ないはずなのだ。
「……だから終わりにしようよ」
これは夢だ。
だったらここで終わらせたほうがいい。
「ちぇ」
遠野くんは苦笑いしていた。
「おまえさ、夢の中だって構わないから楽しもうとか思わないわけ?」
「え?」
「いや、夢だからしょうがねえってのはわかるけど」
「と、遠野くん?」
なんだろう。
遠野くんにしては急にラフな口調になってしまった。
「……だって、夢じゃ……」
「あーもうわかった」
ぼりぼりと頭を掻く遠野くん。
「夢じゃなきゃいいんだな?」
「……えーと?」
「しょうもねえ。撤退だ。おしまいおしまい」
「あ、ちょっとっ?」
遠野くんは教室を出ていってしまった。
「待ってっ」
追いかけたけど、そこにはもう誰もいない。
「全然駄目じゃねえか。何がいいアイディアだよ」
声だけがどこかから聞こえる。
「しょうがないじゃないですか、わたし専門家じゃないんですから……」
「この声は……」
どこかで……
「……ふにゃ」
目が覚めた。
「おはようございます、さつき」
隣には既に着替えたシオンが立っている。
「うー……」
なんだか変なユメを見た気がするけど思いだせない。
「どうしたのですか?」
「あ、ううん、何でもないよ」
ただなんか約束をしたような。
なんだっけ?
「寝ぼけてないで着替えてください。朝食が冷めてしまいます」
「あ、うん。今行くよー」
そういえば今日はシオンが当番だったっけ。
慌てて着替えて階段を降りていく。
「おう」
「あ。おはよう乾くん」
洗面所で乾くんと挨拶をする。
乾くんのほうがわたしより先に起きてるなんて珍しい。
居候するようになってから初めてなんじゃないかな。
「……ったく無理難題押しつけやがって」
「え? なに?」
「アイツの真似するのだってかったるかったんだからな」
「何を言ってるのかわからないんだけど」
「気にするな」
ぶすっとした顔をしている乾くん。
さっぱりわけがわからない。
「あー、そうそう」
「ん?」
「弓塚、どこか遊びに行かないか?」
「……なんで?」
いつも変だけど今日の乾くんは特に変だ。
「なんでもいいから」
「あ。うん、わかった」
どうして乾くんがそんな事を言いだしたのか、わたしにはさっぱりわからない。
けれど。
「ありがとう」
何故か乾くんにお礼を言わなくちゃいけないような気がした。
完