オレは思わず空を眺めてしまった。
うん、晴れてるな。
「シオンさん、熱でもあるの?」
「ふっ」
シオンさんは大げさに首を振った。
「どうせ貴方の事ですからただの買い物ですと言っても『デートなんだろ?』などと茶化すに決まっています」
「うん」
間違いなく言うと思う。
「ですから先手を打ったまでです」
「……そうか」
買い物に行きましょうと誘ったらまだ言い逃れは出来るが最初からそれだと脱出不能なんじゃねえのか?
「わかった。行きやせう」
遠野のバカと違ってそのへんの読みあいのしっかり出来るオレは快くそれを承諾した。
ななこ・すーぱがーるかんぱにー
外伝
「シオンさんとの一日」
「オレを誘うって事は何か荷物になるもんなのか?」
「ええ、まあ。それもあります」
「他にもあると」
「さつきやななこでは嗜好が理解出来ないと思いますので」
「ん」
あいつらが理解できないもんってなんだ?
格闘技とか?
「この間、散歩をしている時に見つけたんです」
「ふーん」
これで逆にぬいぐるみショップとかだったらどうしよう。
今風に言えばシオンさん萌え萌え〜ってか?
「ここです」
「……釣具屋?」
そこは無意味やたらとでかい釣具屋であった。
「魚でも釣るの?」
「いえ」
首を振るシオンさん。
「魚を釣るのに必要なものがあるでしょう」
「あー」
なんか嫌な予感がしてきた。
「ナイロン製の糸はしなやかで柔軟性があり非常に使いやすいです」
「ふーん」
「フロロカーボンは傷がつきにくいのでハリスに……」
「ハリス?」
「針側の細めの糸の事です」
「……よくわからん」
そりゃ釣りくらいやった事あるけれど、糸に興味がありますかなんて聞かれたのは初めてだった。
「近年では市販でもかなり細いものが増えてきましたね。喜ばしいことです」
「あー。エーテライトとかいうので使ってるの?」
「失敬な。エーテライトと釣り糸は完全な別物です。細さも強度もまるで違います」
「でも興味はあるのね?」
「技術向上の参考になりますから」
そりゃ勉強熱心なことで。
「興味ありませんでしたか?」
「いや、まあ何ともいえんが」
人は自分の身近なモノに関しては興味が強いモンである。
「あれだぞ。弓塚なんかバドミントンやってたからガット系なら詳しいと思う」
「さつきが?」
「ああ」
「……想像出来ませんが」
「意外と強いんだぜ?」
一度対戦した事があるがボコボコにされた記憶がある。
「まあガットは糸っつーには太すぎるかもしれんがな」
「いえ、意外な事実を知る事が出来ました。今度皆で勝負しましょう」
「げ」
「げ、とは何ですか」
「いやー」
美女に囲まれてバドミントンなんてそりゃもう健全爽やか素敵極まりないが。
きっとパンチラもあるぞ!
だがしかし!
「誰にも勝てる自信がない」
弓塚は言わずもがな、シオンさんだってちょっとやればすぐにテクニックを習得してしまうだろう。
「そのシャトルは届きません!とかさ」
「……ああ、軌道の計算は容易ですね」
そんな人外を相手にして勝てるわけないっつーの。
「ななこならいい勝負になるのでは?」
「逆。勝負にならなさすぎるの」
あいつは弓塚以上にドジだからな。
「油断しているととんでもないスマッシュを顔面に食らいますよ」
「その可能性もあるからイヤなんだが」
爽やかに見せかけてそのウラでは殺伐とした争いが展開されているのである。
「……まあ、あれだ。せっかく釣具屋にいるんだから竿でも見て来よう」
「逃げましたね」
「戦略的撤退と言ってくれ」
適当にごまかしてその場を離れるオレ。
「……釣具屋で魚売ってるのも問題と思うんだがなあ」
アレか。ボウズだった時の誤魔化し用か。
オレは水槽でふよふよと泳ぐ魚をなんとも言えない気もちで見つめていた。
「いや熱帯魚を持って帰ってもバレバレだろうしなあ」
周辺を適当にうろついてみる。
「お」
面白いものがあった。
「有彦。どこにいますか」
ナイスタイミング。
「いやこんなものを見つけてな?」
手前の水槽を指差す。
「……何もいませんが?」
その水槽には水が入っておらず、薄く泥が張ってあった。
「いいからいいから」
「はぁ」
近づいてきて中を覗くシオンさん。
「!」
その水槽の泥の中には、大量のゴカイが蠢いていた。
ゴカイというのは要するに釣る時にエサに使ううねうねした生物のことである。
「……これがどうかしたのですか?」
シオンさんの口調は一見冷静だった。
しかし、明らかに目線は逸らしているし、足ががたがた震えていた。
「釣りの時に使うからいるんだろうな」
手を入れて一部を掴む。
「あ、有彦?」
「そうだ、今度釣りに行こうぜ?」
我ながら悪趣味だと思うが。
シオンさんにそれを近づける。
「や、止めて下さい」
「いいじゃねえかいいじゃねえか」
「それ以上近づけると……」
「近づけると?」
「……こうなります」
ぺちん。
「あ、あれ?」
腕を叩かれ、掴んでいたゴカイを泥の中に落とされてしまった。
「子供ではないんですから、そんな下らない事をしないで頂けますか?」
「シオンさん苦手じゃなかったの?」
最初は明らかに嫌そうだったのに。
「ふ」
やれやれと首を振るシオンさん。
「エサというものは相手を釣るために仕掛けるものですよ?」
「……釣るつもりが釣られたってか」
「当然です。貴方ごときに隙を突かれるほど甘くはない」
「ちぇー」
さすがというかなんというか。
弓塚やななこみたいに簡単にはいかないか。
「さて、そろそろ行きましょう。ここでの用は済みました」
「何か買ったのか?」
「ええ、糸を少々」
「……」
「何か?」
「いや何も」
「では行きましょう」
「おう」
なあ、オレって紳士だよな?
「何に見えますか?
「何って……映画館」
その後色々な場所をぶらぶらして、最後に着いたのが映画館だった。
「一緒に見る?」
「見ません」
「……即答かよ」
「変に期待を持たせるよりいいでしょう」
まあそりゃ確かに。
「一子に何が上演しているか調査して来いと頼まれたんです」
「……出たな妖怪気まぐれ女」
アイツはオレ以上に適当に生きてやがる。
「今の言葉は一子に一言一句違わず伝えておきましょう」
「何が望みだ」
「そうですね。食べ物にしましょうか」
ああもう、この理解の早さが逆に腹が立つ。
「そこのクレープでも買って頂ければ」
「はいはい何でも買ってやりますよと。どれ?」
「お任せしますよ」
「そっか」
適当に見繕って注文してしまうオレ。
適当といっても侮ってはいけない。
こんな事もあろうかと、周辺の女の子に人気店はチェックしてあるのだ。
「ほれ」
シオンさんに渡したのはチョコバナナである。
別に深い意味はない。
単に美味いからというだけで、決して邪念などは。
「いただきます」
「……」
「いえ、そのように見られていると食べ辛いのですが」
「ああ悪い」
訂正、やっぱり邪念感じます、無理ですほんと。
「……つーかさ」
「何でしょう?」
「別にオレが一緒に来る必要なかったんじゃないか?」
特に重い物を運んだというわけでもなし。
糸に対する知識があったわけでもない。
「そんな事はありませんよ」
「ん?」
「いわゆる予行演習というものですから」
「てか本番じゃね?」
「……まあ、それはそうなんですが」
ぷいと顔を背けるシオンさん。
「単純にそういう行為に憧れていたというのもありますね」
「デート?」
「ええ」
「……恋に恋するお年頃ってか」
「は?」
「いや何でもないさ」
まあ最初から本命になろうなんざ思っていないからな。
「楽しめたなら本望でございます」
「……ぷっ」
恭しくお辞儀をしたつもりなのにシオンさんは笑い出してしまった。
「な、なんだよ」
「いえ、貴方らしいなと思って」
「さいですか」
ま、こういう関係は嫌いじゃない。
「今後とも宜しくお願いしますよ」
「何ですか改まって」
シオンさんはオレがしたように恭しく頭を下げた。
「こちらこそ路地裏同盟を宜しくお願いします」
「弓塚とセットでかよ」
「基本でしょう?」
その笑顔はどこまでも素敵だった。
完