○月×日快晴。

今日はとてもいい天気です。

姉さんならば「今日はお洗濯日和だねー」と表現するような、雲一つない空。
 

「うわぁぁぁぁぁ……」
 

そのまっさらな空に、志貴さまは不規則な回転をして飛ばされていたのでした。
 
 





不器用なあなたとわたし
〜暗黒翡翠拳誕生秘話〜







どさっ。

「し、志貴さまっ!」

冷静に分析している場合ではありません。

今の飛び方は明らかにおかしかったです。

全身打撲、骨折、その他諸々と大怪我を負っていても不思議ではないくらいです。

すぐに手当てをしなくては。

「あ……うん。大丈夫だよ、翡翠」

ところがわたしの予想に反して志貴さまはまるで元気な様子で立ちあがってこられました。

「志貴さま?」

おかしいです。

志貴さまはどちらかというとお体の弱いほうで、あんな打撃を受けてまともでいられるはずがないのに。

「相変わらずやるなあ。だけど、そう簡単には負けないぞ」

腕をぐるぐると回して対戦相手に向かっていく志貴さま。

「……」

その相手とは他でもない、有間のお子さんである都古ちゃんなのでした。
 
 
 
 
 

有間の家のことはわたしはあまり知らないのですけれど、都古ちゃんについてはよく志貴さまにお話を聞いていました。

都古ちゃんは拳法が滅法強く、よく志貴さまと格闘ごっこをやっていたと。
 
 
 

本日の戦いの発端はその都古ちゃんが突如遠野家に現れたから。

都古ちゃんの『けっとーじょー』に書かれたルールに従って二人は戦っている最中なのです。

ルールは非常にシンプル。

相手に参ったと言わせるか、ノックアウトしたら勝ち。

そして都古ちゃんが勝てば志貴さまは都古ちゃんと共に有間の家に帰る。

もし志貴さまが勝ったら都古ちゃんは大人しくひとりで有間の家へと帰る。
 

わたしとしては当然志貴さまに勝って頂きたいです。

しかし志貴さまは先ほどからやられてばかりでした。
 

「へっ! はうっ! ふぅーい! れんかんたい!」

都古ちゃんの牽制攻撃から踏みこんで肘打ち、さらに小さいジャンプからの二段蹴り上げ。

「このっ! ぐうっ! ……さすがにまずいっ!」

志貴さまは完全に防戦一方でした。

「かいしんのぉ! いちげきぃ!」

一歩踏みこんだ構えから高速の突撃を仕掛ける都古ちゃん。

「うわあああああーっ!」

その一撃をもろに受けてしまい吹き飛ぶ志貴さま。

「志貴さまっ!」

わたしは慌てて駆け寄りました。

「……」

志貴さまは全く身動きひとつしません。

「とどめーっ!」

都古ちゃんはさらに追い討ちをかけようと志貴さまに向かってきます。

「……」

この翡翠、武術の心得はありませんが、これ以上志貴さまにダメージを与えるのを許すわけにはいきません。

わたしは都古ちゃんと対峙するように立ちました。

「じゃまするなー!」

わたしに向けてパンチを放つ都古ちゃん。

「きゃっ……」

慌てて腕で防ぎます。

ぱんっ。

「……?」

予想外に軽い衝撃。

「えいっ! このっ!」

都古ちゃんはそのままわたしに連続攻撃を仕掛けてきました。

構えや動きは完璧で、端から見たら物凄いダメージを受けているように見られるのだけど。

不思議なことにどれもこれもわたしですら耐えられるような衝撃。

どういうことなのでしょう。
 

「……ってうわあっ! 何してるんだよ翡翠っ!」

考えていると後ろから志貴さまの慌てた声が聞こえました。

「し、志貴さま?」
「お、おにーちゃんっ」

都古ちゃんも起きあがってくるとは思っていなかったのか慌てています。

「そこまでだ……このっ!」

志貴さまが素早い動きであっという間に都古ちゃんの背後に回りました。

「あうっ!」

そして首のあたりに一撃を食らった都古ちゃんは、ばたりと倒れてしまったのです。
 
 
 
 
 

「ふう……」
「志貴さま。その」

わたしは客間のベッドに寝かせ、部屋を出かけた志貴さまに声をかけました。

「あ、ちょっと、都古ちゃんに聞かれるとまずいから外で」
「かしこまりました」

ドアを閉め、廊下に出ます。

「先ほどの都古ちゃんの攻撃なのですけど……」
「ああ、うん。軽かっただろ」
「はい。……でも、何故」

あれほど完璧な動きをしていたのに。

「都古ちゃんのあれは映画とか格闘ゲームの真似で、動きは確かに完璧だけど格闘技とか習ってるわけじゃないからそんなに威力がないんだよ」
「ですが志貴さまはあんなに飛ばされたり防戦一方だったり……」
「うん。言いにくいけど、その、わざとなんだ」
「わざと……だったんですか」

なるほど志貴さまが自分で大げさなやられ方をしていたならば、あの都古ちゃんの攻撃で飛ばされていたりしたのも納得が出来ます。

「ああ。最初のころ俺が派手なやられ方をして都古ちゃんが喜んでくれたからなんだけどね。だんだん都古ちゃんもエスカレートしてきちゃって……今じゃあんな感じに端から見てると凄いバトルを展開してるような感じになっちまったんだ」

なんとなくばつが悪そうな志貴さま。

「そうなんですか……」
「いや、その、都古ちゃんってあんまり俺のことよく思ってないらしくてさ。俺は可愛いなと思ってるんだけど」

ひょっとして都古ちゃんは志貴さまのことが嫌いなのでしょうか。

「都古ちゃんが唯一喜んでくれる方法がそれだったんだよ。俺が負けたり派手なやられ方したり。だけど今日は負けるわけにはいかないから最後でギリギリKOって展開に持っていく予定だったんだけど」
「そ、それはわたしのせいで申し訳ありません」
「翡翠は悪くないよ。俺が詳しく話さなかったのが悪いんだし」

志貴さまは苦笑されていました。

「とにかく、そんな理由で俺はあんまり都古ちゃんに会わないほうがいいかもしれない。だからその、都古ちゃんが目を覚ましたら……」
「わかりました。わたしがお相手をいたします」
「……ありがとう。翡翠」
「いえ、そんな」

志貴さまに感謝されるだけで十分なんです。

わたしは志貴さまのメイドなんですから。
 
 
 
 
 

「うーん……」

しばらく都古ちゃんの傍で待っていると目を覚ましたようでした。

「都古ちゃん?」

名前を呼んでみます。

ばっ!

すると都古ちゃんは布団を跳ね除け格闘技の構えのようなものを取りました。

「た、戦う気はありませんから」

わたしは両手を広げて戦う意思のないことをアピールします。

「……お兄ちゃんは」

構えを解かないままそう尋ねる都古ちゃん。

「その、会わないほうがいいんじゃと言われてわたしに都古ちゃんのことを一任されました」
「……」

すると都古ちゃんはがっくりと肩を落としていました。

「み、都古ちゃん?」
「やっぱり……ダメだった……」

ぺたんとベッドの上に座りこんで力なくうなだれています。

「駄目だったって……何が?」
「お兄ちゃんはあたしのことがきらいなんだ。だから会いたくないんだ」
「そ、そんなことはないと思いますけど。都古ちゃんは可愛いと思っているとおっしゃれていましたし」
「うそだ! だったら手抜きなんてするはずないもん!」

大声で叫ぶ都古ちゃん。

「手抜き……」
「お兄ちゃんはいっつもそう。あたしが本気でやってるのに手を抜いて相手をする。あたしなんかどーでもいいから手抜きするんだ。あたしが嫌いだから手抜きしたの! あたしが嫌いだから有間の家からいなくなったの! あたしが弱いから! あたしがお兄ちゃんをやっつけられる強かったらお兄ちゃんだって有間の家にずっといてくれたのに!」

涙をこぼしながら叫ぶ都古ちゃん。

わたしは大きな勘違いをしていました。

都古ちゃんは志貴さまが嫌いどころか、とても好きだったんです。

そしてそんな自分を認めてもらうために戦いを挑んだ。

戦いを挑むのは都古ちゃんなりのアピールだったのです。

「それは違うと思います」

だからわたしは言いました。

志貴さまも都古ちゃんも、どちらも勘違いされているのです。

本当は2人とも好きあっているというのに。

「違わない!」
「いいえ違います」

わたしはもう一度断言しました。

「……なんで」

都古ちゃんは口をへの字に曲げています。

「志貴さまはとてもお優しいですから。都古ちゃんのことが好きだから、攻撃なんてしたくなかったんだと思います」
「うそうそうそ!」
「では聞きますが、都古ちゃんは志貴さまにご自分のことをどう思われているのか聞いた事はあるのですか?」
「そ、それは……」

たじろぐ都古ちゃん。

「ないんですね?」
「……ない」

そして都古ちゃんは俯いてしまいました。

「それは何故ですか?」
「だってお兄ちゃんに話しかけるの恥ずかしい。だから得意のかくとーで勝負を挑むの。そうすればあたしを構ってくれるから」
「……」

わたしは今の一言でなんとなくわかってきました。

都古ちゃんは感情を伝えるということがとても下手なんです。

特に志貴さまに対して。

そして気の毒なことに志貴さまは一級品の朴念仁だったのです。

格闘技で攻撃を仕掛けられて、誰がその人が自分のことを好いているだろうとわかるのでしょうか。

普通の人ですらわからなそうなことが志貴さまにわかるはずがありません。

「都古ちゃん」
「……なに」

わたしは都古ちゃんの涙を拭ってあげました。

「心で思っていることは、言葉で言わなきゃわからないこともあるんです」
「言わなきゃ……」
「はい。都古ちゃんが志貴さまのことをとても好きだと思っていることを言葉で伝えれば、きっと志貴さまは喜んでくれます」
「……ほんとに、ぜったい?」
「ええ。間違いありません」
「……」

都古ちゃんは暫く黙っていました。

しかしやがて。

「わかった、言ってみる」

決意した顔をしてベッドから降りました。

「はい。頑張って下さい」
「うん」

猛スピードでダッシュしてドアの手前で止まる都古ちゃん。

「……れいはいわないぞ。せいぜいさんきゅーだ」
「いえいえ」

わたしは笑顔で都古ちゃんを見送ることが出来ました。
 

そして。
 

「あ」
 

玄関から出ていく都古ちゃんと偶然出会ってしまいました。

「どう、でした?」
「……」

都古ちゃんは何も言わずに玄関から出て行きます。

そしてしばらく走って行ってから、立ち止まってこちらを振り返り。

「YES!」

全身で喜びを表現して去っていきました。

「……よかった」

わたしも上手く感情が表現できるほうではないので、都古ちゃんはなんだか他人のような感じがしなくて放っておけませんでした。

これから2人が仲良くなってくれれば良いのですが。

「でも……」

ただひとつ問題があります。

それはあと数年したら、都古ちゃんも立派に志貴さまのお嫁さん候補になってしまうということです。

そうなってしまったら格闘ではわたしには太刀打ち出来ません。

今のうちにわたしも通信教育などで勉強しておいたほうがいいでしょうか。

そして都古ちゃんに負けないように志貴さまにアピールを。

「……」

せっかくなので流派名など決めてみましょう。

なるだけ強そうで、しかもわたしの技だとわかる流派。

翡翠拳だと弱いのでもっと何か強そうな単語をつけて。
 
 

「その名も暗黒翡翠拳」
 

これはいいです。凄く強そうです。

都古ちゃんとも互角の戦いが出来そうな予感がします。
 

「……負けませんからね」
 

わたしはふつふつと闘志を燃やすのでした。
 



あとがき
どうもSPUです。
コータローさんのリクにより翡翠×都古ちゃんSSです。
誰がなんと言おうと翡翠×都古ちゃんSSです(ぉ

いや、だって百合なんて書けませんよわたし(ぇ
しかし翡翠一人称ってのは初めてだったのですがどうなんでしょうかね?

翡翠ちゃんのはじめてをコータローさんに捧げました、と書くとえちぃ響きに見えそうな気がします(爆