すると、男性の声が聞こえた。
ここにいる男性なんて一人しかいない。
自然とみんなの視線が集まった。
「兄さん?」
「あ……れ?」
そう。兄さんが意識を取り戻したのである。
「ダウンタウン月姫物語」
その28
「秋葉……それにみんなも……」
「兄さんっ」
私は兄さんに駆け寄りました。
「うわ、どうした秋葉?」
「大丈夫ですかっ? 何か具合が悪いとかありませんかっ?」
「え? えと……なんか体の節々が痛いんだけど」
「……」
多分それは私たちとの戦いのせいだろう。
「ねえ志貴。今までの事って覚えてる?」
アルクェイドさんが尋ねた。
「今までの……ええと」
頭を押さえる兄さん。
「……なんか……はっきりとは覚えてないんだけど……なんか変な事してた気がする」
「志貴さまは『俺は番長になる』と計画を企てていました」
そんな兄さんに翡翠はきっぱりと真実を告げた。
「そ、そんな事言ってたの?」
「はい。そして秋葉さまたちによってその野望は食い止められました」
「……私とアルクェイドさんだけじゃなくて、あなたたちも含めてね」
兄さんを正気に戻したのは先輩とシオンの薬のおかげだし。
街に大した被害がなかったのも翡翠や琥珀がうまくやっていたからなんだろう。
まあ、そのぶん私たちは集中砲火を受けたわけなんだけど。
「そういや藤堂たちに事情説明しなくていいのかい?」
一子さんがそんな事を言った。
「そうですね。学校を貸して頂けたのは本当に助かりましたし、お礼を言いに行かなくては」
「一体どういう風に学校を借りたんですか?」
「それは姉さんが手配しましたので……文化祭の出し物とでも誤魔化したのでは」
「……なるほど」
そういえば蒼香が文化祭の練習で来たとか言ってたっけ。
「では行ってまいります」
「ええ。頼むわ」
翡翠は藤堂たちの元へ向かっていった。
「冷峰学園の文化祭は毎年豪華なんだよ。始まったら来てみるといい」
「ですね」
事件も解決したわけだし、打ち上げの場として丁度いいかもしれない。
「これからどうするの? 翡翠が戻ってきたら帰る?」
「ええ。もうここにいる必要はないでしょうから。兄さん、立てますよね?」
「あ、うん。なんとか」
兄さんはふらつきながらも立ち上がった。
「なんかごめん、みんなに迷惑かけたみたいで」
「いえいえ。兄さんは悪くありませんよ。全てはキノコのせいなのですから」
「……キノコ」
その言葉を聞いて兄さんが顔をしかめていた。
「結局そのキノコはどこから出てきたんでしょうかね」
シエル先輩が首を傾げている。
「あのキノコが普通に生息しているというのはまずあり得ないんですが」
シオンも不思議そうな顔をしていた。
「兄さん、心当たりはありますか?」
「うーん。その辺になると記憶がはっきりしないんだよなあ」
「悪意ある人間の行動としか思えませんよね」
「まったくです。一体どこの誰がそんな怪しげな植物を……植物?」
全員の目線がある人物へ注がれた。
「……琥珀」
まだ意識を失ったままの琥珀だ。
「もしかして……琥珀が兄さんに食べさせたんじゃ」
「なるほど。その可能性は高そうですね」
みんな大きく頷いている。
「でもさ。それならどうして志貴を元に戻そうとしてたのかな?」
だが、アルクェイドさんがそんな事を言った。
「……それも確かに」
「おそらくセイカクハンテンダケを食べさせてしまったのは琥珀にとってもイレギュラーだったのではないでしょうか」
「シオン?」
「しかし戦闘員ではない琥珀には志貴を戻す力はなかった。そこで翡翠に志貴を発見させ……」
「まあ……筋は通ってるわね」
「問題はやはり秋葉たちを本気で倒そうとしていた事ですが」
「堂々巡りねぇ」
結局琥珀に問いただすしかないのか。
「あ。起きる前にちょっと」
シエル先輩が琥珀へ近づいていった。
そして口の中へ何かを入れる。
「なにをしたんです?」
「いえ、ちょっとキノコの解毒剤を」
「キノコの解毒剤……?」
「うーん……」
すると琥珀が目を覚ましたようだった。
「琥珀?」
「……あ。秋葉さま。おはようございます」
「おはようございますじゃないわよ。記憶ははっきりしてる? 事情を説明して欲しいんだけど?」
「えーと……あー」
周囲を見回して何度も頷く琥珀。
「えと、どの辺までご存知です?」
「兄さんがキノコでおかしくなってたって事」
「翡翠たちが冷峰四天王として傍にいながら解毒剤を作ってたってのも聞いたわ」
「はぁ。するとほぼ全部わかってるんじゃないですか」
「全部じゃないわよ。貴方はどうして私たちを狙ってきたの? しかも本気で」
琥珀の行動は矛盾に満ちていた。
「そうよそうよ。結構ピンチだったんだからね?」
「それなんですがねー。途中までうまくいってたんですけど」
大きくため息をつく琥珀。
「油断したところで反転した志貴さんにキノコを食べさせられてしまいまして」
「キノコを?」
「あー、やっぱり」
シエル先輩は納得したような顔をしていた。
「気付いていたんですか?」
さっき解毒剤を飲ませたのも、それが理由だったのか。
「いえ、二人の話を聞いているうちになんとなく。琥珀さんの場合、普段から演技全開ですから反転してもわかりにくかったんじゃないかなぁと」
「……」
確かに琥珀はいつも演技をしているような感がある。
「ってことは……」
途中までは琥珀は本当に私たちに協力するつもりだった。
けれどキノコのせいで反転してしまい、襲いかかってきたんだから。
「実は琥珀さんは秋葉さんたちにとても好意を抱いていたという事ですかねえ」
にっこりと笑うシエル先輩。
「あ、あはは」
琥珀もぎこちなく笑っていた。
「……」
私はどうすればいいんだろう。
そんな事を聞いてしまったら怒るに怒れないじゃないか。
「……その」
「な、なんでしょう?」
「今日の晩御飯は特に気合を入れて作る事っ」
「……え?」
「いいわねっ!」
「は、はいっ」
ああもう、私も兄さんに似て甘くなってきたかもしれない。
「ただ今戻りました」
そこに翡翠が戻ってきた。
「ああ。いいタイミングだわ。全部解決したわよ」
何か忘れて入るような気がするけど、多分大した事じゃないだろう。
「左様ですか。ではこれを」
翡翠は何かの紙を差し出した。
「領収書……って!」
私はそこに書かれている金額に驚いた。
いえ、そりゃまあ遠野の財産からすれば大した額ではないのですが。
「学校を何箇所か破壊してしまいましたので、その修繕費をと。それから、不良の方々へのアルバイト代が入っております」
「不良の方々への……ってなんで払わなきゃいけないのよっ?」
襲われたのは私たちなのに?
「と言われましても点それが契約でしたから。文句は姉さんにどうぞ」
「……」
そう。琥珀がね。
「それと恐らくこの事実を姉さんは墓まで持っていくつもりでしょうから教えておきますが」
「なな、なななな、何を言ってるのカナ? 翡翠ちゃんは」
琥珀はじりじりと後ずさっていた。
何か、やましい事がある証拠である。
「セイカクハンテンダケは、秋葉さまに食べさせるつもりで姉さんが育成していたようです。今さっき草の者から連絡がありました」
「ふううううん?」
草の者。つまりスパイだ。
多分今この場にいないツインテールの人だろう。
「……となると、全ての元凶はやはり琥珀さんだってって事ですかねえ」
先輩がこめかみをひくひくさせていた。
「依頼主を懲らしめるというのも奇妙な話ですが」
シオンもエーテライトを構えている。
「や、やだなあ皆さん。落ち着いてくださいよ。わ、わたしだってキノコでおかしくなってたわけでー」
「それは途中で食べさせられたんでしょ?」
自分でそう言ってしまったんだから、もう逃げる術はない。
「覚悟はいいわね? 琥珀」
「え、ちょ、ちょっと……志貴さんっ?」
兄さんに助けを求める琥珀。
だが多勢に無勢。
兄さんは諦めたように首を振っていた。
「……えっと……きゃーっ!」
琥珀は全速力で逃げ出していった。
「待ちなさい! この……!」
私は当然それを追いかける。
「逃がさないわよっ!」
「少々悪戯がすぎたようですねっ! 懲らしめてあげますっ!」
アルクェイドさんや先輩、シオンに翡翠までもが琥珀を追いかける。
「はぁ……」
兄さんは隅っこでため息をついていた。
「なんていうか……おまえさんも大変だねえ」
一子さんは兄さんの傍でのんびりとしていた。
「まあ、いつものことですから……」
苦笑いしている兄さん。
「けどまあ、いい事もあったんじゃないかなと」
「ほう?」
「……?」
ついその言葉が気になって私は琥珀を追いかけるのを止めた。
「なんか、秋葉とアルクェイドが仲良くなってるみたいなんで」
「……」
「……」
目線を向けるとあちらもこっちを見つめていた。
なんだか急に恥ずかしくなってしまう。
私は叫んだ。
『別に仲良くなってなんかっ!』
けれど、これがまったく同時だったので、兄さんに笑われてしまうのである。
ああもうっ。こんな人と同レベルだなんて。
再び顔を見つめあい。
「ふ……ふふふ」
「あは、あははっ」
なんだかおかしくなって笑ってしまった。
まったくもう、あれやこれやととんでもない事件だってけれど。
確かにまあ、ひとつくらいはいい事があったみたいである。
それはアルクェイドさんと、仲良くなれた事。
……なんて私は絶対口にしませんけどね。ふんっ。
完
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