ちょっと前まで暑くて死にそうだったのに、今や暖房器具なしじゃ生きていけないって感じである。
「翡翠はいつも同じ格好だけど寒くないの?」
「生地が違いますので」
「ふーん」
何が違うのか全然わからないが。
「秋を通り越して冬という感じなのが少し寂しいですね」
「だな」
秋なりの良さってのもあるのに。
「あれマツムシが鳴いている……ってさ」
「風情ですね」
「秋の風情」
「なんとかの秋って呼び方がたくさんあるよな」
「はい。色々なものがありますね」
微笑む翡翠。
「志貴さまは何を連想なさいますか?」
「うーん。食欲の秋とか?」
「そうですね。美味しい物がたくさんある季節です」
「果物全般が美味しいよな」
この時期の梨はすごく美味い。
「食べ物といえば……」
「はい」
「あ、いや、なんでもない」
「どうかなさいました?」
「……そういえば食べ物ネタの身内が少ないなあと思って」
「食べ物ネタ……ですか」
「そう」
かつてキャラをの個性をより強くするために、ある食べ物が好きだということを強調される時期があった。
肉まんとかアイスとか、そういう好物を食べているシーンが多いのだ。
「シエルさまが該当しますね」
「うん」
先輩といえばカレー、カレーといえばシエル先輩。
「ある意味伝統を守っている人なのかもしれない」
「礼節ある方ですからね」
それはちょっと意味が違う気がするけど。
「志貴さまもそうではないですか」
「え?」
「梅が……」
「あ、あははははは」
この話題になるから避けたかったのだ。
「そうだね、梅だね……」
うっかり梅が好きだと言ってしまったばかりに作られた代物。
それが翡翠特製梅サンドだ。
その味たるや……梅の味しかしない。
「いつかまた……」
「ほ、他にはどんな秋があったっけ? えーとっ?」
あからさまに話題を逸らす俺。
「……」
翡翠は残念そうな顔をしていたが、仕方の無い事なのだ。分かって欲しい。
「スポーツの秋というのはどうでしょう」
「え?」
「スポーツの秋です」
「あ、うん、そうだね」
どうやら話題逸らしに付き合ってくれるようだ。
ああ翡翠はいい子だなあ。
「スポーツかあ……」
最近やってないなあ。
「何か皆さんでやってみたいですね」
「だね」
一部の人たちがとんでもない事をやらかしそうなのがアレだが。
「テニスとかいいんじゃないかな」
某少年漫画みたいにすごい必殺技出せそうだし。
「テニス……ですか」
翡翠はなんともいえない顔をしていた。
「テニスは嫌い?」
「嫌いというわけではありませんが、その」
「ん?」
「スカートの丈が短いのが……」
「はっ!」
それってまさかパンツ見え放題っ?
「いや違う! そんなやましい気持ちで言ったわけじゃっ?」
「は、はい。大丈夫です。理解しております」
「……」
いかん、これじゃただのエロ男だ。
「え、えーと他に秋は……」
苦しいのでまた話題を逸らす事にする。
「芸術の秋というのもありますね」
「そう! 芸術の秋! いいね!」
秋といえば芸術だよ!
「絵とか描きたいね」
「誰かをモデルにしてですか?」
「そうそう。アルクェイドとかモデル栄えしそうだし……」
何より描きやすそうだ。
「アルクェイドさまはじっとされるのが苦手なような気もします」
「確かに」
それは一理あるな。
「じゃあ翡翠なんかどう?」
「わ、わたしなど勿体無いくらいです」
「そう?」
琥珀さんも大喜びすると思うけど。
「ほ、他の秋を探しましょう」
どうやら芸術の秋はお気に召さないようだ。
何でだろう。
「はっ!」
こういう時だけ勘の鋭い俺は本当にどうかしてると思う。
「べ、別にヌードモデルじゃないからね!」
「は、裸でやるものだったのですかっ?」
「……!」
しまった、自爆した!
「い、今のは無かった事に」
「……」
「お……お願いします。翡翠さん」
「……」
「……」
気まずい沈黙。
「秋といえば……」
「あ、秋といえばっ?」
「百人一首など和歌の題材には秋がよくありますね」
「百人一首……ってどんなのがあったっけ」
「紫式部などです」
「芭蕉とか?」
「それは江戸時代の方です」
「だ、だよね」
えーとなんだっけ?
あせっていて何も思いつかない。
「あ、秋といえば運動会!」
「運動会ですか……」
「そう、運動会だ」
ついこの間やったような気がするけど、さっぱり記憶にないのはどうしてだろう。
「運動会は、その……」
「あ、そうか」
そもそも翡翠は運動が苦手なんだっけ。
「あのブルマを履かなくてはならないのが……」
「はっ!」
翡翠とブルマ、果たしてこれほど相性がよいものがこの世にあっただろうかっ?
「いや違う、断じて違う」
俺は決してそんなつもりじゃ、でも翡翠のブルマ姿は見てみたい。
もし俺に絵心があったら描くぞ、そりゃもう魂を込めて描くぞ。
「……進歩ないな、俺」
昔もこんな事を考えていた気がする。
「志貴さま?」
「ああ、いや、なんでもないよ」
むしろジャージの翡翠というのも新鮮でいいかもしれない。
違う。
「秋といえば……」
さすがにネタも尽きてきた。
何かないだろうか。
「蜂が活発になるのはこの時期だと聞いた事がありますね」
「ああ……」
そういえば琥珀さんの花壇の周りを飛んでいた気がする。
「慣れるとどうってこと無いんだけどな」
最初はそりゃもう怖かったもんだ。
「危険なことには変わりありません」
「そうだね」
みんなも蜂には近づかないようにしようね!
お兄さんとの約束だよ!
「……続かない」
おかしい、秋ってもっと色々なかったっけ?
何かこう胸がときめくようなものが。
「秋は恋の季節……」
「それだ!」
恋する乙女といったら秋だ。
なんか古臭い気もするが気にしない。
せつない恋の似合うのが秋。
「どっちかっていうと失恋っぽいイメージだよね」
「……」
翡翠の目が怖い。
「え、ええと……」
これもダメか。
あと何かなかったっけ。
考え方は合っているはずなのだ。
秋といえば何かロマンチックな感じ。
リリリリリリリリリリ……
「そう、こんな風に虫の鳴き声が……虫?」
気付けば窓の外はすっかり暗くなっていた。
「日が暮れるのが早くなりましたね」
「だなあ」
ちょっと前ならまだ明るいままだったろう。
「虫の声はいいです……」
「うん」
聞いているだけで風情があるって感じがする。
「庭に出てみようか?」
近くにいけば様々な鳴き声が聞こえる事だろう。
「そうですね」
「せっかくだからみんなも呼んで……」
「……」
「いや、二人でいこっか?」
「……はい」
俺たちは二人きりで秋の風情を楽しむのであった。
完