琥珀さんの突然の告白。
「……」
しかし俺は案外冷静にその言葉を聞いていた。
「えーと、それは何かの罰ゲーム?」
「ひ、酷いです志貴さんっ! わたしがずっと心に秘めていた気持ちをついに告白したというのに。よよよよよ……」
「……いやそういう反応をするから疑っちゃうんだけどなあ」
また俺をひっかけようという魂胆なのではと疑ってしまうわけだ。
「しくしく」
この泣き方がまた実にうさんくさい。
「……ああ、うん、わかったよ」
しょうがないな。付き合う事にしよう。
「で、俺はどうすればいいのかな?」
「恋愛ごっこ」
「それはもちろん、志貴さんの気持ちを聞かせて頂ければ」
「あー、うん」
確かにそれもそうかも。
「えーと……」
しかしこう改まってしまうと言い辛い。
「正直な気持ちをお聞かせ下さいな」
「……うん。琥珀さんは可愛いと思うよ」
「うわ」
俺の言葉を聞いて顔を真っ赤にしている琥珀さん。
「そ、そう面と向かって言われると照れちゃいますね〜」
「俺も滅茶苦茶恥ずかしい」
あくまで琥珀さんに付き合って演技しているんだと思わなきゃやってられない感じだ。
「えと、イタズラ好きだけど妙に憎めないところとか、それに……」
「あー、そういうのはいいですいいですっ」
手をぶんぶんと振って俺の言葉を遮る琥珀さん。
「えっと?」
「け、結論をまずどうぞ。可愛いけどやっぱり……とか?」
「あー」
つまり好きか嫌いかということである。
「そりゃもちろん……好きだよ」
嫌いだったらそもそも琥珀さんに付き合おうなんて思わない。
なんだかんだで琥珀さんは憎めない人なのだ。
「あ……」
琥珀さんの表情がぱあっと輝いた。
「あ、ありがとうございます志貴さんっ」
「え? ああ、いやこちらこそ……」
むしろ俺なんかが琥珀さんに好かれていいんだろうかって感じがするけど。
ネタに使いやすいからなのかな?
「……えーと、それでどうすれば?」
取り合えずお互いに気持ちを伝え合うという事は済んだわけだ。
「そ、それはやっぱり……」
「……」
ちらちらと俺の口元を見つめる琥珀さん。
「……」
俺も琥珀さんの唇を見てしまう。
「あ、あははははは」
「はははははは……」
だらだらと頬に汗が流れてきた。
やばい。滅茶苦茶に緊張してる。
琥珀さんとこんな空気になるだなんて考えもしなかった。
「ま、まあそういうのはおいおいということでっ!」
「そ……そうだね。うん、あは、あはははははっ」
ごまかすように笑う琥珀さん。
その仕草もなんだかいつもより妙に可愛らしく見えてしまう。
意識してしまっているんだろうか。
いや間違いなく意識している。
そりゃいくら冗談にしたって琥珀さんみたいな女性に好きと言われて嬉しくないわけがない。
落ち着いているように見せかけているけど、心臓はばくばく脈打っていた。
「……」
なんとなく気まずい空気が流れる。
「し、志貴さんっ!」
「な、なんでしょうっ?」
「……あー。まずはそうですね。手を繋ぐことから始めましょうか?」
そう言ってぎこちなく笑う琥珀さん。
「そんな、小学生じゃないんだから」
「いいんですっ。こういうのは過程が大事なんですよっ」
「そ、そう?」
琥珀さんの手を握るなんて結構あることだと思うんだけどなあ。
ゲームでコントローラーを交換する時とか。
「えと……じゃあ」
「はい……どうぞ」
いやだからこうあらたまってやると緊張するんだって。
「……」
「……」
いつもみたいに「なーんちゃって」とか言ってくれれば気が楽なんだけど。
いっそこっちからそれをやってみるか?
「てい」
右手を伸ばす。
「……」
そして琥珀さんの手に触れるかという瞬間。
「とうっ! 月面宙返り!」
手を大きく上に上げて回転。
「え?」
きょとんしている琥珀さんの隙をついて。
「……」
がし。
「あっ……」
左手で手をぎゅっと握ってあげた。
「う……」
琥珀さんと視線が絡みあう。
「……」
そして慌てて視線を逸らす二人。
なんだろうこれは。
これじゃほんとに初々しい恋人同士みたいじゃないか。
いや今時こんなことやってる奴いないって。
あくまでこれは冗談なんだ。
琥珀さんがこんな事本気でやるわけが……
「……えへっ」
「……」
不覚にもぐらっときた。
琥珀さんは本当に嬉しそうに笑っていたのだ。
この笑顔が演技であるとはとても思えない。
ってことは……あれ?
マジで?
「ちょ……」
俺なんて答えた?
琥珀さんの問いに?
「あ、ええ、と、その」
「どうかなさいました? 志貴さん?」
「い、いや、だからええと」
なんだっけなんだっけ。
ああ、いやそうじゃなくて。
だから俺は何を言いたいんだと。
「恋人の定番といったら交換日記……なんて古いですかね?」
「い、いくらなんでもそれはないんじゃないかなぁっ?」
裏返った声で返答してしまう俺。
「どうしたんですか志貴さん? 変ですよ?」
「お、俺が変なのはいつものことだよ」
「あはっ。そうですねー」
くすくすと笑う琥珀さん。
こんな仕草はいつもと変わらない。
変わらない筈なのに輝いてみえる。
お互いに好きだと言った瞬間、何かが変わったんだろうか。
まずい、落ち着け、落ち着くんだ俺。
琥珀さんのペースに巻き込まれないコツは知ってるはずじゃないか……!
「恋人ってどんな事をするんでしょう?」
「あー。うん、きっとデートの予定とか話し合うんじゃないかな?」
何ちゃんと答えてるんだよ俺。
ここはギャグで誤魔化しちゃうとか。
うっそぴょーん!
俺いつの生まれだよ!
「志貴さんはどこに行きたいですか?」
「え? こ、こは、琥珀さんは?」
「わたしは志貴さんがいればどこでもいいですよー」
「うわああああっ」
なんだそのマンガでしか聞かないような恥ずかしいセリフは。
琥珀さんそんな事言うキャラじゃないでしょっ!
「……志貴さん?」
「ああっ! えとっ! だから、なんていうかっ! ぜ、絶叫マシンのある遊園地とかどうかなあっ? みたいな?」
だというのに俺は会話を進めてしまっている。
行動と意識が一致してない。
これはもうある種の暴走だ。
もう手に終えたもんじゃない。
「そうですねー。観覧車とか一緒に乗りたいですねー」
そんな密室空間に二人きりとかなったら本当にどうにかなってしまう。
いやでも今も同じ状況なのかっ?
「ああ、うん、そういう時にしたいかもね」
「……何をですか?」
期待するような琥珀さんの瞳。
「それはまあ……その時のお楽しみということで」
「意地悪ですねー志貴さん」
なんて笑う琥珀さんがやたらと可愛く見えて。
ああうん、こういう混乱は心地いいかもしれない。
「琥珀さんの悪影響だなぁ」
そう言って笑ってみせる。
「もうっ。志貴さ……んっ?」
たまにはこう立場を逆転して不意打ちしてみるのもいい。
恋愛に形なんかないんだからな。
「……はぁ。こういう時ばっかり主導権握るんですから。志貴さんは本当にずるいです」
顔を真っ赤にして笑う琥珀さん。
「こういう時くらいいいじゃないか」
普段は琥珀さんにペースを掴まれっぱなしなんだから。
「あは、あはははは」
「はははははっ」
二人して笑う。
いつもとはまた違った新鮮な感覚。
多分これが世間一般でいう恋愛というものなんだろう。
まあ、ちょっとずれている感じはする。
恋愛ごっこと言ってもいいかもしれない。
それも俺たちならではって感じで。
「大好きですよ……志貴さんっ」
「俺もだよ」
二人はもう一度唇を重ねあうのであった。
終われ