オフ会とは!
ネットでのみ知り合いだった人々が現実世界で顔を合わせ、食事やらカラオケやらを行う事をいう!
「ああ、ええとホチキスホチキス……」
しかし会場でコピー本の製作をしているわたしにはとてもそんな事を考えている余裕はないのだった。
「逆境アキラ外伝」
「……本は完成したのにどうしてこうなったんだろうなぁ」
スペースの飾りなどを用意している蒼香先輩が苦笑いしていた。
「ど、どうしてでしょうねえ?」
本は〆切にギリギリで間に合った。
しかしイベントまで微妙な時間があったのがいけなかったのだ。
変にテンションが高まっているから、もういっちょなんか作ろうと始めたのが運のツキ。
コピー本を会場製本する事態に陥ってしまった。
コピー本とは!
原稿をコピー機あるいはプリンタで印刷したものをホチキス留めしたものの事をいう!
いくら作ってもまるっきしリターンが遭わないので赤字生さ……ごほごほ。
会場製本とは!
それを作るのが間に合わなくて当日に会場で製作する行為の事をいう!
「アキラちゃん、これページが一枚足りないー」
「ああっ!」
まあとにかく、枯れ木も山の賑わいというものである。
「うう……これをこうして……ここがこのページ……」
開場まであと一時間ちょい。
時間がないったらもう。
こんな事ならコピー本なんか作るんじゃなかった!
自業自得とはこの事である。
「本は買いに行かなくていいのー?」
「あ、はい、行きます! でもこれが終わってから!」
とにもかくにもこれが完成しないと動けない。
「あとはわたしたちがやっておくよー」
「は、羽居先輩……」
ああ、なんていい先輩を持ったんだろう、わたしは。
「値段はどれがいくらだっけ?」
「あー。えと。オフセが500の委託も500の……」
コピー本は無料でもいいのだけれど、それだとすぐになくなってしまう。
「コピーが100円で。あと買ってくれた人にはこのラミカをあげてください」
「オマケが充実してるなあ」
「はい!」
ラミカは羽居先輩が用意してくれたのだ。
こういうものがついてくると、なんだか嬉しくなってしまう。
「スケブはどうする?」
「午前中は全部駄目ですねー」
わたしみたいな弱小サークルに頼む人は少ないのだけれど。
会場でのスケブって緊張するんだよなぁ。
「で、時間はいいのかい?」
「ああっ?」
気付けば開場1分前。
「後は頼みます!」
わたしは目当てのサークルを大雑把にチェックし、動き出した。
『これより、コミックマーケットを開催いたします』
会場に沸く拍手。
さあ、ここからが勝負である。
とにかく買う。
いわゆる壁、大手から。
歩きながら島も確保。
「列が……」
途中、外へ向かう人の列で道が遮られてしまう。
「人がゴミのようだ」
このセリフはコミケで一番言われるセリフかもしれない。
「……っと!」
列が途絶えた隙を狙って反対側へ。
島の中でも角のほうにあるのは大手サークルだ。
商業誌で販売しているようなプロが普通にいる。
「一冊ください!」
このへんはもう中を吟味している余裕もない。
取り合えず買っとけの精神である。
「新刊全部お願いします!」
漱石さんと英世さんがどんどん消えていく。
ちなみに会場では諭吉さんは嫌われ者なので予め両替しておくべし。
大手ならともかく、開幕でいきなり諭吉さんを出されるとそれだけでパニックになりかねない。
「新刊!」
とにかく買う。
ネジが外れたかのように買う。
東123。
「これください!」
東456。
「……はぁ、はぁ」
会場から約一時間経過。
さすがにこのへんで疲れが出てくる。
「だいたい……買えたかな……」
大手を買うなら午前中が勝負。
この時点でもう完売しているサークルすらいたりする。
「……わたしのサークル……」
さて売れ行きはどうだろう?
重い荷物を抱えてえっちらおっちら。
「ありがとうございましたー」
「わ」
何だか知らないけど人だかりが出来ていた。
「新刊500円です」
邪魔にならないように後ろへ入り込む。
「ありがとうございましたー。あ。おかえりー」
「どうですか?」
「割と順調だよー」
「そうですか……」
わたしの本は順調に捌けているようだった。
「コピーがそろそろやばいな」
「あ、そ、そうですか?」
こっちも意外と順調らしい。
「じゃあ残りを作っちゃいます」
「手伝わなくて大丈夫か?」
「はい、なんとか……」
1ページ1ページ確認して重ねていく。
「すいません、このコピー本は……」
「ああ、はい! 今作ってますので!」
完成させた矢先に無くなっていく。
「ひーん!」
嬉しい悲鳴とはこのことか。
「……手伝う」
「すいませーん!」
蒼香先輩と地面にしゃがみこんで作業作業。
「すいません、通れないんですが……」
「ああっ! ごめんなさいっ!」
広げすぎて隣のサークルさんのところまではみでてしまった。
「全部で2600円でーす!」
「ええっ! 全部っ?」
時折売っているものを全部買ってくれる猛者が出現したり。
もう感謝感謝で涙が出そうなくらい。
「いつも見てますよ」
「あああ、ありがとうございます!」
何度もお辞儀するわたし。
「すいません、コピー本を……」
「あ、はい! ちょっと待ってください!」
「頑張ってくださいね」
「す、すいません! ありがとうございます!」
ああ! わたしがもっと早くコピー本を完成させておけばこんな事にならなかったのに!
「なんて愚痴ってる間に手を動かす!」
そこからはもうひたすらに製本作業。
作る作る作る作る。
「ありがとうございましたー」
売れた本を補充。
「1000円になります」
あっという間に時間は過ぎていく。
『完売しました』
「おわったー!」
そしてついに新刊が全てなくなった。
「……おつかれさんと」
額の汗を拭う蒼香先輩。
「蒼香先輩。どうもありがとうございました」
先輩が売り子に徹してくれたからわたしは自分の欲しい本を買え、製本も出来た。
「おつかれさまー」
「羽居先輩もありがとうございます」
羽居先輩がいなければラミカは作れなかったし、サークルのスペースの装飾も地味なものになっていただろう。
「頑張らないとなあ」
これを本当は一人で出来なきゃいけないのだ。
なんたって個人サークルなんだから。
「困った時はいつでも呼んでよー」
「あ、ありがとうございます」
もう感謝の言葉しかない。
「これで心置きなくオフ会に参加出来るな」
「はい!」
持って来た在庫は全てなくなったし、文字通り軽い足取りで参加できる。
「……オフ会?」
はて、わたしは何か大切なものを忘れてやいないだろうか。
「あ、あのう」
「ん? どうした?」
「新刊って全部完売しちゃったんデスヨネ?」
「ああ、見ての通りだが」
「……」
礼儀としては。
サークル同士の挨拶やオフ会では新刊を進呈するものである。
「……新刊完売……」
さあ、来ましたよ?
これが、これこそが。
「これが……逆境だあっ!」
結局カバンの中に予備として残しておいたものを発見して事なきを得たんだけど。
ああもう、本当に心臓が止まるかと思った。
次こそはこんな事が起きないようにするんだからっ!
『頂いたコピー本、ページ逆でしたよ(笑)』
「うわぁあああああん!」
瀬尾晶の戦いはまだまだ続く!
完