世の中には余計な事を言ってしまったと思う瞬間が存在する。

今の俺がまさにそうだ。

「なるほど。ハロウィンってそういうイベントだったんですかー」

自爆という言葉がもっとも相応しいだろう。

まさか、割烹着の悪魔がハロウィンを知らないだなんて。

「これは今から準備しないといけませんねー!」
「……」

後悔先に立たずとは誰の言葉だったんだろうか。

「神よ……!」
 
 

「ハロウィンの喜劇」




とにかく明日のハロウィンの対策を取らなくてはならないので詳しい経過は端折る。

ハロウィンでイタズラされるのが嫌だから先にアメを渡しておいたのだ。

「なんですか? これ?」
「いや、だからハロウィンの」
「はい?」
「だから……」

バカだ俺。

なんで丁寧に教えてしまったんだ。

「ってことは、おかしを貰えなかったらイタズラしてもいいんですね?」

俺はこの時の琥珀さんの顔の輝きを忘れないだろう。

つまり、エイプリルフールと同じだ。

嘘という、普段は非難されるものが正当化される日。

それがどういうことなのか……

「くそっ」

琥珀さんの考えはわかっている。

トリックオアトリック。

お菓子を与える前に先制攻撃でイタズラを仕掛けてくるのだろう。

文句を言っても後の祭り。

ハロウィンなんですからの一言で全て片付いてしまう。

「なんとか……なんとかしないと」

俺の平穏な日常が崩れていく音が聞こえる。

また俺は被害者になってしまうのか。

このままやられるだけなのか!

「……待てよ?」

窮鼠猫を噛むという言葉がある。

追い詰められた俺は。

「そうだ……!」

とっておきのアイディアを思いついた。

「……勝てる、勝てるぞ!」

そうと決まれば善は急げだ。

俺はそれらの下準備をするべく、各所を走り回った。
 
 
 
 
 
 
 

「……」

そしてハロウィンの朝。

何の因果か今日は日曜日だ。

つまり朝っぱらから仕掛けて来る可能性が高い。

俺はそそくさと隠れる事にした。

「しっきさーん、いらっしゃいますかー?」

来た!

予想通りだ。

俺は息を潜め、ただ琥珀さんが侵入してくるのを待つ。

「入りますよー?」

扉が開いた。

次の瞬間!

「トリックオアトリート!」

琥珀さんがマンガみたいに吹っ飛んでいった。

どさっ。

「い、いたた……な、何するんですか志貴さ……秋葉さま?」
「ふふん」

そう、琥珀さんにいきなり攻撃を仕掛けたのは秋葉だ。

既に秋葉が俺の部屋の中にいたのである。

「ごめんなさいね琥珀」

いつぞやの猫又の格好で不敵に笑う秋葉。

「あなたがお菓子をくれないからついイタズラをしてしまったわ」
「う……」

なんともいえない表情の琥珀さん。

それはそうだろう。

その行動は自分がしようとしていた事そのものなのだから。

「まあ、今日はハロウィンだものね」
「そ、そうですねー。ハロウィンですからね、あは、あはははは」
「それじゃあお元気で」

秋葉は実に満足そうな顔をして去っていった。

「……志貴さんっ! いるんでしょうっ?」

すこし怒った感じの声が聞こえてきた。

「……」

返事はしない。

「どこにいるんですか、ちょっと……」

琥珀さんが開きっぱなしの窓に近づいた、その瞬間。

「トリックオアトリート!」
「きゃああああっ!」

再び吹っ飛ばされる琥珀さん。

「えっへへー。にゃー!」

とヘンテコなポーズを取っているのは黒い全身タイツに猫耳姿のアルクェイドだ。

っていうかなんだそのえろい格好は。

「あ、アルクェイドさんっ!」

すぐに起き上がってこちらへ向かってくる琥珀さん。

案外タフである。

「あ。琥珀ー。お菓子くれないとイタズラしちゃうわよー」

そう言って琥珀さんのスカートをめくるアルクェイド。

「!」

言い忘れてたが琥珀さんは怪しげなフードの下に怪しげな魔法少女というよくわからない格好をしている。

普段見えるはずの無い琥珀さんの絶対領域と、その中の神秘!

ああ、生きててよかった!

「お、お菓子をあげるから帰ってくださいっ!」

ポケットからアメを取り出す琥珀さん。

「ありがと。じゃーねーっ!」

アルクェイドは来た時と同じように窓から去っていった。

「う〜〜」

あからさまに不機嫌そうな声をあげている琥珀さん。

「志貴さん、いくらわたしでも怒りますよ!」
「……」

まだだ、まだ早い。

「ここですかっ!」

布団を跳ね除ける琥珀さん。

それが合図だった。

「トリックオアトリート!」

ぶわっ!

窓からの突風で布団が琥珀さんに覆いかぶさった。

「油断大敵ですよ琥珀さん!」

そこに現われたのは全裸にマントのシエルせんぱ……って先輩ー!

いくらなんでも全裸はまずいでしょう全裸は!

俺は嬉しいけど!

「な、なんて格好してるんですか!」

布団を剥ぎ取った琥珀さんが叫ぶ。

「これは肌色の全身タイツです」

なんだ。

「そ、そんなものを……」

いや、それにしたって体のラインがはっきり見えるからえろい事には変わり無いんだけど。

「いやー、お菓子をくれないので」
「帰ってくださいっ!」

アメを先輩に投げつける琥珀さん。

「やれやれ。仕方ないですねえ」

先輩はため息をついて去っていった。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

無言でばんばんと布団を叩いている琥珀さん。

相当頭に来ているらしい。

「ふっ」

これこそが俺の作戦である。

ハロウィンはイタズラが許される日だというのであれば。

琥珀さんに仕掛けられる前にこちらから仕掛けてしまえばいいのだ。

そしてその計画を聞いたみんなが協力してくれたわけである。

「……そして」

これでトドメだ。

「姉さん」
「翡翠ちゃん?」

どこからともなく聞こえる翡翠の声。

「トリックオアトリート」

そして聞き慣れたセリフ。

「!」

琥珀さんが気付いた時には遅い。

「貴方をトリックです」

ぽこん。

俺がベッドの上に仕掛けておいた翡翠人形が頭にあたる。

見たか! 録音済み翡翠ボイスの威力!

やってることはしょぼいが翡翠がやったという事による精神ダメージは絶大!

「トリックオアトリート!」

そしてようやく俺の出番だ。

姿を現し、全てのネタ晴らしをする。

そして言うのだ。

ハロウィンなんだから……と。

「ぐすっ……」
「あ、あれ?」

なんだか様子がおかしい。

「志貴さん酷いです……」
「え、いや、ちょっと?」

琥珀さん?

「わたし、そんなに嫌われていたんですか……?」
「い、いや、その、ね?」

俺はただ普段やってる事がどういう事なのかという教訓を。

「わたし……わたし……」
「あ、そ、その」

慌てて琥珀さんの傍に近寄る俺。

「……ひっかかりましたね?」

そこには、この機会を待ってましたという笑みを浮かべた悪魔がいた。

「しまっ……!」

やられるっ?

「トリックオアトリートっ!」

俺は思わず目を閉じた。

「……」

あれ?

何も起きない?

「琥珀さん?」

恐る恐る目を開ける。

「ふふふ。びっくりしましたか?」

そこにはイタズラっぽく笑う琥珀さんの姿。

「えーと」
「今日は志貴さんにしてやられました」
「あ、え、そりゃどうも」
「まさかこのわたしを罠にはめるだなんて……」

そりゃいっつもやらればっかりだしね。

「感動しました!」
「そ、そうですか」

どうやら琥珀さんにはちっともダメージがないようだった。

「ですが」
「……なに?」
「ここでわたしの最後の攻撃を受けてもらおうと思います」
「ええっ!」

まだ終わってなかったのかよ。

「くっ……」

逃げようとしたが無理だった。

琥珀さんは俺のこめかみを押さえ……

ちゅ。

「!」

そっと唇を重ねてきた。

「こ、こは、こはこはこは」
「さてと志貴さん」

自らの唇をぺろりと舐め、妖艶に笑う琥珀さん。

「トリックオアトリート?」

答えは決まりきっていた。

「イタズラしてやるー!」
「きゃーっ!」
 
 

ハッピーハロウィン!
 
 




あとがき
実際の生活でハロウィンだなあってのを体験することはあんまりないんですが。
ネットを巡回してるとああ今年もハロウィンが来たなあと妙に実感したり。
子供はともかく大人はどう考えてもあっち関係にしか思考がいかない気がします(爆


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