琥珀さんが週刊誌を読みながらそんな事を言った。
「なんかそうみたいだね」
色んなチャンネルでお笑い番組の数も増えてきたし、バラエティやニュースに登場する事も多くなった。
「お笑い芸人さんが増えすぎて名前を覚えられないくらいですよ」
「それは確かにあるなあ」
「で、お笑いつながりで考えたんですけど」
「……なに?」
琥珀さんのうきうきした表情を見て、俺は例えようもない不安を感じた。
「逆に何を言っても笑わない……真の勇者を決めるコンテストをやったら面白いと思いません?」
「それなんかの番組でやってた気がするよ」
「まあものは試しということで……」
やると言ったらやるのが琥珀さんである。
数時間もしないうちに遠野家にはお馴染みのメンバーが集まった。
「わたしこそ しんのゆうしゃだ」
「第一回遠野家笑っちゃダメよコンテストー!」
「……また妙な事を始めるんだから……」
秋葉はいぶかしげな顔をしていた。
「まあいいではありませんか」
シエル先輩は落ち着いた感じである。
「景品とかあるの? ねえ」
アルクェイドはいつも通りマイペースだった。
「そして景品はお馴染みの志貴さんです」
「いや何がお馴染みなの。それ」
俺は別に関係ないでしょうが。
「燃えてきましたね」
「そっかー。それじゃ頑張らなきゃ」
「まあ、琥珀にしてはいい案なんじゃない?」
「……おいおい」
なんでそんなにやる気なんだよ。
「ではルールを説明します。これから翡翠ちゃんとわたしがセリフを読み上げます。しかし決して笑ってはいけません」
「笑った時点で失格?」
「はい。最後まで笑わなかった人が勝者です」
「質問。いいかしら」
秋葉が手を挙げる。
「はい。なんでしょう?」
「笑うの定義はどこからなの? 貴方みたいにいつも笑ってるのは含めるの?」
なるほど、そういうルールを明確にして置かないとあとで揉めそうである。
メンバーもメンバーだしなあ。
「あー。えっと、そうですね。声を出した瞬間アウトという事にしましょうか」
「わかりました」
「……」
声を出すほど笑うネタって難しいんじゃないだろうか。
「それから最後に残った二人が同時に笑った場合は勝者を翡翠ちゃんとわたしにします」
「何それ。ずるくない?」
アルクェイドが不満そうな声を上げる。
「最後まで笑わなければいいだけですよ。同時に笑うほどのネタなんてそうはないでしょう?」
「……うーん」
今回のメンバーは俺、アルクェイド、シエル先輩に秋葉だ。
つまり四人しかいないのである。
全員が笑ってしまう可能性もあるし、もしかしたら誰も笑わない可能性もあるのだ。
「質問がなければ始めますよー」
「あ、うん」
まあなんとかなるか。
琥珀さんはどんなネタで攻めてくるんだろう。
やはり最近流行りのものだろうか。
俺は琥珀さんへの耐性は高いからそう滅多なことじゃ笑わないぞ。
「では」
こほんと咳払いをする琥珀さん。
「ふしぎなちからが くわわる!! くわわる!!」
「……っ!」
俺はもうそのセリフだけで爆笑しそうになってしまった。
「え? なに? 不思議?」
「意味がわからないですね……」
「何が面白いのよ」
他のみんなはきょとんとしている。
それはそうだろう。こんなもん知ってるほうがどうかしてる。
「こわくて ちかよれない」
「ちょ……それ、反則!」
俺はもう腹がよじれるのを堪え切れなかった。
「ちょ、兄さん?」
「遠野君、何が面白いんですか今のはっ?」
「何が怖いの? ねえ?」
「はい、志貴さん失格ですねー。こちらへどうぞ」
「はーっ……はーっ……」
震えるわき腹を押さえて琥珀さんの傍へ。
「ずるいってそれは」
俺は苦笑しながら囁いた。
「まあ、ここまでじゃ志貴さんしか通用しませんよね」
琥珀さんは俺が理解した事にご満悦のようだった。
「……まさかずっとそのネタでいくつもり?」
「ええ。ネタの宝庫ですから」
「否定はしない」
アレは確かにネタ地獄だ。
今時の微妙な芸人の100倍は面白い。
「続けますよ? いいですか?」
「え、ええ……」
まだよくわかってないような三人。
真の恐怖はここから始まるのだ。
「ひいっ!! なんだ こいつは…きみょうに へんけいしている!!」
「……なに……?」
「えんぎでもない! ここにはひつぎが はんダースも!!」
「えと……どこで笑えばいいの?」
みんなの反応は微妙だった。
「助けて……ちょっと……無理……」
俺だけが悶絶して死にそうな状態である。
「さてそろそろ本番に行きましょうか」
「はぁ」
まさかやるつもりか。
「翡翠ちゃん?」
「はい」
今度は翡翠も参戦するようだ。
「フッ、フッ、フッ、また愚か者がこの城に足を入れたようだな。お前は必ず後悔するであろう。
琥珀さんが演技めいた口調でセリフを喋る。
「お前を待ち受けているのは恐ろしい死だけなのだから」
「……」
間違いない。琥珀さんはやるつもりだ。
「どこからともなく不気味な声が聞こえてきた。思った通りここには敵がいる!! 私の勇者としての血が騒ぐ!!」
翡翠が淡白にセリフを言った。
「たいまつが消えた瞬間」
続いて軽い口調の琥珀さん。
「ああっ ひが…!! たのみのつなのひが きえてしまった。くらい!! みわたすかぎり まっくらやみだ!!」
翡翠は抑揚を込めて喋るのだが、どうしても琥珀さんに比べて淡白な感じになってしまう。
「わたしは あかりをもとめて てさぐりで いどうしようとした。ゴンッ!! そのとたん あしがすべり かべに きょうれつに たたきつけられて しまった」
しかしその淡白な口調が逆に面白さをかもし出していた。
「ざんねん!! わたしのぼうけんは これで おわって しまった!!」
そしてこれが決めゼリフ。
「……終わったって……どうなるの?」
アルクェイドが尋ねる。
「次いきましょう」
無視して次へ進める琥珀さん。
「しんのゆうしゃがつるぎを自分に使います」
「わたしは つるぎのはを ひだりむねに ついた。 …ドクドクと ちが わきでてくる!!」
「……っ」
秋葉の表情が一瞬歪んだ。
そりゃそうだろう。なんでしんのゆうしゃは自分の胸に剣を刺してるんだか。
意味がまったくわからない……というかただのバカである。
「ああ!! なんて おろかなのだ。 じぶんのいのちを じぶんで たってしまうとは。…わたしなきあとの せかいは やみに つつまれてしまうであろう」
そして決めゼリフ。
「ざんねん!! わたしのぼうけんは これで おわってしまった!!」
「……っ! ……っ!」
どうやら秋葉のツボにはまってしまったようである。
こうなったらもう逃げられない。
「油の中に入った場合」
「わたしは はなをつまみ あぶらの なかへ とびこんだ。あづーっ!!」
「ごほっ……げほっ……!」
「はい、秋葉さま失格ですねー」
「ちょ、い、今のは……っ……くく……」
「笑ってるじゃないですかー」
無表情の翡翠が淡白に「あづーっ!」なんていうマヌケなセリフを言うアンバランス。
翡翠を良く知っていいる秋葉だけにこれはクリティカルだったんだろう。
「わたしは とけてしまった。 ああ!! わたしは ゾンビにも なれないのか」
「ざんねん!! わたしのぼうけんは これで おわって しまった!!」
「ん?」
最後の決めゼリフを先に言ったのはアルクェイドだった。
「違うの?」
「いえ、合ってますけど」
「あれだけ言われたら覚えちゃうわよ」
アルクェイドはやたらと楽しそうだった。
こいつ、イベントの趣旨をわかってるんだろうか。
「ねえねえ次は?」
「……ふっ」
一方余裕の表情のシエル先輩。
このままいくとシエル先輩が勝者になりそうだなあ。
「次はですねー。しんのゆうしゃが窓の外に飛び出した場合。どうぞ」
「むなしい さけび!! わたしのからだは ちゅうに ういた。 ぐるぐる ぐるぐる……」
「……」
これを聞いて笑わないとは。
さすがはシエル先輩というかなんというか。
「なんの つながりもない いろいろな ことが あたまのなかを かけめぐる」
「……」
だんだんだんだん。
秋葉が無言で地面を叩いていた。
もう負けたんだから別に笑ってもいいだろうに。
「さいごに わたしが みたものは あんこくのなかで あやしく ひかりを なげかけるほしのまたたきだった」
「なんかシエルがやったら面白そうね」
「ぶっ」
思わず吹き出してしまう俺。
「な、なにを……」
「ざんねん!! シエルのぼうけんは これで おわってしまった!!」
「ちょ、あ、アルクェイドっ……」
シエル先輩の表情が大きく変わる。
やはりシエル先輩も我慢していたんだろう。
ところがアルクェイドの予想だにしない言葉でそれが崩れてしまった。
「いけそうよ翡翠ちゃんっ。ここは一気にトドメ!」
「はい、姉さん」
翡翠の目がきらりと光った気がした。
「溶岩に飛び込んだ場合」
「……っ!」
俺はもうその言葉を聞いただけでダメだった。
「わたしは なにを ちまよったか いきなり ようがんのなかへ とびこんだ!!」
「血迷……っ!」
秋葉が腹を抱えて悶えている。
「ああっ!! からだが もえる!! ようがんは そうぞうどおり じごくの あつさだ!!」
「……っ!」
「な、なにそれっ……!」
先輩とアルクェイドの頬が緩む。
「どうして こんなことを させるんだ!! わたしは わたしのいしに はんしてじさつこういを はかった」
「……!」
「……っ!」
まだ耐えるか!
「炎の中に飛び込んだ場合!」
出た! 最終兵器!
「うおーーっ!! わたしは さけびごえを あげ ほのおのなかへ」
琥珀さんが壁際から思いっきりダッシュしてきた。
そして大声で叫ぶ。
「ホップ ステップ ジャンプ…かーるいす!!」
「わたしは もえつきてしまった」
「ぶはっ……!」
「も、もうダメっ……!」
大声で笑い転げる二人。
琥珀さんの異常なハイテンションと、翡翠の冷静なセリフのコンボ。
この連携の破壊力は凄まじいものがあった。
かくいう俺も大爆笑している。
その割に冷静に状況分析している辺り、俺もしんのゆうしゃの素質があるのかもしれない。
「あらら、全員ダウンですか。これで勝者は決定ですね」
にこにこと嬉しそうに笑う琥珀さん。
「志貴さまを確保です」
「……え、マジでなの?」
そんな事したらみんなに大ブーイングを……
「ちょっとずるいわよ琥珀!」
「そうです! こんなインチキルール認めません!」
「再戦を要求……いえ、こんな勝負もう二度とやりませんよっ!」
ほらやっぱり。
「覚悟っ!」
琥珀さんに向かって迫ってくる三人。
「えいっ」
「……え?」
そして俺は琥珀さんに背中を軽く押され、方向に倒れていった。
「ぎゃあーっ!!」
みんなは あっというまに 3ぴきの どうもうな オオカミに へんしんした。
こうふんしている!! おそいかかってくるぞっ!!
あああっ…!! もう ダメだ!!
ギラリ!! オオカミのキバが ひかった。
そのしゅんかん おれは むざんにも オオカミたちの エサと なってしまった。
ざんねん!! おれのぼうけんは これで おわってしまった!!
完
参考サイト
ノーガード万歳