毎度のごとくろくでもない事を言い出したのはもちろん琥珀さんだ。
「……その単語にあんまりいい印象を持たないんだけど」
何か厄介ごとを持ち出してきそうな……
「セイカクハンテンダケというものがありましてね」
予想通りろくでもないものだった。
「……まさか庭に生えてるとか言わないよね」
「あったら面白かったんですけどー」
冗談じゃない。
「残念ながらそれ自体はなかったです」
ああよかった。これで遠野家の平和は守られた。
「ただ、同じ効果を出すものはなんとか……」
「却下」
「そう言うと思ってました。で」
ごそごそと何かを取り出す琥珀さん。
「どうなるかという想像図を文字にしてみましたので読んでください」
「……」
その程度で済んだのは喜ぶべきなんだろうが。
琥珀さんの妄想全開のものを読むのは抵抗がある気がした。
「どこかで聞いた話」
俺の名前は遠野志貴。
なんだかよくわからないけどすごい目とか殺す技を持ってるナイスガイだ。
そんな俺だから、とんでもない出来事に巻き込まれるなんてしょっちゅうである。
今日もどうやら事件が俺の身に起こっているようだった。
「イエーイ! ヤッピー! おはよう志貴さま!」
「……誰?」
目覚めを迎えて最初に見たのはいつもと違って陽気で明るい翡翠だった。
「ねえ志貴、一緒に遊びに行こうよ!」
これは翡翠の中身がアルクェイドになってしまったかのようだ。
ぶっちゃけ文章だけだと全然わからないのは触れてはいけない事なんだろうか。
様々な問題を抱えつつも、物語は無情に進行していく。
「……これは一体……」
俺は原因を考えた。
こういう事件の裏にいるのは間違いなく琥珀さんだ。
「悪い翡翠。ちょっと用事があるんだ」
「ちぇ。つまんない」
むぅと顔をしかめている姿はなかなか新鮮である。
「運動ダメでイけてない〜ちょっぴりネクラなわたしだけど〜」
なんだかよくわからない歌を歌っている翡翠を尻目に部屋を出る。
「あら兄さん」
「秋葉」
ちょっと歩いたところで秋葉と遭遇した。
「琥珀さんを知らないか?」
「知りませんが、そんな事より」
「そんな事より?」
「兄さん大好きです!」
「ええっ!」
突然の告白。脈絡もなにもあったもんじゃない。
「愛しています。一万年と二千年前から愛してましたっ!」
「そんな時代に生まれてないからっ!」
「ラブラブ兄さん大好きー! ちゅっちゅ!」
「誰だこいつー!」
キャラが違うにも程がありすぎる。
「あー! 何してるの秋葉!」
そこに秋葉を呼び捨てにした翡翠が参上。
「志貴ちゃんはわたしのなんだから!」
ちゃんづけで呼ばれるとなんだか昔を思い出して感慨深い。
なんて言ってる場合ではないのだが。
「何よ! アンタなんか無口くらいしか個性ないくせに!」
「まな板胸ツンデレがほざかないで!」
うわぁ、翡翠の口から発してはならない言葉が。
「ナイチチは個性よ! むしろ私はこの胸を誇りに思ってるわ!」
「なんだってー!」
秋葉がナイチチネタに反応しないどころが自分で誇っているっ?
「兄さんだってこの胸が好きだと言ってくれてます! 私と兄さんはラブラブなんですから!」
言ってない。
まあキライではないけど。
「ムキー!」
翡翠さん、お願いですからムキーは止めてください。
「ああもう何がなんだか……」
この状況をどうにかしてくれる人はいないのか。
「お!」
都合よくあそこに見えるのはアルクェイドじゃないか。
多分俺のところに遊びに来たんだろう。うん、そうに違いない。
アルクェイドならこの状況をなんとかしてくれるはず。
「おーい!」
「!」
ところがアルクェイドは俺が近づいた途端姿を隠してしまった。
「アルクェイド?」
「ここ、こここここ、こんにちわっ!」
やたらどもった声だけが聞こえる。
「いや、今朝なんだけど」
「いいお天気ですねっ!」
会話になってない。
「……取り合えず出て来てくれるとありがたいんだが」
何かくれんぼをやってるんだ。
「……は」
「は?」
「恥ずかしくて……」
「……」
おまえは何を言っているんだ。
「とりゃ!」
ジャンプしてアルクェイドの隠れている影の前に移動。
「きゃあっ」
身をびくつかせるアルクェイド。
「……えーと」
別に見た目は普通なんだが。
「……」
なんかこう表情に自信がなくて、挙動不審だ。
「あ、あの、わ、わたしっ、その……」
まさか、アルクェイドまでおかしくなっているのか。
「オイコラ」
「ん?」
頭上から声が聞こえる。
「来てやったぞ志貴ぃ」
ドスの聞いた声。
どんっ!
号音と共に何かが上から降ってきた。
「ったく柔い壁だなっ」
「せ、先輩」
それはシエル先輩だった。
「あーん? シエル様だろデコ助野郎」
「ひぃ!」
誰ですかこの不良は!
「まあいい。来いよ志貴。あたしといい事しようぜぇ?」
「え、遠慮したいなあとか」
「つべこべ言わずに来るんだよ!」
「ぎゃー!」
こんな強引なのはシエル先輩じゃないやい!
「ちょっと! 勝手に兄さんを持って行かないでください!」
「志貴ちゃんを返してー!」
先輩に食ってかかる二人。
「うるせえ! あっちに行ってろぉー!」
シエル先輩が腕を振り回し、秋葉と翡翠が吹っ飛んで行く。
「せ、先輩! 何て事を!」
「お前はあたいだけ見てればいいんだよ、志貴!」
「ひぃ!」
なんかもう女王様みたいな状態だった。
「こ、琥珀さん! どこにいるのさ!」
もう一刻の猶予もない。
さっさと琥珀さんを見つけて事件を収拾付けて貰わないと……
「わたしならここにいますけど」
「あ!」
願いが通じたのか、いきなり琥珀さんが俺の目の前に現われた。
「何とかしてよ琥珀さん!」
まるでドラえもんに道具をねだるような言葉を叫ぶ俺。
「イヤです」
「え」
「これはセイハクハンテンダケの症状で、みんな性格が反転してしまっているんです」
「わ、わかってるならどうして!」
「おや。決まってるじゃないですか」
不敵に笑う琥珀さん。
「普段のわたしなら志貴さんを助けてめでたしめでたしですが」
「ま、まさか……」
これはかの偽善者と同じ反転の仕方を……
「まあせいぜい混沌を楽しんでくださいな」
高笑いしながら去っていく琥珀さん。
「ちょ、ちょっと!」
「志貴ちゃん!」
「兄さん!」
「志貴!」
「……志貴」
みんなに囲まれてしまった俺。
「え、ちょ、やめ、うわー!」
「……これで終わり?」
「終わりです」
やはり読むべきではなかったと俺は後悔していた。
「なんかもう色々と……」
つっこみたいところは山ほどある。
ネタに走りすぎだろとか、結局これ普段とオチ一緒じゃないか?とか。
「感想をお聞かせください」
ただ、この感想がこの小説が現実になってしまうかどうかの境目だと考えると。
果たして何と答えるべきなのか。
絶望しかない気がする。
「さあさあ」
「……あー」
苦肉の策で出た言葉は。
「お、俺がハンテンダケ食べたら面白いんじゃないかな?」
そんなろくでもないものであった。
「ああ! それいいですね! ……でも七夜志貴さんになっちゃうだけの気がしますけど」
「……確かに」
さあどうする。この会話もオチがないぞっ。
「……ちゃーん!」
「ん?」
なんだろう。どこかで聞いた事のある声が。
「志貴ちゃーん!」
「……翡翠ちゃん?」
そう、翡翠の声だ。
けどそれにしては異常にハイテンションで、そもそもなんで俺をちゃん付け……
「志貴ちゃーん! 何か庭に生えてたキノコ食べたらすっごい元気になっちゃったー!」
「……え」
「嘘ぉ!」
琥珀さんを見るとぶんぶんと首を振る。
自分で育てたわけではないらしい。
「どうしたの二人ともー? ねえ、遊ぼうよっ!」
「……」
すっかり性格の反転してしまった翡翠。
そんな翡翠を見て琥珀さんが呟いた。
「メイドだけにメンドイ事に……ってやつですね」
「誰が上手い事言えと」
ちっとも上手くない気もするが、まあどうでもいい。
俺は事実は小説よりも奇なりという事をひしひしと実感するのであった。
完