「遠野君。今日、お暇ですか?」
「ん? 珍しいですね」
シエル先輩から誘いを受ける事なんて、最近はほとんどなかった気がする。
「ええ、ちょっと余裕が出来まして」
「そうなんですか。でもいいんですか? 一人でゆっくり休んだりとか」
「女性からの誘いにそういう言い方はないと思いますけど?」
「え、あ、すいません」

思わず謝ってしまう俺。

これだから朴念仁とか言われちゃうんだよな。

「何か用事があるならいいんですが」
「ああ、いや、ヒマですから。全然」
「ありがとうございます」

先輩に誘われるとカレーって意識があるから抵抗があったのかもしれない。

「今日はカレーはありませんよ?」

俺の心情を悟ったのか、シエル先輩はそう言って苦笑いしていた。
 
 



「平穏なある日の出来事」




 
「図書館ですか」
「はい。図書館です」

先輩に案内されてきたのは図書館だった。

「ある事は知ってましたけど滅多には来ませんねえ」

昔、中学生だったかの読書感想文のために来た事はあったけど。

「たまに乾君とかも来てるみたいですよ?」
「あいつが?」

なんてイメージに合わない。

 「マンガとかも置いてあるんですよ」
「あー」

なるほどそういうことか。

「まあ、中に入ればわかります」
「はい」

果てさて何が出ますかねと。
 
 
 
 
 
 

「ち、ちがう、これはただの栄養剤じゃ」
「……基本ですね」
「一度読んでみたかったんですよ」
「なるほど」

小学校中学校の図書館に行ったことがあるやつでこのマンガを知らないやつはいないだろう。

「描写はえげつないですが、それだけにリアルな怖さが際立ってますね」
「ええ」

いわゆる第二次世界大戦を扱った作品である。

「ラララ、ラララ」

俺は小さい頃にそれを読んでトラウマになったやつを知っている。

有彦に出会った後あれを読んで、死ぬのが怖くなったと言ったら笑われた。

それが普通なんだよと。

「わたしはちょっとこれを読んでますので遠野君も何か探してみては」
「そうですね」

小学校の頃よく読んでたのがあるんだけど、見つかるかな。
 

『タンタンの冒険旅行』
 

「うおっ!」

その懐かしさに声を出してしまった。

「す、すいません」

周囲に謝り、その本を手にを取る。

「うわ、すげえ懐かしい……」

物語の大筋は、ルポライターのタンタンが色々な事件に巻き込まれるというものである。

もともとはフランスのマンガなのだが、日本語に訳され、これまた小中学校の図書館には必須のアイテムである。

「謎のユニコーン号……」

内容はほとんど覚えていなかった。

けれど確かにこれを読んだという記憶は鮮明に残っている。

「うっわ……」

あまりの懐かしさに震えてしまう。

こういう本を読んで、子供は冒険に憧れるのだ。

「子供にぜひ読ませたい作品ですよね」
「シエル先輩」

気づくとシエル先輩が傍に立っていた。

「私も読んでましたよ?」
「先輩もですか?」
「はい。いろんな言葉に訳されてますから」
「そうですね」

まさかこんなところで共通点があるなんて。

「仕事でタンタンの行った所に向かったりすると、なんかこう、感慨深くなっちゃいます」
「あるんでしょうね、そういうの」

物語の主人公が行った場所に自分が行くってのはそりゃもう感動するに違いない。

「知り合いなんですけど、ギャルゲーにはまってまして」
「ええ」
「それで、ヒロインが全国各地にいるもんですから、それを聖地巡礼と称して回ったやつがいます」
「乾君ですか?」
「あいつは旅好きですけど、違いますね」

でもあいつはそういう経験多いんだろうな。

いつぞや、信長の城を見てきたぞと安土城復元の写真を見せてもらった事がある。

「俺も旅とか行きたかったんですけどね。昔は体弱くて」
「……ちょっと悪い話でしたかね?」
「ああ、いや、今はもう元気ですし。機会があったら旅行にも行きたいなと思ってますが」
「ますが?」
「アルクェイドとか秋葉がうるさいだろうなと」
「あははは」

やたらとおかしそうに笑うシエル先輩。

「遠野君らしいですね」
「ええ」

こういう時、有彦がうらやましいと思う。

けど同時にあいつには絶対なりたくないなとも思う。

きっとお互いにそう思ってるからうまくいってるんだろうな、俺ら。

「何かオススメの本とかありますか?」

 「ん、そうですね……」

これもやっぱり昔好きだった本だけど。

「子供向けの小説なんですけどね」

ずいぶんと熱中したもんだ。

「楽しみですね」
「きっと気に入ると思いますよ」

確か読んだ直後に有彦にも薦めた気がする。

ひょっとしてあいつが旅好きになったのはそれが原因だったりして。

「これです」
 

『ぽっぺん先生の日曜日』
 

「ぽっぺん?」
「はい。履いているつっかけの音がぽっぺんの音にそっくりだからぽっぺん先生です」

と言っても、俺はぽっぺんの音なんか聞いた事がない。

そう書いてあるからそうなんだなと思っただけだ。

「すごい面白いんですよ」
「はぁ」

ぺらぺらとページをめくるシエル先輩。

『ペリカンのくちばしには、なぜふくろがついているのでしょう』
「これは?」

「なぞなぞです。ぽっぺん先生はそのなぞなぞを解かなきゃ先に進めないんです」
「そんなの簡単ですよ。ペリカンはその袋に食べ物を……」
「あ、それぽっぺん先生も同じようなこと言ってますよ」
「正解ですよね?」
「違います」
「む……」

首を傾げるシエル先輩。

「読んでみればわかりますけどね」
「ふーむ」
「ちなみに主人公は38歳独身の生物学部の助教授です」
「……微妙なリアル感が嫌ですね」
「そこがいいんですよ」

作品で繰り広げられる非現実の世界とのギャップが。

「ネタばれになりますけど、絶滅した動物の動物園とか」

「はー」

「シリーズ編も結構出てますね。帰らずの沼とか好きですよ」

あの作品で食物連鎖というものを学んだ気がする。

「なるほど。ちょっと借りていきましょうかね」

先輩はそう言ってぽっぺん先生シリーズを全て抱えてしまった。

「ああ、そんな一気に」
「もったいないですかね?」
「いや、一冊俺も読もうかなと」

そう言うと先輩はおかしそうに笑った。

「どれがいいです?」

「そうですね……」

俺は「ぽっぺん先生と笑うカモメ号」を借りる事にした。

「あとはタンタンをいくつか借りて……」

あれなら秋葉も気に入るかもな。

「結構楽しいでしょう?」
「ええ」

なるほど、図書館ってのもたまにはいいかもしれない。
 

「これでわたしの出番も……」
「ん?」
「ああ、いえ、何でもないですよ? あは、あはははは」
 

平穏なある日の出来事だった。
 




あとがき
はだしのゲンはネタにもなるのでメジャーっぽいですが。
タンタンとぽっぺん先生はどれくらいの人が知ってるのやら。
シエル先輩はどうしてメガネをかけているのでしょう? 
それはコンタクトにする必要がないからです(意味不明
とうもろこし屋はいい男。


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