およそ翡翠らしからぬ叫び声をあげて廊下をモップがけしてる光景を目にして思った事は。
ああまた琥珀さんがろくでもない事を翡翠に吹き込んだのかということだった。
「おーい」
「てりゃりゃ……志貴さま」
ぴたっと俺の目の前で止まる翡翠。
「……えーと」
聞きたい事はたくさんあるが。
「その叫び声は何?」
「はい、姉さんが古の書物より発見した一週間メイドの伝説を再現してみました」
「……」
さて俺はまずどこから突っ込んでいけばいいんだろうか。
「古のメイド伝説」
「そのメイドって他にどんな事するのかな」
「はわわ、ご主人さま敵が来ちゃいました」
「……何もかもが違う」
早くも頭痛がしてきた。
何も見なかったことにして部屋に篭ったら駄目だろうか。
「っていうか感情のかけらも感じられないのは何故?」
「はわわ、申し訳ありません」
「……うん、だからその『はわわ』が間違ってる」
「はわわ?」
琥珀さんは一体どういう意味ではわわを説明したんだろうか。
「だからこう……はわわ! も、申し訳ありませぇ〜〜ん!……って」
「……志貴さま……」
翡翠との距離がいつの間にかものすごく遠くなっていた。
「え、いやだってそういうキャラだから」
「……はぁ」
「っていうか翡翠はセリオ寄りだと思うんだけどな……」
何ゆえ堀江ボイスのほうをやらせようとしたんだろうか。
「一週間メイドっていう表現はすげえ上手いと思ったけど」
あれだけ人気となり、一時は看板娘的扱いをされてたHMX-12マルチ。
そのシナリオ期間はゲーム中の時間でたった一週間であった。
「冷静に考えるとすごい話だよな」
恋愛に時間は関係ないとは誰の言葉だったか。
「よくわかりませんが……」
「いやこっちの話」
とにかく疑問をひとつづつ解決していこう。
「翡翠はなんでその一週間メイドをやろうと思ったの?」
「はい。姉さん曰く、そのメイドはほんの僅かな期間で主人の心を鷲づかみにし、とてもよい関係を築いたと」
「……まあ間違ってはないけど」
「掃除は勢いと気合が大事だというのはそのメイドの主人となられた方の言葉だそうです」
「うん……それも間違ってはない」
ただ、正しいからといってそれが全てとは限らない。
「どう考えても翡翠のキャラクターとは合わないと思う」
「……そう、なのですか?」
「琥珀さんが家の掃除をやったら多分そっくりになるよ」
「そんな事は絶対にさせません」
メイドロボットであるはずのそれは、人間以上のドジっぷりを発揮してくれたわけだが。
「駄目な子ほど可愛いという言葉があってさ」
「はぁ」
「こう、守ってやらなきゃって感じ?」
「……その、一週間メイドがそうであったと?」
「もちろん、前向きに頑張るって要素があってこそのものだけど」
ネガティブで駄目駄目なキャラだったらどうしようもないぞ。
「はぁ……」
「ちなみにゲームの中の話でいえば、感情はないけど仕事は確実にこなすパーフェクトメイドの勝ち」
主人公視点で言えばマルチの完全勝利だけど。
「……やはり仕事を確実に行ってこそのメイドということですか」
「まあ仕事としての関係を求めるならね」
「といいますと?」
「うん、だから友だちとか……それ以上の関係を求めるならやっぱり親しみが持てないとさ」
「……親しみ、ですか」
なんともいえない顔をする翡翠。
「だからこう考えるんだ」
「はい?」
「パーフェクトメイドが感情を持ったら最高じゃないかと」
「……理屈の上ではそうなりますね」
「っていうかセリオ萌えなんだよ。セリオのよさがわからないヤツはモグリだね」
感情とか関係なしにセリオがいいんだよというファンも多いはずだ。
「し……志貴さま?」
「なんで攻略出来ないんだと俺は嘆いた。いや、攻略出来ないからこそのよさなのかもしれないが……」
「あ、あの……」
「はっ!」
いかん、つい変なスイッチが入ってしまった。
「こ、こほん」
話を戻そう。
「無表情なりに感情を出して戸惑う仕草ってのもロマンだと思うんだよ」
それはセリオというか、来栖川先輩に通じるものでもあるのだが。
「そ、そうなのですか」
翡翠が顔を赤らめていた。
「そう、それだ。わかってるじゃないか!」
「え、ええ、はい、ありがとうございます」
さらに戸惑う仕草を見せる翡翠。
「うん、やっぱり翡翠はセリオ路線だな」
「一週間メイドは難しいですか……」
「アレを極めるには性格から改造しないと無理だと思う」
それはもう翡翠ではない別の誰かだろう。
「っていうか翡翠は翡翠のままでいいの」
「……しかし」
「いや、だああああと叫ぶ翡翠やドジっ子翡翠も見てみたくはあるけど」
実際セリフ棒読みではあったがその光景は新鮮だった。
「俺はありのままの翡翠が好きだよ」
「志貴……さま」
翡翠の目が大きく見開かれた。
「それに」
「は、はい!」
「何より琥珀さんの思い通りになるのが一番気に食わない」
「……」
「翡翠?」
「そうですね」
何故かその口調はとても冷たかった。
「……えーと」
何の話だっけ。
そうだ、マルチだ。
「ひとつだけマルチと翡翠に共通点があったよ」
「そうなのですか?」
「ああ」
といっても別に嬉しい事ではないかもしれないが。
「一体何でしょう?」
「マルチは……絶望的に料理が下手だったんだ」
「……」
ここに琥珀さんがいたら俺は謎の注射を打たれてさあ大変だったかもしれない。
「でも、キャラクター的には大人気だったってことは言ったよね」
だが今日の俺は一味違う。
浩之ちゃんのようなナイスガイを目指すのだ。
そういえば昔は翡翠も俺をちゃんって呼んでたなあ。
いや関係ない話だけど。
「つまり欠点があったほうが魅力的なんだよ!」
見よこの素晴らしいフォロー!
「志貴さまはパーフェクトメイドのセリオさまが好きだと仰せられていましたが」
「……えと」
皆さん、理論には一貫性を持ちましょうね。
「……ゴメンナサイ」
所詮俺は駄目男であった。
「いえ、お言葉をそのまま返すようですが」
「ん?」
「欠点があったほうが魅力的だと」
「……あ、あはははは」
自分で言った言葉に苦笑してしまう。
言われたほうは特にいい気分じゃないなこりゃ。
「はわわ、申し訳ありません志貴さま」
わざとしたような棒読みのセリフ。
「は、はははっ」
「……ふふっ」
二人で笑ってしまった。
「そういえば姉さんがマルチの綺麗な水を飲ませると言ったら喜ぶかもと言っていましたが……」
「ちょっと全力で殴ってくるわ」
「し、志貴さまっ?」
ブチ切れた俺をなだめるためにマルチの真似をし出した琥珀さんがものすごく似てたというのは別の話。
ついでに後日談。
「……」
「あー、先輩」
「……?」
「残念だけど俺、綾香派なんだ」
それと、多分黒髪&長髪は秋葉の担当だと思うんだ。
「……」
無言で走り去るシエル先輩を、俺はただ見つめる事しか出来ないのであった。
完