年始でごろごろしている俺のところにいかにも困ってますという感じの琥珀さんが現れた。
「ヒマなんです、すっごく」
「そりゃ年末の時点でやる事全部やっちゃったしね」
大掃除に年賀状の用意、その他諸々。
気持ち悪いくらいスムーズにそれらを行う事が出来た。
多分翡翠が頑張ってくれたおかげだと思う。
そのおかげでのんびりとした正月ライフが送れそうだ。
「秋葉は挨拶に来る人たちの相手をして大変みたいだけど?」
琥珀さんは手伝わなくていいんだろうか。
「そっちのほうは翡翠ちゃんに任せてありますんで。わたしより翡翠ちゃんがいいって言われてしまったのです」
よよよと泣く仕草をする琥珀さん。
「……そんな事ばっかりやってるからだと思うんだけど」
ちゃんとやれば出来る人なのに、まったく。
「てなわけでヒマなんですよ、すっごく」
「いや、二回言わなくてもわかるからさ」
琥珀さんがこういう事を言い出すのはろくでもない事の前触れである。
「志貴さーん。何かネタはありませんかー?」
そう言って琥珀さんは俺に擦り寄ってくるのだった。
「正月ボケな話」
「ないよ。終了」
平和を満喫したい俺はさっさとこのお邪魔虫を追い払うことにした。
「うわ、志貴さん冷たいです。いつからそんな極悪非道に」
「ネタがないって言ってるだけだよ。そんな毎度何か思いつくほど賢くないんだ」
皮肉のつもりでそう答える俺。
「そうですね、志貴さんニブチンですもん」
「……」
我慢我慢。
ここで絡んだら全てが台無しだ。
「そう。俺はニブチンなんだよ。だから俺に構ってもらったってつまらないよ」
ごろりと寝転がる俺。
「そんな事言わずにー。志貴さんとだって楽しい事出来ますよー?」
「例えば?」
「姫初めとか」
「マジで?」
思わず身を乗り出してしまった。
「や、こんな真昼間からはやりませんけど」
「なんだ」
っていかんいかん、これが琥珀さんの作戦なのだ。
「興味ないよ」
再び寝転がる。
「し、志貴さんが男色家にっ」
「だあ、どうしてそう極端な結論にたどり着くのさ」
苦笑しつつまた起き上がる。
「違うんですか?」
「違う。そりゃ興味はある。けど今はやらない」
「残念ですねー」
「……」
ああもう。
「……そういえばさ、琥珀さん初夢って見た?」
しょうがないのでこっちから話題を切り出す事にした。
琥珀さんの前で黙っているのは無謀だったのだ。
「夢ですか。見ましたよー。一富士二鷹、三なすび」
するとにこりと笑ってそんな事を言う琥珀さん。
「全部出てきたの?」
「はい。それが傑作でしてー」
「どんな話?」
「ええ。まずですね。100メートルくらいの巨大志貴さんが笑いながら富士山の上に立っているんですよ」
「……ふ、ふーん」
何故に巨大な俺が。
まあ夢の中だからなんでもいいんだけど。
「で、ですね。その志貴さんがこれまた巨大な鷹に捕まって飛んでくるんですねー」
「凄いシュールな光景だね」
夢の中でコレは夢だなあとあっさり気付けそうな感じである。
「その志貴さんはわたしに向かって飛んでくるんですよ。いや、怖かったです」
「そりゃ怖いなあ」
「はい。その志貴さんは空中から……」
「ナスを投げてくるって?」
「正解です」
にこりと笑う琥珀さん。
「……いい夢なのかな、それは」
むしろ悪夢の部類に属すると思うのだが。
「一応いい夢だったんじゃないですか?」
「そ、そっか」
まあ本人がよかったと言うんだから何も言うまい。
「志貴さんは何か見ました?」
「俺は富士山も鷹もナスもなかったけど……」
「けど?」
「琥珀さんが出てきた」
「ほうほう?」
琥珀さんの目がきらりと輝いた。
「やっぱりあれですか? 夢の中のわたしは現実同様清楚可憐で見る者を魅了し……」
「全然そんな事ないから」
「うう、志貴さん、ツッコミが厳しいです」
「夢の中の琥珀さんはさ」
「普通に無視して話続けないで下さいよー」
「絡むとキリがないからね」
琥珀さんと話す時はある程度の強引さも必要である。
「わかりましたよもう。で、夢の中のわたしはなんですって?」
「……まあ、普通だったよ」
「それじゃわからないんですけど」
「うーん」
この琥珀さんの普通ってのが曲者だからな。
「秋葉をからかったり、翡翠と仲良くしてたり」
「……本当に普通ですね」
「うん」
だから俺はそれが夢だとまるで気付かなかった。
「でさ、琥珀さんが俺のところに来るんだよ」
「ふむふむ?」
「それで今日みたいに言うんだ。何か面白い事はありませんかーって」
「……予知夢ってやつですかね?」
「いや」
毎度毎度こんなやりとりをしているせいだと思う。
「で、会話もこんなのなんだよ」
俺が何もないと言うのに琥珀さんは絡んで来て。
「結局付き合わされるハメになると……」
今のこの状況とまったく同じわけだ。
「そうするとこれが二度目になるわけですか」
「そういう事」
「それはどうもごめんなさい」
「……あ、いや」
そんな風に謝られると困ってしまう。
「俺が勝手にそんな夢みただけだからさ」
そのせいで今日は特につっけんどんに当たってしまったかもしれない。
「別に琥珀さんと話すのがイヤだとかそういうわけじゃないから」
「ホントですか?」
「うん。ただ毎度毎度ネタがないからね」
あれこれ考えるのも結構大変なのだ。
「普通に話すだけだったらいつでも相手になるけど」
「それはホントにホントですか?」
「……いや、本当だけど」
なんでそんなに確認するんだろう。
「えと……」
琥珀さんはなんだか戸惑ったような顔をしていた。
「用事やネタが何もないのに話しかけてもいいんですか?」
「そんなの当たり前じゃないか」
「……」
目を見開く琥珀さん。
「そう……だったんですか……」
「あのさ。もしかして……」
琥珀さんは何か用事やネタがなければ話してはいけないと思っていたんだろうか。
「だってほら、わたしは秋葉さまの従者なわけで、志貴さんとは直接関係ないわけでして」
「そんな事気にしてたの?」
「そ、そんな事じゃないですよっ。わたしにとっては重要な事なんですから」
「……悪い、失言」
人が何にこだわりを持っているかはわからないものだ。
そしてそれは多分神聖なものなのだから、踏み込むのは野暮なのだろう。
「そりゃ琥珀さんは秋葉の従者だけどさ。それ以前に」
「以前に?」
「友達じゃないか」
「友達……」
恋人と言いたかったけどさすがに恥ずかしくてそれは言えなかった。
「友達は別に好き勝手に話していいんだよ。それこそ本気でどうでもいい話題を」
「……!」
「っていうか、ネタなんかなくたって琥珀さんと普通に話してたじゃないか」
今だってそうだ。
特に話の主題になるようなネタはないのに会話をしている。
「そ、それはそうなんですけど……」
「けど?」
「意識しちゃうと……その、難しいんですよ」
「難しい?」
「秋葉さまの場合は大丈夫なんですけどね」
苦笑いをする琥珀さん。
「志貴さんを前にするとどうもこう……頭が働かなくなってしまいまして」
「そうなの?」
「はい。顔も熱くなってきますし……」
「……」
いくらニブチン朴念仁と言われる俺だって、そこまで言われたらわかる。
それはいわゆるアレだ。
恋する乙女の反応。
「……っていうか琥珀さんわかってないの?」
「な、何をですか?」
「いや……」
まさか俺を一番朴念仁と呼んでいた人が自覚してなかったとは。
「ちょ、ちょっと待って」
すると夢の中に俺が出てきたってのも、思いっきり意識してますぞって事で。
「……うわ、やばい」
俺もすごく顔が熱くなってきた。
「ど、どうしたんですか志貴さん? 急におかしいですよ?」
「ああ、いやええと……」
さてこの状況、どう説明していいものやら。
つまりまあ、アレだ。
「しょ、正月ボケのせい?」
「で、ですよねー」
そういう事にしておこう、うん。
「あはっ、あははははは」
「はははははは……」
ほんと新年早々、何やってんだろうな、俺ら。
完