それでようやく俺もゲームが終わったという心境になった。
「終わりましたねえ」
なんともいえない充実感。
「んじゃちょっくら休憩タイムとするか。雑談でも交えつつな」
「そうしましょう〜」
そうしてしばらくまったりとした時間が過ぎるのであった。
「乾家に遊びに行こう」
その12
「つーかどうだ? おまえ遠野に越してからだいぶ経ったけど、慣れたか?」
「ん」
有彦が屋敷での話をしているうちにそんな事を尋ねてきた。
「まあいい意味でも悪い意味でも慣れたかな」
「おいおいなんだよ悪い意味って」
「琥珀さんにはめられたり秋葉にどやされるのにも慣れたって事」
「……なるほど」
「うわ、有彦さんそこは納得しちゃ駄目ですって」
苦笑する琥珀さん。
「おまえこそ、ななこさんがいることに慣れたんじゃないか?」
「……コイツ追い払っても勝手に来やがるからな。諦めてる」
「こないだ一週間来なかったらどうしたんだテメエとか怒られちゃいました。出かけるときはちゃんと連絡しろ、って」
えへへとやたら幸せそうな笑みを浮かべるななこさん。
べちん。
「うあ、痛いですよー」
「余計な事しゃべんじゃねえ、このっ……」
もはやこういうやり取りがこの二人の間ではお約束な気がする。
「まあ子供が出来たときは連絡くれ。出来るのかどうかは知らんが」
「するかっ!」
「そうですねー。有彦さんはケダモノですから出来ちゃうかも……もがっ!」
ななこさんの口ににんじんが放りこまれていた。
「ふう」
「いやにあせってるな有彦」
「怪しいですねー」
「ななな、なんだよ。そういう遠野こそどうなんだ? 琥珀さんとはうまくいってんのか?」
「は?」
「は? じゃねえよ。なんだ。そういう関係じゃなかったのか?」
「そういう関係って……?」
何を言ってるんだろうこいつは。
「有彦さん。志貴さんにそういうことを期待するのは間違ってますよ」
「……そういやこいつ脳みそに蛆沸いてるようなやつだったな」
「ちょっと待てっ。何のことだっ?」
「大変ですねえ琥珀さんも。飽きたらいつでも俺んとこ来てくださいよ?」
「あはっ。残念ですけど今のところその兆候はありませんねー」
俺を無視して会話が進んでいる。
「ななこさん、こいつらの言ってる事わかる?」
しょうがないのでななこさんに聞いてみた。
「はぁ。つまり志貴さんと琥珀さんが恋人としては上手くいってるのかどうかという意味だと思うんですけど」
「な、なんだってえっ?」
「……何驚いてるんだ? 遠野」
「おま、おま、おまえ、どうしてそれがわかった?」
有彦にはそういうことは一言も話してなかったはずなのに。
「どうしてっておまえ……だいたいのやり取りを聞いてりゃ推測つくよ。テメエだってななこの事は薄々気づいてたじゃねえか。自分の事に関しては鈍すぎなんだよ。遠野は」
「……はっ」
そうか、俺がななこさんと有彦が恋仲っぽいことを見抜いたように有彦にも俺と琥珀さんの関係を見抜かれたってことか。
「で、でも俺が琥珀さんに振り回されてるようにしか見えなかったと思うんだけど」
「んー。なんつったらいいんだろうな。要所要所で琥珀さんに気を遣ってるっつーか遣われてるみたいな……上手くは言えねえよ」
「二人の発するらぶらぶおーら、ってのはどうでしょうか? わたしたちみたいに」
「死ね」
「うわーん! わたし実家に帰らせていただきますー!」
「にんじん」
「前言は無かったことにしてください」
ああ、なるほど。
俺たちはつまりこういう関係が逆になってるってことか。
お互いがお互いの行動パターンを知り尽くしているわけで。
琥珀さんは俺の朴念仁っぷりを寛容し、俺は琥珀さんの悪戯好きを寛容している。
「お互いの悪いところを知っていながら好きでいられるっつーのは恋人とは違うのか?」
「うぐ……」
くそう、よりによって有彦なんぞにこんな事を言われるとは。
「はっ?」
待てよ?
こんな有彦なんぞに見抜かれるって事はまさか。
「翡翠や秋葉には……バレバレ?」
「そりゃもう当然ですよ」
「秋葉ちゃんの殺意のオーラが怖そうだな……」
「いえ、秋葉さまは殺意を隠すのは上手ですから。志貴さんごときでは気づかれるはずありません」
「……おいおい」
俺の気づかないうちにそんな物騒な状態になっていたのか。
「そうか、それで翡翠も起こしに来なくなったんだな」
最近はめっきり翡翠に起こされることがなくなっていた。
頼んでも「姉さんに起こして頂いてください」の一点張り。
「つーか起こしにいって横に姉が寝てたらしゃれにならんだろ?」
「あ、そうか」
「……ほう、やはり経験済みが」
「はっ!」
しまった、はめられた。
「卑怯だぞ有彦っ!」
「いや、おまえが勝手に自滅しただけだろ」
くっくっくと笑う有彦。
「ぐぬ……」
なんだかこのまま乾家に居ても墓穴を掘るだけのような気がしてきた。
「まあわたしなんかはイチゴさんが来る前に逃げちゃいますけどねー」
べちんっ。
「だからどうしておまえはそう余計な事を……」
まあ向こうも勝手に自滅してくれるから状況は五分と言えなくもないんだけど。
「なあ有彦。この状況は互いの精神的に宜しくない。悪いが今日はこの辺でお開きということでどうだ?」
「ん……そうだな。俺ももうちょいGGFXの連続技を見直さなきゃならんようだし」
「あはっ。いつでも再戦受け付けますよー」
「次は負けないぜ」
打倒琥珀さんに燃える有彦。
「わたしも次は志貴さんに完全勝利を目指します」
ななこさんも打倒俺に燃えてるようであった。
「ま、まあ次はいつ集まれるかわからないけど……うん。そうだな。またみんなで遊ぼう」
「はい。もちろんですよー」
琥珀さんはとても嬉しそうに笑っていた。
「いやー、ほんとに楽しかったですねー」
「最後は変な暴露大会になっちゃったけどね」
「いえいえ、ああいうのが友達同士の会話ってものです。親しくなきゃとても話せませんよ」
「まあ、そりゃそうなんだけど」
「ほんと、今日はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる琥珀さん。
「いや、俺は何にもしてないし。ほんとにただ遊んだだけだから」
「それで十分じゃないですか」
「……」
子供時代の琥珀さんとの遊んだ思い出はほとんど無かった。
「うん、そうだね、これからたくさん遊ぼう」
だからこれからそれを取り戻せるくらい遊べれば。
琥珀さんを幸せにできればいいなとか、そんならしくないことを考えて。
「あ、志貴さん。なんかあそこにすごいお城がありますよ? ちょっと立ち寄ってみません?」
「いや、だって……あそこ……ラブ」
「あはっ。わかってて行かないかと誘っているんですよ。どうせ今日は帰らない予定だったんですし、行ってみません?」
「……」
まあ当分は琥珀さん主導になりそうだなあと苦笑しつつ。
「そうだね、行こうか」
俺は琥珀さんと手を繋いで歩いていくのであった。