琥珀さんは何のためらいもなく、笑顔で言い切った。
「いや……そんなゲームのキャラで、しかも悪役を尊敬されても」
「ちっちっち。志貴さん全然わかってませんねー」
そう言いながらコントローラーを動かしていく。
ちゃらっちゃららー、ちゃらちゃらーらー、ちゃらっちゃ、ちゃらっちゃ、ちゃちゃちゃちゃちゃー
「岩男2 〜琥珀さんの謎〜」
「2か……」
そのBGMと絶妙なバランス加減からロックマン最高傑作とも噂されるロックマン2。
「しかもいきなりエアーマンとは」
どうやら琥珀さんはかなりの猛者のようであった。
「や、このステージの雲が好きなんですよ」
普通ロックマンシリーズはボスの弱点順に倒していくのがセオリーだ。
よって真っ先に狙うのは大抵弱いボスから。
2だとフラッシュマンとかメタルマンとか。
武器の実用性から考えたらメタルマンだろう。
「エアーマン武器なしって辛くない?」
「わたしは全てのボスをロックバスターだけで倒せますから」
「……流石」
それ以上の褒め言葉は見つからなかった。
「つーか動きがおかしいんですけど」
エアーマンステージは途中、飛んでいる雲の上に乗って進んで行くところがあるのだが。
その雲には敵キャラが乗っていて、普通それを倒してから雲に乗るものだ。
だが琥珀さんは敵との間のほんの数ドットの隙間に乗っていた。
「当たりそうで当たらないんですよねー」
むしろ見ているこっちのほうが冷や冷やするくらいである。
「よっと」
琥珀さんはさくさく敵を倒して進んでいく。
適当にショットを撃ったように見えても、その弾は全て敵を捕らえていた。
「無駄弾が全然ないんですが」
「そりゃ覚えてますもん。ロックマンは覚えゲーですよ?」
「覚えゲーってのは認めるけどさ」
最初は失敗しても繰り返して敵の出現パターンや配置を覚えて進んでいく。
その爽快感がたまらないのである。
けど普通の人はそこまで覚えないと思うなあ。
「はい、あっという間にボスです」
「ほんとだ」
気付いたらボスの部屋の前まで来てしまっていた。
ちちちち。
シャッターをくぐるロックマン。
「1はこのシャッター後に敵が出てくるから油断出来なかったんですよねー」
「そ、そうなんだ」
「はい。しかもうっとうしい配置の仕方をしてるんですわこれが」
そしてボスとご対面。
「ふーん」
「いや、ほんと1のワイリーは鬼でしたよ」
ちりりりりりりりり。
ボスのHPが表示される。
「2はボスの弱点割と多いですしねー」
ひょいひょいひょい。
「うお、あのエアーマンの攻撃をなんなくかわしている」
しかもかわしながらも前に進み、ロックバスターを当てまくっていた。
きょんきょんきょんきょん……
「……スゲエ」
10秒も立たずにエアーマンを倒してしまった。
これがプロの技というやつだろうか。
「志貴さんもやります?」
「ええっ? え、う、うん、いいよ。オレは見てるだけで」
琥珀さんの前で普通のプレイなんてとても出来そうになかった。
「遠慮せずに。さあさあ」
次のステージを選ぶ琥珀さん。
クイックマンステージだった。
「あれ? クイックマンの弱点ってエアーだっけ?」
「いえ? 違いますけど?」
じゃあなんでクイックマンなんだろう。
「クイックマンステージのいつ死ぬかわからない緊迫感が好きでしてー」
クイックマンステージには横から謎のビームが出てくる箇所がいくつかある。
最近のぬるいゲームだったらそれに当たったってダメージを食らうくらいなんだろうが。
そこはロックマンの世界。
当たれば即死してしまうのである。
それこそ一瞬の操作ミスが命取りになるステージ。
「……っていうか俺に死ねと?」
「うふふふふふ」
その笑顔についかちんときてしまった。
「見てろよ。驚かせてやる」
俺だって昔は結構やり込んだんだ。
クイックマンステージくらいすぐにクリアしてやるぜっ!
『GAME OVER』
「……すいません、無理でした」
言い訳させてもらうが、昔は俺だって簡単にクリアできたのだ。
久々のプレイで腕がなまっているだけなのである。
「いい死にっぷりでしたよー」
琥珀さんはとても満足げだった。
「ではメタルマンステージ行きましょう」
「え? クイックマンは?」
「面倒なので後回しでー」
「うう」
何か言いたいところだったが、クリア出来なかった男に言えるセリフなんて何もなかった。
「メタルブレードは2の中で最も使える武器ですからね」
「消費安いし5方向に撃てるからな」
しかも経費も安いとなると、こりゃもう是が非でも使わなきゃって感じで。
「これ以降のロックマンはなんとなくボス専用じみた武器が増えてしまったのが残念ですね」
「3とか4は結構普通に特殊武器使ってたけどなあ」
有彦には無駄遣いだーとか笑われたけど。
せっかく手に入れたんだから使わなきゃというのが俺の主張であった。
「まあ1のハイパーボムほどじゃありませんけど」
「はぁ」
あんまりよくわからない例えだった。
「人によって感覚は違いますからねー」
「確かに」
俺は4だと真っ先にダイブマンから行くのだが、それは邪道だとか言われた事あるし。
「2はどれもそれなりに使えるのが素敵です」
「そういう意味でもバランス取れてるんだよな」
さっきも言ったが最強兵器のメタルブレード。
要所で使えば雑魚敵を瞬殺してくれるエアーシューター。
クイックマンステージのお供、時間を止めるタイムストッパー。
燃費は悪いが威力絶大、溜めにロマンを感じるアトミックファイヤー。
連射の鬼、メタルブレードさえなければ最強だったかもしれないクイックブーメラン。
全シリーズ中最も使い勝手のよかったバリアー、リーフシールド。
障害物破壊に必要不可欠、クラッシュボム。
使いどころがなさげと思いきや、最後の最後に見せ場を作るバブルリード。
「アイテム123号も便利だしね」
「後にラッシュに継承されましたが、わたしはこのアイテムシリーズが好きだったりします」
「そうなんだ」
「はい。この名前の安易さが実にたまりません」
琥珀さんって割りと変なの好きだよなあ。
「あ、もしかしてワイリーを尊敬してるってのもそれで?」
「はい。絶妙な罠を配置しておきながらも要所要所でのツメの甘さとか。わざわざ回復アイテムを用意しておく寛大な心とかっ」
いや、それはゲームというものの都合上しょうがないんじゃないだろうか。
「極めつけは眉毛ヒクヒクですよっ。あのいかにも悪者って感じが最高ですっ。っていうかあの動作を作ったスタッフに表彰を送りたいですっ」
「は、はぁ」
「はあ、わたしもああなりたいものです」
琥珀さんは悦に浸っていた。
「……むしろ欠点ばかりの悪役になっちゃうんじゃ?」
「でも愛嬌あるでしょう?」
「それは確かにそうだけど」
悪役ではあるんだけど、どこか憎めない感じがする。
「ワイリーが女の子だったら超萌えキャラですよっ。わたしはそれを目指すのですっ」
「意味のわからない事を言わないで下さい」
「ふっふっふ」
琥珀さんは笑いながらまゆげをひくひくさせていた。
どうやら真似をしているらしい。
「ってわけで志貴さんっ! 秋葉さまを倒して略奪をゲットしましょう!」
「いや絶対無理だから!」
「翡翠ちゃん倒して感応でもいいですよっ?」
「もっと駄目っ!」
オレはロックマンみたいに敵を倒して能力を得られたりしないっつーの。
「いや、まあ今のは冗談ですが」
再びコントローラーを手渡してくる琥珀さん。
「今度は自由にステージを選んでください。楽しんでやりましょうよ」
「あ、うん」
今度は昔を思い出しながら慎重にプレイをした。
久々なのでうっかり死んでしまうところもあったけれど。
琥珀さんと交代しながらステージを進めていく。
そして。
「よしっ!」
ついにラスボスを撃破できた。
苦節何時間かの戦いの終わりである。
「やりましたねー、志貴さん」
「うん」
なんともいえない達成感。
「やっぱりロックマンはいいですよね」
「だな」
これにはもう頷くしかなかった。
「そしてDr.ワイリーを……」
「尊敬しないから」
こっちも当然のごとく即答であった。
「……つ、次はワイリーの最後ですっ!」
「ま、まだやるの?」
「当然ですっ! 志貴さんがワイリーの素晴らしさに目覚めるまで……」
どうやら俺はこのままロックマンシリーズを延々とプレイしなくてはいけないようであった。
でもまあ、このシリーズなら別にいいかなあとか。
「さあ、始めますよ志貴さん」
「うん」
こうしてロックマンと俺たちの新たなる戦いが始まるのであった。
完