俺に出来るただひとつの事は、このゲームを終わらせる事だけであった。
このままではあまりにも気の毒である。
「わかりました。使わせていただきますよ」
先輩がカードを置く。
そのカードの名は『チェーンソー』
かみはバラバラになった。
「遠野家人生ゲーム大会」
その13
「さあみなさんどんどんお召し上がり下さいっ」
「和洋中にカレーとなんでも揃っております」
戦い終わり、一同でのパーティが行われていた。
「わ、わ、ちょ、乾くんっ。これ食べていいのかなっ? ごちそうだよっ? わたしこんなの見た事ないよっ?」
「好きなだけ食え。もう二度と見られないかもしれないぞ」
「翡翠さん、おかわりをお願いします」
「……シエルさま一人でカレーがなくなってしまいそうなのですが」
「どうせわたししか食べないんだからいいんですよ」
「同意いたします」
ちなみに料理は出前のものである。
金持ちのくせにドケチな秋葉にしては信じられないほどの気前のよさであった。
「これもーらった」
「ちょ、アルクェイドさん! それは私のものですっ! 返しなさい!」
「……あはは」
琥珀さんを倒せた事が余程嬉しかったのだろうか。
「……」
「ん」
そして一人盛り上がりの中に入れない人が。
「琥珀さん」
そう。神を騙り皆を恐怖へ陥れた琥珀さんだ。
「わたしになんて話かけると志貴さんまで嫌われちゃいますよ」
そう言ってそっぽを向いてしまう。
「これからどうするの?」
「……」
琥珀さんは窓をじっと見つめていた。
「この向こうに別の世界があるのかな?」
「行ってみますか?」
「俺はどっちでもいいよ」
「そうですか。でも、ここも結構いいところになったんじゃありません?」
「言えてる。悪いやつ全部やっつけたからな」
「……」
俺の言葉を聞いて俯く琥珀さん。
「ちょっと琥珀さん、来てくれる?」
「え、ちょっと志貴さん?」
俺は琥珀さんの手を掴んでみんなの元へと連れていった。
「何よ琥珀。今更どんな顔して出てこれるわけ?」
開口一番手厳しい言葉を浴びせる秋葉。
「……あは」
琥珀さんは寂しそうな笑いを見せた。
「貴方が食事を作らなかったせいで出前になったのよっ。給料から差っ引いてもいいくらいなんですからねっ」
「それは大変申し訳ない事をしました」
「……ああもう調子狂うわねっ。やっぱり琥珀の作った食事の方が美味しいわよっ」
とか言いながらフライドチキンをほおばる秋葉。
やたらと不機嫌な様子である。
「あ、あのう秋葉さま?」
そんな秋葉に目をぱちくりさせている琥珀さん。
「はいはい、次ね」
「え、あの」
今度は弓塚のところへ連れていく。
「あ、琥珀さん。今日はどうもありがとうございましたっ」
「へ?」
琥珀さんへ向かって深々と頭を下げる弓塚。
「今日はすっごく楽しかったですっ。これで明日からも頑張れますっ。薄幸でもめげませんっ」
「……明日からの薄幸は確定なのかよ」
弓塚を見て渋い顔をしている有彦。
「言っとくが遠野。俺は負けたつもりはないぞ。今回はあえて先輩の顔を立ててやったんだからな」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
「あの、ちょっと?」
「どんどん行くよ」
「あ、遠野くんもう行っちゃうのっ? あぅ……」
「……これで俺ら出番終わりだな、きっと」
よく分からない事を言っている有彦は無視してアルクェイドのところへ。
「あ、志貴。これ食べる? 結構美味しいよ?」
「……ピザを切らずに食べるんじゃない」
「え? これってそのまま丸かじりにするもんじゃないの?」
「どこの世界にそんなバカな食い方するアホがいるんだ」
まあ目の前にいるんだけど。
「切るなら切るでちゃんと切ってくださいって入れ物に書いておくべきじゃない?」
「一般常識だっつーに」
「ちぇ。志貴ってばいつもそれなんだから。あ。琥珀も食べてみる?」
「あ、いえ、わたしは遠慮しておきますよ」
苦笑いしている琥珀さん。
「あんまり変な食べ方してると服汚すぞ? ただでさえ汚れやすそうなのにさ」
「そんなミスしないわよ」
「右隅にシミが出来てる」
「うそっ?」
「冗談だ」
「もう、志貴ってばーっ!」
俺に迫ってくるアルクェイド。
「……っとうわわっ?」
その動きでピザが服にくっつきそうになり、慌てて持ち上げていた。
「まあ頑張ってくれ」
残りはシエル先輩と翡翠だ。
「シエルさま、もうカレーはありません」
「え? まだ十杯しか食べていませんよ?」
「……何やってるんですか」
確かさっき見た時も同じような事やってた気がするんだけど。
「ああ、遠野君。大変ですっ。カレーがもう無いんですよっ」
「カレーがないなら他のものを食べればいいでしょう……つーかまだ食べる気なんですか」
「確実に太ります」
「う……」
翡翠のきつい言葉に顔をしかめるシエル先輩。
「で、ではデザートにしましょう。琥珀さん、デザートはなんですか?」
「あ、いえ、わたしが食事を作ったわけじゃないので」
「あらま。琥珀さんの手料理には期待していたんですけどね。道理でカレーに覇気がないはずです」
「覇気って……」
カレーの覇気って何なんだろう一体。
「あの、ひとつ聞きたいんですけれども」
琥珀さんはひたすらに戸惑ったような表情をしていた。
「はい、なんでしょう?」
「どうして皆さん普通にわたしに接してくれるんですか?」
「……なんでと言われましても。普通以外に接する方法なんてあるんですか?」
「いや、だってその。わたしさっきのゲームですっごい無茶苦茶なことやったじゃないですか。怒ってないんですか?」
「ゲームはゲームです。そんな事の恨みを引っ張るほどわたしは子供ではありません」
そう言って笑うシエル先輩。
「一部引きずっている方もいらっしゃいますが……」
翡翠がちらりと秋葉を見る。
「ゲームと日常は別のものです。混同するものではありませんから」
「えと……」
二人の言葉に琥珀さんはますます戸惑っているようだった。
「琥珀さんさ。本当は純粋にゲームが楽しみたかっただけなんでしょ?」
俺はそう尋ねた。
「……」
琥珀さんは何も答えない。
「琥珀さんが手段を問わずに勝ちたいって考えてたなら、他の人が逆転できる要素なんて入れなかったはずなんだ」
それの最たるものが琥珀さんにとどめを刺したチェーンソーだ。
俺は最後に使ったけれど、あのアイテムはいつ使っても無条件で『かみ』を倒せるアイテムだったのである。
「それでも琥珀さんは最後まで悪役を貫いた。何でだろうって考えたんだ。それは……」
「……わたしがそういうキャラクターだからですよ」
自虐的に笑う琥珀さん。
「わたしは何か悪い事をしなくてはいけない立場なんだ。それがみんなの期待している事だと思っていました」
「……」
そう。琥珀さんは自分でそう思い込んでいたのだ。
自分は悪役でなければならないと。
そんな琥珀さんがあまりにも辛そうだったから、俺はゲームを終わらせた。
「今はどう? まだそう考えてる?」
「……いや、なんといいますか、わざわざわたしが悪役やった意味なかったんじゃないかなと」
そう。あれだけ琥珀さんが悪役を演じてきたのにみんなまるで気にしちゃいない。
いつも通りの接し方を琥珀さんにしているのだ。
「そりゃそうだよ。ゲームなんだからどんな戦い方をしたって自由なんだ。悪役風にやるのも正義の味方風にプレイするのも」
普段と違う動きが出来るからゲームというのは面白いのである。
「だいたい、琥珀さんが悪役だなんて考えているのは琥珀さんだけだって」
「え? 本当ですか?」
「うん。あえて悪役だって言っても自分の策に勝手に溺れてる策士って感じ」
「……あ、あはは」
思いっきり苦笑いする琥珀さん。
「わたし、悪役なんてやらなくてもよかったんですか?」
「当然。その理屈だと弓塚はずっと薄幸じゃなきゃいけないし、秋葉はお嬢様じゃなくちゃ駄目じゃないか」
それを聞いて琥珀さんは大きなため息をついた。
「わざわざストレス溜まる悪役を買って出たのに……報われない苦労でしたねえ」
「そんな事はないよ。あれはあれで楽しかったし」
「もう。志貴さん? そこはフォローするべきところじゃありません?」
「あはは、ごめんごめん」
琥珀さんはようやく元気を取り戻してくれたようである。
「あーもう! やっぱり納得出来ませんっ!」
そこに秋葉の叫び声が響く。
全員の視線が秋葉へ向いた。
「再戦を希望しますっ! 今度は負けませんからねっ!」
びしっと琥珀さんを指差す秋葉。
「えーと、あのう、秋葉さま?」
「今度は正々堂々勝負よっ! 余計なルールは不要! シンプルな人生ゲームでっ!」
「ふむ。お腹も膨れましたしいいかもしれませんねえ」
にこにこと笑っているシエル先輩。
「今度はシエルさまと別チームを希望します」
「……優勝したのに酷い言い草ですね」
「仕様です」
翡翠も秋葉の意見に同意であった。
「あ、あれ? まだ出番あるの? え、ちょっと待ってまだセリフ考えてな……」
「……上等じゃねえか。今度こそ頂点を狙ってやるぜ」
弓塚はともかく有彦はやる気満点。
「俺も構わないけど……琥珀さんどうする?」
俺は尋ねた。
「わたしは……」
躊躇するような表情を見せる琥珀さん。
秋葉のことが気になっているんだろう。
みんなの中で唯一秋葉は琥珀さんの事を許していない雰囲気があった。
「次は誰もが楽しめるようにすることっ! 貴方もよ! わざと悪役をやるのは禁止っ! いいわねっ!」
「……え?」
ところが秋葉は琥珀さんをそう怒鳴りつけた。
「秋葉さま」
「ふんっ」
そうか。
秋葉も気付いていたんだ。琥珀さんの真意に。
だからあんなに苛立っていたんだ。
琥珀さんが楽しめていないのを知ってしまったから。
そしてその琥珀さんが今度こそ楽しめるように再戦を提案したんだろう。
「いいですよー。やりましょうっ。余計なモノなどなくてもこの琥珀が最強だと教えてあげますっ!」
琥珀さんは笑っていた。
ようやっと心の重荷が取れたように。
「行こう!」
それを見て俺は叫んだ。
「どこへです?」
人生ゲーム。
それは現実とは異なったもうひとつの世界だ。
そこではいつもとまったく違った新しい人生を見る事が出来る。
だからこう呼ぶ事にした。
「俺たちの世界へ!」
完
気付いてる人はとっくに気付いているでしょうけれど、このSSはサガシリーズ、ロマサガシリーズのパロデイネタが
随所に散らばっています。ネタっぽい会話はほとんどそうです(?)
全部のネタがわかったらその人こそ真の神だと思いますw
なにはともあれサガシリーズは永遠の名作ということで。
琥珀さんに幸あらんことを。