シオンは立ち上がるとふるふる首を振った。
「わたしはアトラスの錬金術師を名乗るものです。追われる身となってしまった今もそれは変わりません」
「……そうか」
タタリを倒す事はシオンのひとつの目的であった。
それが終わった今、日本に滞在する必要はもう無くなってしまったのである。
「大丈夫ですって。心配はいりませんよ。わたしが上手く口立てしてあげますので」
そう言ってくれたのはシエル先輩。
一応用心のために先輩も一緒に同行する事になったのだ。
先輩が捕まえたという形にしておけば、他の埋葬機関の人間に狙われる心配もない。
「いざとなれば埋葬機関のほうで圧力かけちゃいますから」
「いや、笑顔で怖い事言わないで下さいよ」
「……頼りにしています」
シオンは余裕で笑っていた。
「志貴。何かあったら呼んでください。世界中どこでもすっ飛んでかけつけますよ」
「……あ、うん」
なんだか送り出す側と旅立つ側が逆転してしまっている。
「寂しくなりますねえ」
琥珀さんが感慨深そうに呟いた。
「辛い事がたくさんありました……」
どこか遠くを見ているような秋葉。
「でも楽しかったわよ」
にこりと笑うアルクェイド。
「そうですね。みんながいたから楽しかったです」
秋葉もアルクェイドの言葉を聞いて笑っていた。
「そうだな……楽しかった。心からそう思う」
本当に夢のような一夜だった。
あの長い夜を、俺は生涯忘れないだろう。
「志貴、秋葉」
シオンが俺と秋葉の肩を掴んだ。
俺たちも同じように掴み返す。
「それでは。朴念仁の志貴。長生きしてください。そしてその不憫な妹と従者たちよ。わたしの事を忘れないで下さいね」
これはあのシーンの再現だ。
「また会いましょう。私の事が嫌いでなければね。……マヌケ面ァ!」
にこりと笑う秋葉。
「忘れたくてもそんなキャラクターしてないよ。シオンは。元気でね」
「……ありがとうございます」
別れのシーンまでジョジョとは。
シオンも相当にはまっちゃったみたいだな。
「では、本当にさよならです」
「……うん」
「行きましょう」
シオンとシエル先輩が歩いていく。
「まったねーシオン! シエルは帰って来なくてもいいわよー!」
アルクェイドがぶんぶん手を振っていた。
「お元気で」
「さようならー!」
「体に気をつけるのよー!」
それに負けじとみんなで別れの挨拶を叫ぶ。
「……」
俺もみんなに習って叫ぶ事にした。
「シオン! また会おう! 元気でなぁ〜!」
シオンは片手をあげて答えてくれた。
こうして。
シオン・エルトナム・アトラシアは短い日本滞在を終えたのである。
「徐々に奇妙な冒険」
その63
「遥かなる旅路 さらば友よ」
「……平和だ」
あっという間に月日は流れていく。
町はあんな事件があった事が嘘みたいに平和だった。
夏ももう終わりである。
ほとんどの人にとってこの年の夏はいつもの夏と同じように当たり前に過ぎていっただろう。
「志貴ー。もう次ないのー?」
「それで終わりだ。単行本発売するの待てよ」
「ちぇー」
アルクェイドは以前とまるで変わらず自由きままな生活を送っている。
時折俺の部屋に遊びに来ては、ジョジョの奇妙な冒険を読みあさっていく。
第六部を読み終わってしまったので、次はスティール・ボール・ランだ。
「早く出ないかなー」
次の話が出るのはまだかまだかと待ち遠しそうにしている。
あの戦っていた時と同一人物なのかと疑ってしまうくらいだ。
「騒がしいですよ兄さん! ……ってまたそんな女を連れ込んで!」
「連れ込んでない! 勝手に入り込んで来るんだよ!」
「まったく! 警戒心が足りないんです兄さんは!」
秋葉は遠野の当主と学生という立場を両方しっかりこなし、さらに俺の私生活まで監視するという超人的な仕事をやってのけていた。
「たまには休んだらどうだ? そう怒ってばっかりじゃ疲れるだろ?」
「誰が怒らせてるんですか。まったく……」
多忙な毎日なんだろうが、本人はこれで結構満足しているらしい。
時折こうやってアルクェイドに生活を邪魔される事を除けば。
「おやおや。騒がしいと思って来てみれば」
「あなたを喧騒です」
「琥珀さん。翡翠も」
翡翠は胸元に黒猫を抱えていた。
「あれ? レンじゃないの」
そう。翡翠が抱えているのはレンだ。
いつの間にかレンは遠野家に居ついてしまったのである。
「元気?」
レンに向かって手を振るアルクェイド。
レンは答えるようにしっぽを振った。
「あはっ。レンちゃんは可愛いですねー」
「ええ」
翡翠と琥珀さんはレンをとても気に入り問題なく暮らしている。
アルクェイドも別にそれでいいと思っているらしい。
「そういえばこの間瀬尾から電話が入りましてね」
思い出したように話し出す秋葉。
「うん。何?」
「あの時の体験をそのまま本にするそうです」
「へえー。そうなんだ」
アキラちゃんは本を書くのが趣味とか言ってたからな。
きっと面白い物が出来るだろう。
誰も実話だとは信じないだろうけど。
「シオンさまは元気でやっておられるのでしょうか」
翡翠がそんな事を言った。
「便りがないのはいい便りって言うしね」
シエル先輩からの連絡も特にないし。
「……何やってるのかしらね、シエルも」
もう帰ってこなくていいとか言ってた割に、アルクェイドはしょっちゅうシエル先輩の事を気にしていた。
それを秋葉に茶化され一騒動あったのだが、あんまり思い出したくはない。
「あの二人なら大丈夫でしょう。厄介ごとのほうから逃げていっちゃいますよー」
「確かに」
数少ない知性派だからなあ。
「わたしが加わればパーフェクトトリオの完成だったんですけど」
「むしろマイナスなんじゃないの?」
「もう。秋葉さまー?」
むっとした顔をする琥珀さん。
「非常に正しい意見だと思います」
「ひ、翡翠ちゃんまで……」
「はっはっは」
思わず笑ってしまった。
「っていうか琥珀はさ……」
アルクェイドも話に加わり、盛り上がる女性陣。
ジリリリリリ。
「うん?」
電話の音が聞こえた。
「そんな事はありませんよ。むしろ秋葉さまなんかー」
どうやら俺しか気付いていないらしい。
やれやれ。仕方ないな。
俺は電話を取りにいった。
「も、もしもしっ!」
受話器からは妙に慌てた声が聞こえた。
「あれ? アキラちゃん?」
それはアキラちゃんの声だった。
「えっ? し、ししし、志貴さんですかっ?」
なんだか俺が出たせいでさらに動揺してしまったようである。
「……えと、落ち着いて。どうしたのかな」
「あ、は、はい。聞いてください。実はマンガを描いてたら予知が……」
「ふんふん」
受話器を置く。
「……マジで?」
三秒も立たないうちに再び電話がなった。
「は、はい」
アキラちゃんから聞いた話で混乱している頭のまま受話器を取る。
だから、俺は彼女の声を聞いて本当に驚いた。
「みんな! みんなっ!」
慌てて部屋に飛んでいく。
みんなは話に熱中していたようだが、翡翠はレンと戯れていた。
なにやらCDをいじっているようだけど、今はそんな事はどうでもいい。
「な、何よ志貴。どうしたの? そんなに慌てて」
「アキラちゃんの予知が……いや、もう当たったからいいんだけど!」
「何を言っているんですか兄さん?」
「二人が帰ってくるんだ!」
「二人……ってもしかして」
アルクェイドが顔を輝かせる。
「シエルと!」
そう。彼女を連れていった先輩と。
「シオンですかっ?」
アトラスの錬金術師であり。
俺たちの友人でもあるシオン。
「二人が帰ってくるんだ!」
翡翠のいじっていたCDの音楽が鳴りだした。
THE BETALES "GET BACK"
完