ゲーム機で遊ぶという事はあっても、そういう遊びをする事って少なくなった気がする。
昔はよくタコあげもやったんだけどなあ。
「というわけで遠野家カルタ大会を開催しようと思います」
「カルタか」
琥珀さんにしては全うで筋の通った提案だった。
「もちろん札は全部わたしの自作ですよ〜」
……と思った俺がバカだった。
「カルタしようよ」
「まあわたしが取る側になっちゃうと有利なんで公平に読む立場ということで」
「本当に貴方はつまらない事に情熱を注ぐのが好きねえ」
「いやですよ秋葉さま。褒めたって何も出ませんからね?」
「……」
秋葉はなんともいえない顔をしていた。
「ほんとに……新年早々……」
「まあいいじゃないか」
床に散りばめられたカルタには色々と凝った絵が描かれている。
秋葉じゃないけど、ほんといつこんなもの作ったんだろうなぁ。
「姉さん、ルールは普通のカルタと同じで宜しいのですか」
「はい。お手つきありの、重なった場合は下に手があるほう。奪いっこはなしですよー」
「そりゃ平和的でいいなあ」
奪いっこありだと完全に別ゲームになるからなぁ。
「逆に何かありそうで怖いですが……」
「お正月に変な事はしませんってー」
それはどうだろうなぁ。
「はーい、準備はいいですねー。読みますよー」
「……まあ、いいでしょう」
とりあえずゲームが始まらないとなんともいえないからな。
『いつも笑顔が素敵な琥珀さんー』
「……自分で笑顔が素敵とか……」
「あ、これだ」
ちょうど目の前に「い」の札があった。
「な……兄さんっ!」
「いやもうゲームは始まってるから」
俺は正当な手段で札を取っただけだぞ。
「……そうですか。ならばこちらも手加減しません!」
「あ、あはははは……」
秋葉の場合、熱くなって自滅するパターンが多いからなぁ。
「冷静になったほうがいいと思うぞ」
「兄さんに言われたくありません!」
『可愛い可愛い翡翠ちゃんー』
「か、か!」
「か、か……」
「……姉さん、この札の言葉はもう少しどうにかならなかったのですか?」
探している間に翡翠に取られてしまった。
「ってか滅茶苦茶絵に気合入ってるね……」
「そりゃもう翡翠ちゃんですから」
その絵にはこれでもかってくらいの愛情が注がれていた。
「これ、俺とか秋葉もいるのかな」
「そりゃもちろん」
「ふーん……」
読まれるのが楽しみなような、そうでないような。
「次ですね」
札が読まれる。
『シエルさんといったらカレーでしょうー』
「か、か……!」
いやなんでかを探してるんだ俺。
「し……!」
文字からして、多分カレーの絵が描かれているはずだ。
「あった!」
その札に向かって手を伸ばす。
ぱしっ!
「うっ!」
ところが俺よりも先にその札をめくる手があった。
「私の勝ちですね」
秋葉だった。
「あー。ダメですよ秋葉さま。それはお手つきです」
「……え?」
目をぱちくりさせている。
「だって、カレーが……」
秋葉の取った札には「ひ」の字が書かれていた。
「それは『百倍の辛さでも大丈夫』ですね」
「フェイントか……!」
絵柄と先入観をたくみに利用した罠。
「というわけで秋葉さまは一回お休みです」
「ぐっ……!」
苦々しい顔で札を置く秋葉。
「これが『し』ですか?」
「そうそう。翡翠ちゃんさっすがー!」
なんてことをやっている間に翡翠に札を取られてしまった。
「そういやまだ札取ってなかったもんな……」
遊びなのでこの辺はアバウトである。
正式なルールのカルタだとダメだったりするんだろうか。
「では秋葉さまはお休みの状態で……」
この間にちょっとでも有利になっておきたいけど。
『朴念仁とは誰のことー』
俺だ!
俺の絵が描かれたやつ……
それでいてなお「ぼ」か「ほ」の文字が書かれたもの!
「これ……か?」
それらしき札を手に取った。
「はい。そちらですねー」
たしかにそれは「ほ」の札である。
ただ、描いてある絵柄がいかにもダメダメな男で……
「別に志貴さんの事とは言ってませんしー」
「……」
いぢめだ。これは新手のいぢめだ!
「次ですねー。『まな板を綺麗にするには……』
「琥珀ぅっ!」
「た、ただの台所の裏技ですよー!」
どう考えても確信犯だった。
『とっても愛らしい翡翠ちゃんー』
どうでもいいけどこれ、適当な頭文字に名前を当てているだけなんじゃないだろうか。
いやまあ、カルタってそんなもんなんだろうけど。
「これね!」
「それはラブリー翡翠ちゃんですねー」
「何が違うのよ何がっ!」
「全然違いますよ〜。まずここがー」
まあ、予想通りの混沌である。
で。
「長かった戦いもあと1枚になりましたー」
激闘の末に最後の決戦となった。
ちなみにそれぞれの数は秋葉と俺がほぼ五分、翡翠が大幅に少ないといった感じだ。
翡翠が遠慮してくれた……というか俺と秋葉の剣幕に押されてしまったんだろう。
「お二人とも、頑張ってください」
もはや完全にギャラリーその1になってしまっていた。
「秋葉さま、志貴さま、準備はよろしいですかー?」
「もちろんだ!」
「いつでも構いません」
なんかこう、無駄に熱くなっているところなんか、秋葉との兄妹の絆を感じてしまったり。
いや血は繋がってないんだけど。
「いきますよー!」
ちなみにラストの札は狙い済ましたかのように「ん」の札だ。
果たしてどんな言葉が……!
『いやよいやよもすきのうち』
「……っ!」
びたっ!
札に触る寸前に手を止める。
「姑息な真似を……!」
どこにも「ん」なんて文字は入っていなかった。
まさかこんな場所でフェイントを仕掛けて来るとは。
さすがは琥珀さんというかなんというか。
「危なかったな」
もう少しでやられるところだった。
「では今度こそいきますよー」
これで最後だ!
『ん? このスイッチは一体なんだろう?』
「とったぁー!」
「貰いますっ!」
二人の手が同時に伸びる。
何か怪しげな窪みの上に乗った札に……
……スイッチ?
考えている間に手が重なってしまった。
かちっ。
怪しい音が響く。
「やー、やっぱり最後はオチがないと……」
「……まさか」
「琥珀……!」
何もかも、遅かったのだ。
最初から全て仕組まれていた事。
勝負の行方なんかどうでもよくて。
「こぉーはぁーくぅ〜!」
「きゃー、秋葉さまが怒ったー!」
天井から降ってきた墨で真っ黒けになった秋葉が琥珀さんを追いかけまわしている。
「あの人はどたばた出来ればなんでもよかったんだ……」
やりたかったのはただそれだけである。
「さしずめ、新年初追いかけられというところでしょうか」
「……あはは」
翡翠が綺麗にまとめてくれた。
「さって、そろそろ俺も加勢しようかな」
スイッチを同時に押した俺も真っ黒けなのだ。
「ご武運を」
ほんともう、琥珀さんの思うがままになってしまった。
まあそれもいいだろう。
「こらぁ〜! 琥珀さぁーん!」
俺は腕を振り上げて秋葉と共に琥珀さんを追いかけるのであった。
完