昼休み、学食に向かっている途中シエル先輩が声をかけてきた。
「どうしたの先輩」
「実はちょっと悩んでいる事がありまして……」
「え?」
先輩が悩むなんて珍しい。
「俺でよかったら話してくださいよ」
普段世話になっているんだから、こういう時にお返ししないとな。
「実は……」
「うん」
「わたしって地味じゃないですか?」
「華麗なるシエル」
「ソンナコトハナイデスヨ?」
「遠野君、どうして片言なんですか?」
「いやー……」
さて俺はなんとフォローするべきなんだろう。
「せ、先輩が地味なんじゃなくて、他の連中が濃すぎるんじゃないかなっ?」
特に琥珀さんあたり。
「そう言って下さるのは嬉しいです。ですがこれはもう避けようもない事実なんです」
「うーん」
先輩が派手派手になったらそれはそれでもう先輩じゃない気もするんだけど。
「取り合えず茶道室に移動しましょう」
「あ、うん」
なんだかえらく久しぶりに行く気がする。
「これも忘れられがちなんですよね……」
部屋に入る際に先輩がぼやいていた。
「それで遠野君」
「はあ」
正座して向き合う二人。
「わたしのいいところって何だと思います?」
「カレー」
「……怒ってもいいですか」
「いや冗談ですって」
しかしシエル先輩といったらカレーだしなあ。
「どうせわたしなんてそれくらいしか特徴がないんですよ……」
「そ、そんな事ないってば」
「じゃあ何です?」
「……メ、メガネ?」
「わたし本体じゃないじゃないですかっ! メガネをかければ誰でもいいんじゃないですかっ?」
「え、いや、それはその」
例えばアルクェイドやら秋葉やら翡翠やら琥珀さんやらがメガネをかけたら。
「……」
先輩よりいいかもと一瞬思ってしまったのは永遠に内緒にしておこう。
「た、頼りになる先輩じゃないか」
「ええ。それは重要な要素です。しかし」
「しかし?」
「学校を出た瞬間、それは意味のないものとなってしまいます」
「いや、別にそんな事は……」
「ありますよ。学校から出た瞬間、秋葉さんたちにアドバンテージが移ってしまいます!」
「ま、まあ一緒に住んでるからね……」
こればっかりはどうしようもないし。
「かといって遠野君を永遠に学校に束縛出来る訳はないですし」
「勘弁してくださいよ……」
先輩が本当に本気を出したら出来そうな辺りが怖い。
「……こう、ですね」
「なに?」
「イロモノに走ると個性が出る気はするんですが」
「それは否定出来ないけど」
色々と大事なものを失う気がする。
「カレーにフリッカー。他に何をしろというんでしょう」
「……ああ」
「どうかしました?」
「い、いえ、なんでもありません」
そういえばフリッカーネタなんてものもあったなと今更のように思い出した。
「他にいいところ……は」
ええと、何かないか。
「い、意外と情に厚い事?」
「意外は余計なんじゃないですか」
「い、いや、一見クールだけど実はってことで」
「普段のわたしはクールでもないですよ」
「……先輩の場合、戦闘と日常でキャラが違い過ぎるからなあ」
そのせいでどっちつかずになっているのかもしれない。
「いっそ普段もクールに徹するとか」
「それは翡翠さんがやってるじゃないですか」
「……いや、翡翠は別に……」
やりたくてやってるわけではないと思うのだが。
「わかりました。じゃあ逆にしましょう」
「逆?」
「わたしの悪いところを教えて下さい」
「ええっ?」
「そういった点を改善する事によって、良さをアピールするんです!」
「……」
欠点ってのは逆に個性に成りうるものでもある。
例えばそれはアルクェイドの傍若無人さであり、秋葉の怒りっぽさ、翡翠の料理下手、琥珀さんのイタズラなどである。
「先輩は……」
「はい」
「……いつもギリギリのところでツメが甘い」
「うっ!」
思いっきり顔をしかめている先輩。
「だ、大丈夫?」
「え、ええ。平気です。次をどうぞ」
「そう? じゃあ……」
言ってしまっていいんだろうか。
「いくらカレー好きだからって、カレー3食はどうかと思う」
「う、ううっ!」
「ネタとしてはいいかもしれないけど、これはもうかなりイロモノの部類で……」
先輩といえばカレー、カレーといえば先輩くらいのレベルになっている。
「……そのせいで他の要素が弱いんだと思う」
もっといいところもあるはずなのに、隠れてしまっているのだ。
「じゃ、じゃあカレーを食べずにスパゲティでも食べていればいいんですかっ?」
「う、うーん」
それはそれで不評を買いそうな気はするのだが。
「安易にカレーに走るからよくないんじゃないかな」
「……はぁ」
「カレー以外の話題で何か盛り上げるとか」
「それはまあ出来ない事はないですが」
「気乗りしない?」
「……地味じゃないですか」
まあそりゃ確かに。
「会話してるだけってのは地味だけど重要な部分だと思うよ?」
琥珀さんなんか会話の内容でキャラが立ってるような気がするし。
「アルクェイドだってしつこいくらいせまってくるから印象があるわけじゃない?」
「……わたしも積極的に迫ればいいんですかね?」
「それはもう過剰気味だからなあ」
今更その戦線に乗ってもキツイと思う。
特に俺が。
「逆にこう、控えめ、大人しさを演出していってさ」
「はぁ」
「戦闘の時だけはっちゃけるとか……」
「翡翠さんがそれをやったら面白そうですね」
「……うん」
同じ事をやったら先輩は霞んでしまうと思う。
「もっとこう、わたしでしか出来ない事を!」
「カレー」
「遠野君っ! それはあんまりじゃないですかっ!」
「い、いや、だって……」
くどいようだけど先輩イコールカレーなわけだし。
「わかりました!」
「え?」
「わたしはカレーを止めます!」
「え、えええっ!」
本気ですか先輩っ?
「それによって今まで隠れていた個性を浮き立たせるんです!」
「そ、そう……」
どうやら先輩の意思は固いようだ。
「頑張ってね……」
俺には応援する事しか出来なかった。
「というわけで遠野君?」
「な、なんですか?」
「昼休みも残り少ないですし、食堂に行きましょう!」
ああ、そういえば昼だったんだっけ。
先輩の勢いに飲まれてすっかり忘れていた。
「スパゲティを!」
先輩が告げた瞬間、学食のおばちゃんはオバケでも見たような顔をしていた。
「ほ、本気なのかい?」
「はい!」
「……そう、かい……」
遠い目をしているおばちゃん。
恐らく今までこの学食でカレー以外のものを頼んだ事がないだろう先輩だ。
その印象はおばちゃんにとっても大きかったんだろう。
そして今、それが……崩れた。
「……長いような……短いような……楽しい時間だったねえ……」
多分ゲームだったら顔ナシに違いないだろうおばちゃんが感慨に浸っている。
「先輩、本当にいいの?」
「……い、いいんです」
「そう、ですか……」
いいんだろうか、これで。
何か大切なものを失ってしまう気がしてならない。
「おーい」
「ん」
振り返ると見知った顔だった。
「有彦」
「今からメシか? 遅いんだな?」
「まあ色々あってさ」
「ほう?」
「かくかくしかじか」
「ふーん」
これで通じるんだから悪友ってのは凄いと思う。
「でも、センパイ」
「なんですか?」
先輩のメガネが曇っているように見えた。
まさか泣いてるんだろうか。
いやそんなまさか。
「……その、こんな事言うのもアレかと思うんですが」
有彦は、コイツにしてはとても遠慮しがちに、そして俺が無意識に恐れていた事を告げた。
「カレー好きって個性が消えたら、ますます地味になっちまうんじゃ……」
その日、学食のカレーは一人の女子生徒によって完食された。
そして怪奇カレー女と学校中の噂になり、皆の注目を集めたのだが。
地味だということを悩んでいた彼女は、そのことをまるで喜ばなかったとさ。
完