それはもう至極もっともな意見である。
だがそれがはいそうですかと実行出来れば苦労しないわけで。
そもそも何が説得力ないかって。
「そういうのは風邪を引く前に言おうね、琥珀さん」
「あはは、面目ありません」
珍しく琥珀さんが風邪を引いて寝込んでしまったからである。
「風邪、ひかえめ」
「前にもなんかこういう風に看護した気がするよ」
「ですねえ」
琥珀さんが倒れる=家事を出来る人間がいないということで、割と琥珀さんが治るかどうかは死活問題だったりする。
そりゃ俺も家事を出来るわけだが、秋葉の舌を満足させる料理なんかはとても無理なのだ。
ついでに倒れて初めてわかったのだが、あれやこれやと細かい部分で不備が出てくる。
「琥珀さんが悪戯ばっかりしてるんじゃないってことはよくわかった」
「普段からそういう評価をして頂ければ嬉しいんですがー」
まあそういう意味では、この風邪は琥珀さんのいいところを再確認出来たいい機会だったわけだ。
「やっぱりこの家には琥珀さんが必要だよ」
「そう言っていただけると嬉しいですねー。……ん、ごほごほっ!」
「……大丈夫?」
「あ、はい。咳は出ますが熱は大分下がりましたので……」
今回の風邪は割と大変なものだったらしく、あの琥珀さんが一切ネタに走らなくなっていた。
「そっか。よかった」
それはそれで調子が狂うと思うのは、もう琥珀さんに毒されてる証拠なんだろうか。
「何か話でもする?」
「あー、そうですねえ。いっつもわたしのほうから話題振りなんでそれは斬新で素敵です」
「あはは……」
普段からこう持ちつ持たれつであればいいんだけどな。
なんだかんだで俺は琥珀さんに頼りきりなのかもしれない。
もっとしっかりしないと。
「えーと何の話がいいかな」
「どんな事でもいいですよ」
「じゃあ、政治経済の話」
「出来るんですか?」
「……ごめんなさい」
今の総理大臣は誰だっけ? 田中三郎?
「学校の話とかどうです?」
「学校か……」
授業にしても休み時間にしてもマンネリしている感はあるが。
琥珀さんにとっては新鮮な話だろう。
「まず朝教室に行くと、まばらに生徒がいるんだ」
「それはまあ、みなさん登校時間が違いますからね」
「で、この時点で賭けがあってさ」
「あら、何を賭けるんです?」
「まあ、学食のうどんに乗せる卵程度なんだけどさ。有彦が来るか、来ないか」
なにせ時代遅れの不良を具現化したような男なので、遅刻早退無断欠席は当たり前なのだ。
「さすがに年末はちゃんと来てたけどさ」
来なきゃ進級出来ないぞと脅されたと笑って話していた。
「もう終業式は終わられたんですよね?」
「うん。クリスマス前に」
道を歩いていていやに学生が多くて驚いた。
それと同時に、ああ自分も学生だったっけと当たり前の事を思い出して苦笑したり。
「あれほどつまらないイベントを俺は知らない」
校長先生の話と、冬休みはうんちゃらかんちゃらというやつだ。
「真面目に聞かないとダメですよー?」
「いや、一応聞いてるけどさ」
なにせ内容がつまらないので眠くなってしまうのだ。
「ちなみに有彦は爆睡して体育教師に怒られてた」
「有彦さんは愉快ですねえ」
「バカなんだよ単に」
多分、色んな意味で琥珀さんと波長が合う気がする。
「あはは……ごほごほっ」
「っと。大丈夫?」
「あ、はい。油断するとダメですねぇ」
「うーん」
こう面白い話は避けたほうがいいか。
逆につまらない話……
「と、隣の柿に塀が出来たってね」
「色々と間違ってますよ志貴さん」
「うん」
自分でもそう思う。
「翡翠とか呼んで来ようか?」
「いえ。風邪を移したら悪いですから」
「俺はいいの?」
「またそういう意地悪な事言うんですね」
「冗談だって」
俺は好きで琥珀さんの看病やってるんだから。
「でもこう、大人しい琥珀さんは可愛くていいな」
「普段のわたしは可愛くないんですか?」
「んー。そうだね。お茶目さが強いからわからないのかも」
「……志貴さんのほうが風邪引いてるんじゃないですか?」
「なんで?」
「だって……普段言わないような事言うんですもん」
そう言って布団で顔を隠してしまう琥珀さん。
この、なんていうか普段とのギャップが凄くいい。
普段のお茶目さの裏にはこんな一面があった、みたいな。
「つんつん」
調子にのって頭をつついてみる。
「もう……」
ぶすっとした顔を出す琥珀さん。
「あ、そうだ。おじや作って上げるよ」
「あー。確かに何も食べてなかったですねえ」
言うとどうじにきゅるるーっと可愛いお腹の音がなった。
「あ、あはは……」
「じゃ、準備してくるよ」
こりゃ腕によりをかけて作らないと。
「出来たよー」
「あ、はい」
俺が部屋に入ってきたのを確認して起き上がる琥珀さん。
「ああ、うん。寝てて寝てて」
「それじゃ食べられないじゃないですか」
「そんな事はないって」
俺はあることをするつもりだったのだ。
「え、まさか?」
「もちろん」
スプーンでおじやをすくい、息をふーふーとかける。
「はい。あーん」
「あ、あーんって志貴さん……」
「あーん」
「……その、ものすっごく恥ずかしいんですが」
「大丈夫だよ誰も見てないから」
とかいうとなんか怪しい事をしている気分になる。
「あ、あーん……」
渋々ながらといった感じで口を開ける琥珀さん。
ぱくり。
「ん……おいひ……」
目を細めて味わっていた。
「よかった。こういうのはシンプルだけど美味しいよね」
「そうですねぇ。特に微妙な味付けが……」
「あ。わかるんだ」
風邪の時って割と味覚おかしくなるんだけどな。
「まあなんとなくですけどね」
「そう」
再び冷まして口へ。
「あーん」
「あーん」
二回目ともなると抵抗もなかった。
「おいひいれす……あむ……」
「あ、あはは……」
狙ってはないんだろうけど、なんかえろい。
「やっぱり愛情のなせる技じゃない?」
今日の俺はひたすらクールダンディである。
なんか違う気もするが。
「あはは。そうですかねえ」
照れくさそうに笑う琥珀さん。
ゆっくりとした時間が流れ、食事が終わった。
「んじゃ、片付けるかな」
「あー、志貴さん」
「ん?」
「こう、甘えるついでといってはなんなんですが」
「何?」
「頭撫でて貰っても、いいですか?」
「……」
それを断る理由は俺には一切なかった。
優しく琥珀さんの頭を撫でてあげる。
「あ……」
満足そうに微笑む琥珀さん。
「風邪が治ったら、ご褒美あげますね?」
「なに?」
「うふふ……」
笑って自らの唇に触れる。
なるほど、今やったら移っちゃうからな。
「楽しみにしてるよ」
「はいっ」
まあ多分それだけじゃ済みそうに無い気がするが。
久々にいちゃいちゃ出来て俺はとても満ち足りた気分であった。
完