あの無茶苦茶な計算理論を聞いて警戒しすぎたんでしょう。
安全策を取って失敗したといういい例です。
「わ、わたしまだ死んでないんですが……」
ななこさんの言葉はさらりと流しておいて。
「さあ、わたしの大活躍がはじまりますよーっ!」
次回の放送前にはビデオかDVD準備が必須ですっ!
「君も今日から魔法少女!」
その14
「それそれそれそれっ! マジカル☆スマーッシュッ!」
ぼこがずどかべき。
わたしの必殺技でネロさんは次々破壊されていきます。
「単に殴ってるだけ……なんじゃ……」
「余計な事言うとうっかり手が飛ぶかもしれませんよ」
「……がくり」
わざとらしい気の失い方をするななこさん。
「くっ……い、いかん、合体を……」
「させませんっ!」
まあ今は脇役なんぞに構ってる暇はないのです。
ラスボスとの壮絶な戦いの最中なのですから。
「マジカル☆スラーッシュ!」
ほうきによる横薙ぎ。
「き……さま……っ!」
ぼろぼろと崩れていく混沌。
「次はっ……あれ?」
気付くとわたしの周囲にネロさんの姿はもうありませんでした。
「も、もしかして全部倒してしまったんでしょうか」
ラスボスにしてはずいぶんあっけない最後でしたねえ。
「ま、まだです! あそこ! 見てください!」
「はい?」
ななこさんの声。
見ると空を指差していたので目線をそちらへ向けました。
「か、カラスっ?」
夜の闇に紛れて見辛いですが、カラスが空を飛んでいます。
「きっと琥珀さんが飛べないのを悟って空に逃げたんですよっ」
「ひ、卑怯な……」
ヒロインの弱点を狙うのは悪役の鉄則ですけれども。
「……そもそも飛べない魔法少女ってのが間違ってるんですよね……」
なんて不完全な魔法少女なんでしょう、わたしは。
「けれどその逆境を乗り越えるのが真の魔法少女っ!」
魔法で足りない部分を努力根性で補う、そういう面も魔法少女にはあるのですっ。
「お、おおお? 琥珀さん、いやに燃えてますね?」
「当然です。最終話は熱血路線に決まってるじゃないですかっ。さあ追いますよっ」
「は、はいっ」
ななこさんの手を掴み宙を舞うわたし。
「熱血、愛、勝利。それが最終話に必要なものなんですっ」
「ね、熱血っ」
「そして尊い犠牲っ! 魔法少女を庇って倒れていく仲間たちっ」
「魔法少女を庇……え?」
一瞬ななこさんのスピードが落ちました。
「ピンチの時は助けてね、ななこさん」
「な、なんかのパクリっぽいですよそれーっ!」
まあこんな時でもお約束は必要ということで。
「……しかしどこに行くつもりなんでしょうか……」
ななこさんですら追いつけないほどのスピードで飛んでいくネロ=カラス。
「わかりません。けどなんだか嫌な予感がします」
「……」
この方角……まさか。
「あっ! 降りていきますよっ!」
「……!」
本当にこういう時ばっかり予感と言うものは当たってしまうものなのです。
「遠野家……」
ネロ=カラスの降りて行く場所は、半分は解されてしまっている遠野家でした。
「まさか」
まさか翡翠ちゃんの体を乗っ取るとか極悪非道な事をやらかすんじゃないでしょうねっ?
「な、ななこさん、急いで急いでっ!」
「く、首……首は駄目です〜」
「ちょ、ちょっとっ〜!」
へろへろとバランスを崩して落下して行くわたしたち。
ちゅどーん!
「……まあ、この魔法フードが頑丈なんで無傷なわけですが」
また遠野家に新たな傷跡が増えたというのに、わたしの体はてんで無傷でした。
このフードの防御力だけは評価してあげてもいいかもしれませんね。
「わ、わたし頑丈なのだけが取りえですから」
「ええ、それは知ってます」
そうでなければとっくの昔に始末して……いやいや。
まだ利用価値がある人は生きててもらわないと困っちゃいますよね。
「……な、なんか黒い意識を感じるんですが」
「えー? ネロ=カラスさんのものなんじゃないですか?」
危ない危ない。
そういえばさっきななこさんと心の声で会話したこともありましたもんね。
最初はななこさんの飛行スピードにも耐えられなかったのに、今は平気でしたし。
わたしが魔法少女としてパワーアップしてるということなんでしょうか。
「って今はそんな話をしてる場合じゃないんですよっ! もしかしたらネロ=カラスの目的は……!」
かつん。
足音に振り返るわたし。
そこにいた人は。
「やあ、琥珀さん」
「志貴さん……生きてらしたんですか?」
最初にKOされてそのままフェードアウトしていった志貴さんでした。
「驚かせないでくださいよ。今大変なところなんですから」
「そうみたいだな。この屋敷の壊れようからすると」
そのへんは全部この精霊さんのせいなんですけどね。
「俺に出来る事があったら協力するけど?」
「志貴さんがですか……」
「琥珀さん。ここは是非志貴さんに協力してもらうべきだと思います」
「まあ普通に考えればそうなんですが」
そこで是非協力してくださいなんていうわたしではありません。
「あなた……ネロさんじゃ……ないですよね?」
わたしはそう尋ねました。
「ネ、ネロっ? この志貴さんはネロの変装だっていうんですかっ?」
途端に慌てた声を出すななこさん。
「もしくは本物の志貴さんを乗っ取ったか……どちらかはわかりませんけれど。それなら遠野家に逃げてきた事の証明が出来ると思いません?」
「……なるほど。志貴さんはレアな能力の持ち主ですしポテンシャルも高い……奪うには最適の体ですもんね」
「ななこさんの話では個人的な恨みもあるようですし」
「おいおい。何言ってるんだ? ネロは俺が前に倒した。今更復活するなんてあり得ないよ」
「ええ。志貴さんってば最強ですもんね。ネロさんなんてけちょんけちょんにしたんでしょう」
「当然さ」
どんと胸を叩く志貴さん。
「……で、でも復活してるのは事実なんですよぅ」
困った顔をしているななこさん。
「そうなのか……でも大丈夫だよ。俺が倒してやるから」
「た、頼もしいですねっ」
「……ですねえ」
わたしは言い終えた瞬間志貴さんに向けてほうきを薙ぎ払いました。
「わ。ちょ、ちょっと……何するんだよ琥珀さん」
「……あなた偽者ですね。志貴さんではありません」
「え? な、何を言ってるんだよ」
「志貴さんはですね……これでもかってくらいのお人よしなんですよ。志貴さんが危険な戦いに巻き込まれてたなんてわたしは今まで聞いた事がありませんでした」
「え……」
驚きの声をあげるななこさん。
そうです。志貴さんは今の今までそんな戦いに巻き込まれていたことなんて話してくれなかったんです。
それは恐らくわたしたちに心配をかけまいという配慮からだったんでしょうけれど。
もちろんそれについてわたしが全く知らなかったというわけではありません。
ですがその詳細……戦った相手の名前などまではわからなかったんです。
「わたしがネロさんを知っている事についてあなたはまるで驚きませんでしたね?」
そう、わたしはその事までは知らなかった。
「普通そこで驚くんじゃないですか? え? どうして琥珀さんが知ってるんだ……って」
「ふふ……ふふふふふ、ふふふふふふふ」
志貴さんはとても低い声で笑い出しました。
いえ、それはもう志貴さんの声ではありません。
「やはり……ネロ……ですか」
わたしは今まで続けていた「ネロさん」という呼び方を止めました。
こんな相手にさんをつける必要なんてなかったんです。
「貴様は今の我にとって最も厄介な相手のようだな」
「ありがとうございます。そりゃ魔法少女ですから、わたしは」
わたしが怒るなんて滅多に無い事ですけれど。
今わたしは間違いなく、激怒しています。
「そうだ……この男の体は我が支配している……」
ネロは黒い刺青のような形で志貴さんの体を覆っています。
「さあどうする? この男もろとも我を殺すか?」
「そういう展開なんですよね……」
ほうきの薙ぎ払いではだけた志貴さんの胸には、いつか見た事のある深い傷跡がありました。
それは志貴さんが志貴さんである証。
「……志貴さんの体、何としてでも返してもらいます」
絶対に許しませんよ……ネロ!
続く