わたしは同級生の問になんと答えていいのかわからなかった。
「もしかして彼氏とか?」
「そ、そんな事ないよ。あはは……」
瀬尾晶の年末予定なんて、毎年決まりきっているのだ。
「今年のコミケは大晦日……と」
年収めに行くのはヲタク最大のイベントである。
「コミケに行くまで」
「寒い……」
朝5時、起床。
まだ空は真っ暗だ。
マフラージャンパー手袋に靴下二枚、頭には毛糸の帽子。
完全武装で挑む。
冬のコミケに服を着すぎて困るということはない。
会場内は人が多すぎて暑いけど、待っている時間で寒さで体力を消費するほうが問題だ。
特に大手外サークルに並ぶ人はホッカイロなんかも用意するといい。
まあわたしの事なんだけど。
「飲み物にスケブ……お金もある……」
冬に飲み物はいらないと思われるだろうが、これがあるのとないのでは大違いなのだ。
当日に買うのはホットだけ。これで手間が節約できる。
「サークルチェック票に袋……」
リュックなどを持って行くのはもちろんだけど、たくさん本を買う予定の場合は大きな紙袋なんかを別に用意するといい。
これも勿論わたしの事である。
「それと委託してもらう本を持って……」
これらに加えて当日限定コピー本なんかを持って行く場合はそれを用意。
ここ数日の睡眠時間数はあんまり考えたくない。
だって作りたかったんだもん!
「後は……」
知り合い関係のサークルチェックは済ませてある。
今年は地方から来られる方が多いのでなんとしても挨拶せねば。
「予備の財布……と」
これは万が一財布を落としてしまった場合に使うものである。
大抵は、メイン財布のお金を使い過ぎてしまったために帰宅用のお金を出すために使われる。
ついでに小銭はたくさんあるし、お札は全部1000円札だ。
後は……大丈夫だろうか。
「suicaもチャージしてある……」
JRを使う場合、これがとても役に立つ。
新木場から国際展示場へりんかい線を使う場合、切符を買う必要がない。
片道260円、往復520円。
suicaに1000円チャージしておけば安心だ。
もちろんそれ以外にJRを使う場合はそのぶんも。
「よし!」
準備万端。後は逝くのみ。
「って時間ないし!」
最寄駅から国際展示場へのルートは予め調べておいたほうがいい。
待ち合わせなんかがある場合はかかる時間も。
「集合時間に間に合わないかもっ!」
慌ててリュックを背負って外へ。
色々準備しておいても結局こういうところで慌てるのがダメな人である。
これで何もしてなかったらどうなったことか。
「急がないと……」
自転車で駅まで一直線。
駐輪場へ自転車を置いて、乗る予定の電車まで……
「間に合った!」
搭乗完了。
あとは乗り換え駅まで寝る。
そりゃもう全力で寝る。
先にかかる時間を調べたほうがいいと言ったけど。
ブルルルルルルルル。
「うわあっ?」
調べておけば携帯電話の目覚まし機能で乗り換え駅ギリギリまで眠れるのだ。
「あ、あはははは……」
ただそのバイブレーションのせいで身をびくつかせてしまう事もあったりするけど。
旅の恥は掻き捨て、気にしない。
「よっと」
電車を乗り換えさらに十数分ほど。
「乗り換えって……」
私鉄からJRへ。
ここからはsuicaの出番だ。
「……」
案の定、切符売り場は同業者さんたちで溢れていた。
先にチャージしておいてよかったよかった。
「次は……5分後かぁ」
電車が来るまで柱に寄りかかってうとうと。
ぷしゅー。
「はっ!」
気づいた時にはドアが開いていた。
「の、乗りますー!」
慌てて乗車。
「……ふぅ」
普段こんな時間に起きたりしないせいで頭がぼーっとしている。
徹夜ならした事あるんだけどなぁ。
「……」
この電車を降りれば新木場。
つまりはりんかい線に乗り換えである。
ここまでくればあとちょっと。
「……ふふ」
ああ、コミケに向かってるんだなぁという実感が沸いてくる。
「まもなく、新木場、新木場ー」
というわけでいざ鎌倉。
もとい国際展示場。
新木場から国際展示場はたった2駅だけど、多分1年のウチで1,2を荒らそう混雑ぶりである。
もちろん争いの相手は夏コミなんだけど。
「あー」
このいかにもコミケ客向けですよって感じのマンガ情報だらけの車内。
一般の人が見たらぎょっとするだろう。
途中の東雲……初見ではまず「しののめ」とは読めない駅も、たくさんのポスターだらけだ。
「今年はこういうのが流行ってるのかぁ」
どこの会社がどういうのに力を入れているかがわかったりして面白い。
「次は国際展示場、国際展示場」
車内がざわめく。
ああいや、最初から騒がしいんだけど。
とても朝っぱらの電車の中とは思えない。
電車が止まるとそれこそ乗っていた全員が降りるんじゃないかって勢いで出口に向かっていく。
「ふぅ」
ここまで来たらあせってもしょうがないのでゆっくりと降りる。
駅内はやっぱりヲタク向けポスターばっかりだ。
ひょっとしてこれ、明日には剥がされたりするんだろうか。
「サークル入場の方は右にー、一般参加者の方は左へー」
駅を出るとスタッフさんの声。
わたしは今回サークルのお手伝いなので右だ。
「今到着、と」
ケイタイでメールを送り、逆三角形の建物を目指す。
「見ろ! 人がゴミのようだ!」
と心の中で思うのはお約束。
横に作られた長い人の列。
列というかただのカタマリを横目に長い道を進む。
階段を昇り、多分この日の売り上げが年間で1,2を争うだろう以下略のコンビニへ。
「こんにちわぁー」
待ち合わせの場所で挨拶。
こうすんなり会えるのはレアで、大抵見つからずに電話して手を振ってもらうパターンが多い。
「ん、久しぶりー」
同人においても人生においても先輩のにゃんこさん。
当然ハンドルネームである。知り合った経由はインターネット。
コミケというイベントはこういった知りあいとのオフ会を兼ねているとも言える。
「はい。お久しぶりです」
「今週のうたわれラジオ聞いた?」
「はい。もう力也さんが素敵で素敵で……」
ヲタクなら大抵の人が聞いているんじゃないだろうか。うたわれるものらじお。
わたしはゲームの事なんかまるで知らなかったんだけど、知っているサークルの方がネタにしているので気になって聞いてみたのだ。
そしたらそれがまあ面白いのなんの。
「あっはうっへおっほっ……」
「力ちゃん素敵ぃ〜!」
知り合い一同で話が盛り上がってしまった。
「そういえば柚ねぇが主役のブソレンでヴィクターが力ちゃんでさ」
「ホントですかっ? じゃあラジオに呼んで貰わないと!」
「あっはっは。そしたら福ちゃん可愛そうだねぇ」
はて、何故わたしたちは自分たちのサークルジャンルでない話題で盛り上がってるのだろう。
まあヲタクってのはそういうものである。
「さ。そろそろ行きますか」
「そうですね」
これからサークルのお手伝いとしての仕事がたくさん待っているのだ。
もちろん自分の欲しいサークル巡りもしなくてはならない。
この大変さ、その充実具合。
ああっ、わたし同人をやっててよかった。
「じゃあ行くよアキラちゃん」
「はいっ!」
わたしはようやくのぼりはじめたばかりだ。
この果てしなく遠いコミケ道を……
完