「志貴さん大変です!」

なんて血相を変えた琥珀さんが部屋に入ってきた。

「ど、どうしたのっ?」

まさか何か事件が?

「もう来週がクリスマスですよっ!」
「……そうだね」

俺はベットに転がって布団を被る事にした。

まだ真昼間だけど、

「ああっ! これが由々しき事態だってことに気付かないんですか?」
「何がどう由々しいのさ」

どうせ家で過ごすんだから何も準備なんかいらないだろう。

「飾りつけとか用意しなきゃいけないじゃないですか!」
「おやすみなさい」

琥珀さんに背中を向ける。

「もう、志貴さーん!」
 
 

「恋人をサンタクロース」





「志貴さま、クリスマスの準備は大切なのです」
「……ずるいよ琥珀さん」
「何の話でしょう?」

琥珀さんの言う事を聞かないからって翡翠に説得させるとは。

「それを行う事で季節というものを実感出来ますし」
「……やらなくても寒いから冬だよ」
「志貴さんは夢がなさすぎです」
「だってなぁ」

そりゃ有間の家では都古ちゃんがいるからクリスマスツリーや飾り付けをする事もあった。

けどこの家にはいい年した……とは言えないかもしれないが、まあ青年男女しかいないわけだ。

「そんな事言っててサンタさんが来なくなって知りませんからね?」
「別にいいよ来なくたって」
「うわ! 聞きましたか翡翠ちゃん! 志貴さんが酷い事言いましたよ!」
「……志貴さま、その発言は取り消して頂きたく思います」
「え」

何でそんな過剰反応を。

「いい子にしてるとサンタさんが来るんですよ?」
「……それじゃ琥珀さんのとこには絶対来ないじゃない」

うん、絶対来るわけがない。

「だから最近はいい子じゃないですか」

なるほど、道理でここ数日平和だったわけだ。

「だからサンタさんは来るんです」

そんな僅かな期間いい子にしてればいいだなんて、サンタはどれだけ心が広いんだろう。

「ちなみにプレゼントは何をくれるのかな」
「ここ最近出たゲーム機を全種類頼んでみました」

もし俺がサンタだったら転職を考えるだろう。

「うん、サンタにもね、限界があると思うんだ」

お父さんお母さんの心境が理解できた気がする。

「わかってますよー。ホントに全部もらえるとは思ってないですから」
「……まあ、願うのは自由だけどさ」

それが実現するかどうかはともかくとして。

「志貴さまは何かないのですか?」

翡翠がそんな事を尋ねて来た。

「んー。特にはないなぁ」
「あら意外ですね。志貴さんの事ですから何でも言う事を聞く美女とか願うかと思ったんですが」
「そういうのは有彦の願いだろう」

だいたいそんな邪な願いを叶えるサンタなんかいない。

「じゃあいらないんですか?」
「何でも言う事をはともかく、美女は不足してない」
「あらまあ、お上手ですね」

くすくすと笑う琥珀さん。

「志貴さま……」

なんだかわからないけど好感度がアップしたようだ。

「アルクェイドとかシエル先輩とかね」
「……そうですね」
「さて飾りつけは何にしましょうか」

あれ? 何か冷たい反応なんですが。

「モミの木は用意してありますんで」
「いつの間に」
「やはり星はつけたいですね」
「白いふわふわもねー」
「……」

何か無視されて会話が続いてるのが悲しい。

「あとは願い事を書いた紙をつるして……」
「姉さん、それは七夕です」
「あれ? そうだったっけ?」
「クリスマスと七夕ってよくごっちゃにされるよな」
「七夕はさしずめ和風クリスマスってとこですかね」

ああよかった、反応が返って来た。

「で、飾り付けの準備を手伝って下さいますよね?」
「……わかったよ」

ノーなんて言ったら大変な事になりそうだ。

「予算は秋葉さまが出してくれますんで、いくらでも飾れちゃいますよ」
「ふーん」

秋葉もクリスマスには妙に協力的なんだよな。

「志貴さま、秋葉さまに資金を頂き買い出しに行きましょう」
「ん」

珍しく翡翠のほうから提案してきた。

「姉さんは他の準備で忙しいでしょうし」
「そうねー。色々と忙しいのー。色々と」

うふふふと怪しく笑う琥珀さん。

サンタ捕獲計画でも企んでいるんだろうか。

「まあうん、わかったよ」

翡翠と一緒に行くなら特に危険もないだろうし。

「宜しくお願いしますねー」
「ああ」

翡翠と二人で部屋を出る。

「姉さんの我侭につき合わせてしまって申し訳ありません」
「……いや、まあいつもの事だしね」

結局何だかんだでつき合うのが嫌じゃないって事も。

「今日はむしろ企みというか平和な事なんだしね」

クリスマスの準備をしてサンタクロースを待つ。

うん、実に健全じゃないか。

「それと、姉さんの言っていたプレゼントの事なのですが」
「ゲーム機全種類ってやつ?」
「はい。いかほどかかるのでしょうか」
「……まあ、結構な額だと思うよ」

最近のゲーム機は高いからなあ。

「そうですか。その予算を諸経費として提出できれば言う事はないのですが……」
「……」

どうやら遠野家のサンタクロースは翡翠らしい。

「大変だね、翡翠も」
「いえ。好きでやっている事ですから」

微笑む翡翠。

「こりゃ気合を入れて準備しないとな」
「はい」

翡翠を手伝う事で翡翠も喜び琥珀さんも喜ぶ。

一石二鳥じゃないか。
 
 
 
 
 

「……今回の予算はこの程度かと」
「そう。任せるわ」

少々色をつけた予算案も秋葉はあっさりと承諾してくれた。

「わかった。すげえ綺麗にしてやるから驚けよ」

そりゃもうやりすぎだってくらいに装飾してやろう。

「……張り切ってますね、兄さん」
「おう」

やると決めたからには楽しまなきゃ損だからな。

「そういや秋葉はサンタに何頼むんだ?」

冗談のつもりで聞いてみる。

「私ですか? 私は海外の……」

俺にはよくわからなかったが、後で翡翠に聞いたところによるとなんか有名なブランドものらしい。

「……経費が増えました」
「あはは……」

ほんとに全国のサンタさんは大変だよな。

「じゃ、そろそろ買いに行こうか?」
「そうですね」

買ったら飾りつけ、それとプレゼントをばれないところに隠す……と。

「あー」
「どうしました志貴さま」
「いや、子供の頃はクリスマスって純粋に楽しみだったんだけどさ」
「はい」
「サンタ側になるってのも案外楽しいもんだな」

もちろん苦労のほうが多いんだけど、それで喜ぶ姿を想像したら。

「はい。とても楽しいです」

苦労もちっとも気になりゃしないと。

「あーそれから」

これは今のうちに聞いておかなきゃな。

「何でしょう?」
「翡翠の欲しい物は何かな? もしかしたらサンタが届けてくれるかもよ」

翡翠は大きく目を見開いて、それから嬉しそうに笑った。

「そうですね……わたしは」

囁くような小さな声。

しかしその言葉はっきりと俺の耳に届いた。
 

「志貴さまが、欲しいです」
 




あとがき
琥珀さんSSと見せかけて翡翠SS。裏方仕事というものも案外面白いものですよと。
翡翠はこういう奉仕精神がよく似合います。
まさにメイドの鏡。クイーン・オブ・メイド。


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