「さあ、翡翠ちゃん、カモーンっ」
「……行きますっ!」

構える翡翠。

「最後はこの球で……」

高く球を上げる。

そして放たれた球は。
 

「サタデー・ナイト・フィーバーッ!」
 
 


「間近に温泉があったなら」
その25







ざぱーん。

「はぁ……」

全身をお湯に浸し、岩肌に寄りかかる。

じわじわと温泉の成分が体に染み込んでいく感じだ。

「やっぱり温泉はいいなあ……」

満天の星空を見ながら俺はひとりごちた。

ただ温泉に入るのも気分がいいが、運動した後の温泉は尚更に最高である。

肩とか手足とか、特に疲れている部分のお湯が気持ちいい。

「ふう……」

メガネを外してばしゃばしゃと顔にお湯をかける。

それから大きく深呼吸。

「はあ……あ」

幸福へ浸れる時間であった。

「……やっぱり翡翠はわかってくれてるよなぁ」

そして俺は女湯のほうに入っている翡翠の事を思い出した。

翡翠対琥珀さん戦を勝利したのは翡翠だったのである。

そして優勝した翡翠の俺への言葉は「温泉へ入ってゆっくりとお休み下さい」。

俺はその言葉のお陰で自由を満喫しているわけだ。

ちなみに琥珀さんは秋葉と翡翠にとっ掴まって大人しく女湯へ入っている。

結局翡翠の最後のサタデー・ナイト・フィーバーを琥珀さんは打ち返す事が出来なかった。

翡翠がついに姉越えをした瞬間だとも言える。

あの琥珀さんが感動なのか悔しさなのか、うっすらと涙を浮かべていたくらいなのだ。

もちろん目薬を抜きで。

「……琥珀さんは結局何がしたかったんだろうなあ」

そこは少し疑問だった。

しかし温泉に浸かっているとなんだか全てがどうでもよくなってもくる。

「ああ……いい……」

首まで浸かり全身を弛緩させた。

何も考えずこの時間を過ごしたってバチは当たらないだろう。

いいよな、それくらい。

「……うーん……」

のぼせそうになったので一旦湯から上がり、背伸びをする。

体に少し風を浴びてから、半身だけ浸かり。

ばしゃばしゃと手で肩へお湯をかける。

少し落ち着いてきたらまたお湯の中へ。

「ふう……」

また岩肌に寄りかかり空を眺める。

暫く入ってのぼせそうになったら湯から上がり、同じ行動を繰り返す。

このような温泉ループは抜け出せるタイミングをなかなか掴めない。

そしてこの後に何もする事がないのだから、延々とこのループを続けられるのだ。

それはある意味最高の状態だと言える。

だがそれは長くても一時間にするべきだ。

それ以上はあまり体に良くないらしい。

「……つーわけで……だ」

俺はダラダラと一時間その温泉ループを満喫した。
 
 
 
 
 

「ふう」

再び浴衣を着て外へ。

俺は食事処へ向けて歩いていた。

ずっと卓球をやっていたおかげでもう晩飯の時間なのである。

食事は各個自由にとのことなのでひとり歩いていく。

「いらっしゃいませーっ」

暖簾をくぐると恰幅のいいオバちゃんが迎えてくれた。

「えーと、何があるかな……」

厨房の上に書かれているメニューを眺める。

「そっちに券売器があるからね。決まったら可って持ってきておくれよ」
「あ、はい」

メニューはうどんそばラーメン丼と、まあ要するに大衆食堂みたいな感じだ。

時間が時間だけに結構混み合っていた。

「セットがお得そうだな……」

うどんorそば+丼セット。

おろしそばとかいうのが中々美味そうだ。

丼もカツ丼がボリュームたっぷりで満足できそうな感じがする。

「えーと」

さっそくそのセットの券を買っておばちゃんに手渡した。

「すいません、これお願いします。そばで」
「あいよ。おろしそばとカツ丼ね。出来たら呼ぶからちょっと待ってなよ」
「はーい」

厨房のすぐ傍の席が空いていたのでそこに座る。

給水器も近くにあってかなり便利な感じの席だ。

まあそのぶん人通りも多いんだけれど。

「……」

翡翠たちもここに来るだろうか。

もう一箇所なんか高級料亭っぽいところがあったから秋葉はそっちに行きそうである。

「うーん」

ひとりは気楽でいいけれどやや寂しくもあった。

「お待ちどうさま」
「あ、ども」

出来た料理を受け取りまた席に座った。

「いっただきまーすと……」

割り箸を開きそばを一口。

おろしがさっぱりしていて美味い。

濃厚な感じのカツ丼との相性も最高であった。

「うん……うん」

ひたすらに食べる。

腹は満たされるがどうにも満たされない感じだ。

やはり絶対的に何かが足りない。

「こんばんわー」

と、上から声をかけられた。

顔を上げると琥珀さんが。

「あれ? どうしたの?」
「どうしたのってご飯を食べにきたんですよー」

そう言いながら正面に腰掛ける琥珀さん。

「秋葉と翡翠は?」
「秋葉さまは料亭でお食事です。翡翠ちゃんは疲れたようで仮眠室で眠ってます」
「そっか」
「はい。志貴さま、おひとりで寂しかったんじゃないですかー?」
「い、いや……別に」

それはかなり図星だった。

集団生活に慣れきってしまっていて、ひとりだとどうにも味気ない感じになってしまう。

そして特に足りなかったのは。

「わたしがいればもう安心ですよねー?」
「あー、うん」

それは琥珀さんの笑顔だ。

琥珀さんの笑顔は見ているだけで気持ちを安らげてくれる。

「その……ありがとう」
「あはっ。今更何をおっしゃるんですかー」

にこにこと笑う琥珀さん。

「でも、さっきの勝負、翡翠が勝つとは思ってなかった。びっくりだよ」
「はい。わたしもしてやられた感じですー。翡翠ちゃんがあんなに成長してるだなんて」
「琥珀さん最後まで余裕だったのにな」
「まだ切り札とか奥の手もあったんですよー? 使わずに終わっちゃったから意味無いですね」

軽く苦笑。

「その……それで琥珀さん、優勝してどうするつもりだったわけ?」

話題ついでに尋ねてみた。

それは試合中からずっと気になっていたことである。

「といいますと?」
「うん、だから優勝賞品を俺にして」
「そりゃあもちろん志貴さんとデートですよ?」
「……俺と?」

俺は面食らってしまった。

「ええ。志貴さんとデートです」
「……いや、でもさ」

何と言っていいやら困ってしまうけれど。

「なんでしょう?」
「その。今日のってデートじゃなかったわけ?」
「……はい?」

琥珀さんはきょとんとしていた。

「いや、だから二人で温泉行って楽しいなと。秋葉とか翡翠は後からついてきちゃったわけだしさ」
「えっ……あっ……いえ、あ、あれっ?」

そして急にどぎまぎし出す。

そう、琥珀さんは策略とか陰謀とかは上手いのに、俺以上に恋愛下手なのである。

だから何をするにもまだるっこしい方法を取る。

今回の件はつまり、全部俺をデートに誘うための行動だったのだ。

だがその行動自体がデートだったということを琥珀さんは失念していたわけで。

「そ、そう、でしたっけ?」
「うん。俺琥珀さんに誘われたときからそうだと思ってたんだけど」
「……」

沈黙。

「じゃ、じゃあもしかして卓球勝負ってまったくの無意味な行動でした……?」
「いや、あれはあれで楽しかったからよかったよ。ただ、そんな勝負に勝ったら俺を賞品とかじゃなくて普通に誘ってくれれば俺、温泉でもどこでも来るんだからさ」
「そ、そのええと……」

顔を真っ赤にしている琥珀さん。

俺が困っているのは琥珀さんがこういう風に妙に捻くれたアプローチの仕方をしてくるからで。

別に琥珀さんにあれやこれやとされるのは嫌でもなんでもない。

ただ、本意がどこにあるのか悟るのにまったく苦労させられるのだ。

わかれば後は楽なんだけれど。

「とりあえず……今度は秋葉たちに気付かれないように温泉来よっか?」

琥珀さんがしたかったのは俺とのデート。

だったら男のほうから誘うのが筋ってもんだろう。

「あ……えっ」
「駄目?」
「は、はいっ。喜んでっ」
 

琥珀さんは言葉通り本当に嬉しそうな顔をして笑っていた。
 




あとがき
このSSのコンセプトは温泉に行きたくなるSSだったのですが途中から熱血格闘卓球に(?)
そして琥珀さんに振りまわされているようでそうでなかった志貴君みたいなのを書きたかったのですが上手くいったようないかないような(死
とりあえず少しでも温泉に行きたくなっていただければ嬉しいです。
ではでは。


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