それで面白い事が思いつけるんだったら誰でも芸能人になれるだろう。
「こう、予想だにしない出来事が……」
「ないない」
そんな事件がそうあってたまるか。
こんこん。
「志貴さま」
「お?」
ノックの音と翡翠の声。
「どうしたの?」
「お客さまです」
「俺に?」
「はい。恐らくは」
「恐らく?」
どういう事なんだろう。
「有間都古さまが来ておられるのです」
「都古ちゃんが?」
そりゃまたどうして。
「きゅぴーん!」
「……口に出さなくてもいいからね」
どうやら琥珀さんが興味を持たれたようです。
「萌えよドラゴン」
〜都琥遊戯〜
「やあ、都古ちゃん」
「……」
都古ちゃんは口を真一文字に閉じたまま、じっとこっちを睨んでくる。
ああ、有間の家にいた時もこうだったんだよなぁ。
「こんにちわー、都古ちゃん。わたしは琥珀っていいますー」
そう言って琥珀さんが手を差し出すと、ばっと後退する都古ちゃん。
「あ、あら?」
「都古ちゃんは人見知りなんだよ」
俺は耳打ちした。
「なるほどなるほど。了解しました」
そう言ってにこりと笑う琥珀さん。
「警戒するのはわかるけど、お話をしてくれないとどうしたらいいのか困っちゃうなー」
なんてわざとらしい口調。
「先ほど秋葉さまが有間へ連絡して来られたようです」
「秋葉が?」
一体どういう風の吹き回しなんだろう。
「それは私から説明しましょう」
「秋葉」
噂をすればなんとやら。
玄関を開けて秋葉が現われた。
「秋葉さま、一体どういう事なのでしょう?」
「有間のご両親にどうしても行って欲しい場所があってね。そこへ行って貰う代わりに都古を預かるという事にしたのよ」
「あー。こないだ言ってたアレですね」
秋葉の言葉で納得したような顔をする琥珀さん。
「アレって?」
「まあ、政治じゃないですけど厄介な人間関係というのがございまして」
「そっか」
あんまり深く聞かないほうがいい話題のようだ。
遠野グループは俺が想像してる以上に巨大でめんどくさい家系みたいだからなぁ。
秋葉はよく当主なんかやってられるなと感心する。
「とにかく、暫く都古を預かるということです」
「ふーん」
取りあえず俺に関係があるのは都古ちゃんが遠野家に滞在するという事実だ。
「……宜しくお願いします」
秋葉へ向かって頭を下げる都古ちゃん。
秋葉がそういう立場だって事はわかっているようだった。
「身の回りの世話は翡翠と琥珀にさせるから安心して」
外向けの営業スマイル秋葉。
これを見ると俺はなんだかおかしくなってしまう。
「なんですか兄さんその顔は」
「いやなんでも」
俺に対しても笑顔でいてくれればいいのに。
「都古さま、宜しくお願いします」
「あ、うん」
翡翠に敬語を使われて戸惑うような顔をする都古ちゃん。
「宜しくねー」
「……」
対してフランクな琥珀さんにはやたらと警戒するような素振りを見せていた。
「な、何かわたし悪い事しましたかー?」
「……」
じーっと琥珀さんを睨みつけたままの都古ちゃん。
「都古。確かに琥珀は性悪だけど、理由もなく嫌うのはおかしいわよ」
「秋葉さま、まるでフォローになってないんですが」
「……」
「お」
琥珀さんへ向かってそれっぽい拳法の構えを取る。
「お兄ちゃんの手紙に書いてあった。コハクは悪いヤツだって」
「うっ!」
「ほほう?」
琥珀さんの目が妖しく光る。
「詳しくお聞きしたいですねえそれは」
「コハクはサクシで、お兄ちゃんを罠にはめるって」
「ほうほうそれはそれは……」
笑顔がやたらと怖い。
「い、いやそれはその」
「全部事実じゃない」
秋葉は呆れた顔をしていた。
「全然フォローしてくれないんですね秋葉さま」
「当然でしょう。日頃の行いを振り返ってみなさい」
「だよね」
俺は何も悪くないさ、事実を書いただけなんだから。
「子供の読むものにそのような事を書くのもどうかと思いますが……」
「い、いや、楽しくやってるよって表現したかったんだよ」
そりゃまあ多少の誇張表現はあったけど。
「子供じゃないもん!」
「……失礼いたしました」
翡翠にツッコミを入れたものの、目線は琥珀さんを向いたままだ。
「負けないよぅ! あたしのほうが強いんだから!」
そう言って拳を突き出す。
「わたしに拳法で挑むというのですか? ふっふっふっふ」
どう聞いても悪役にしか聞こえない笑い方をする琥珀さん。
「ならばっ!」
そして服を脱ぎ捨てるってちょっと!
それは俺としては凄く嬉しいが……
「……ってチャイナ服か」
中にはしっかりとチャイナ服が仕込まれていた。
「こんな事もあろうかと!」
絶対ない。
「っていうか、それなら都古ちゃんが来る事知ってたって事でしょ?」
「ま、まあそうとも言うアル」
知らぬは俺ばかりなりか。
「アルねぇ」
軽く流しそうになったが琥珀さんはしっかりとエセ中国人だった。
「ワタシのケンポーを見て驚くがいいネ! ワチョー!」
なんせ中国映画とか格闘漫画だけは人一倍見ている琥珀さんなので、動きはそれっぽかったりする。
「むぅ……!」
その様子にたじろぐ都古ちゃん。
「姉さん……」
「放っておきなさい。真似をしてる琥珀とちゃんと練習をしてる都古じゃ……」
実は都古ちゃんもちゃんとした師匠はいなかったりするんだけどな。
独学であれだけ出来てるってのは逆にすごい気もする。
「……」
爪先立ちの歩きで琥珀さんを円の字に囲う都古ちゃん。
「ハァー! ゲンエージン!」
「……無理無理」
琥珀さんはというと格ゲーのインチキ技を真似していた。
「超移動テツザンコウ!」
「……っ!」
都古ちゃんの動きが止まった。
「違う!」
「え?」
「テツザンコウはこうやるの!」
そう言って自分も同じ技を出してみせる。
「えーと」
俺ではその違いは全然わからなかった。
「こ、こうですか?」
再び技を出す琥珀さん。
「違うのー! 肘をこうやってー!」
と、腕をいじって形をずらす。
「ほうほう、この角度ですかー」
「……取りあえず問題なさそうね」
「はい」
「だな」
どうやら格闘技を通じての友情が生まれそうである。
「ちーがーう! 足はこう!」
「え、ええ〜?」
「……スパルタだなぁ」
琥珀さんが振り回されてる姿なんか久々に見たぞ。
「これは楽しくなりそうですね」
「わたしは楽しくないですよ〜」
「こらー! さぼっちゃ駄目ー!」
「え、えええ〜っ?」
そんなこんなで都古ちゃんは一日中琥珀さんに指導を続けていた。
最初はイヤイヤって感じだった琥珀さんもコツが分かってきたのか、都古ちゃんと楽しそうに談話する姿が見れたりした。
うんうんよかったよかった。
「今日でお別れですね」
そんなこんなであっという間に別れの日はやってきた。
「……おまえに教える事は何もない」
「師匠……」
二人の関係が変な関係になっているのは取りあえずスルーだ。
「また来てくれますよね?」
「ん」
頷く都古ちゃん。
「よかったぁ。じゃあ志貴さんと一緒に来るのを楽しみに待ってますっ」
「え、ちょっと」
なんて琥珀さんが俺の腕をぐいと掴んで引っ張ってきた。
「……っ!」
それを見た都古ちゃんの顔が真っ赤に染まっていく。
「き、今日限りコハクは破門だー!」
「えええええっ!」
「お兄ちゃんのバカー! 次はやっつけてやるんだからー!」
「おごふっ!」
そして俺に鉄山靠をぶちかまし猛ダッシュで遥か彼方へ走り去ってしまった。
「し、師匠……シッショー!」
「悲しい別れですね……」
「そう?」
「誰か……助けて……」
こうして都古ちゃんは去った。
だがまたいつ都古ちゃんがやってくるかはわからない。
その度に琥珀さんと都古ちゃんはぶつかり合い、俺は巻き込まれるのだろう。
薄れいく意識の中で見たのは、長い長い龍の背中のような坂道であった。
まるで俺の波乱の未来を示すかのような。
完