最後の最後の思い出はやっぱり。
「そ、そそそ、そうか。じゃあ……その」
無言で頷いた。
「……」
志貴くんは顔を真っ赤にしていた。
わたしもだと思う。
「い、行くぞ」
「……」
そうして二人は、世間一般でいうところの「ラブホテル」に入っていくのであった。
「さっちんと紅葉狩り」
その11
さああああああ……
シャワーの音が響く。
「……」
わたしは志貴くんがお風呂から出てくるのをベッドの上で待っている最中。
「はぁ……緊張するなぁ……」
お互いこんな場所に入るのは初めて。
さて最初は何をするんだろうと話し合ってとりあえずお互いシャワーを浴びようということになったのだ。
なんだかマヌケな話だけれど。
それも志貴くんらしくていいなぁと思ったりした。
「……」
さて。
ホテル内はやっぱりそういう場所だけあってアレなものやらこれなもの、ベッドの上にはもちろんティッシュと妖しげな雰囲気全開だった。
そしてこのシャワーの音が漏れてくるあたりもなんともはや。
いやがおうにも気分が高揚してくる。
「しかも今シャワーを浴びてるのは志貴くんなわけで……」
ああもう駄目。卒倒しそう。
けど、気を失うわけにはいかない。
この後には志貴くんとのらぶらぶでえろえろが待ち構えてるわけでっ!
「だ、駄目駄目顔にやけてるからっ!」
頬を叩いて自分を戒める。
けどどうしたって顔は笑ってしまう。
「うふ、うふふ、うふふうふふ……」
ああ、変な人だわたしっ。
けどもう、なんていうか。
うわーって感じ?
もう全然考えがまとまらなかった。
とにかくもう幸せでたまらない。
「ゆ、弓塚」
「ひゃ、ひゃいっ?」
いきなり声をかけられ変な声をあげてしまった。
「あ、し、志貴くん」
どうしよう、今のわたしの変な笑いとか見られちゃったんじゃないかなぁ。
「しゃ、しゃしゃ、しゃわー、開いたから、どうぞ」
志貴くんは顔を真っ赤にしてがちがちに緊張しているみたいだった。
わたしの変な行動なんかまるで気付かなかったみたい。
「ははは、はい。かしこまりましてございます」
つられてわたしまで敬語になってしまった。
「が、がんばって?」
「は、はい、頑張ってご入浴いたしまします」
ああもう駄目っ。
わたしは志貴くんの顔をほとんどまともに見れずにお風呂へと駆け出した。
「やっぱり志貴くんかっこいいなぁ……」
しかも生肌ですよ奥さん?
あの志貴君が上半身裸で目の前にっ。
「ああ、どうしようどうしよう」
身もだえするわたし。
しかもこれからこのわたしが志貴くんと、その、いたすわけですよ?
わたしはキスだけでも十分だったんだけど、志貴くんってばもう大胆なんだからっ。
え? おまえが先に誘ったんだろうって?
それはそうなんだけど、志貴くんが応えてくれたからこそ成立したわけでー。
「やだもう何考えてるのわたしーっ!」
自分でもハイテンションだとわかるくらいハイテンションだ。
けれどどうにも止まらない。
止めてくれる人もいない。
「これからきっと志貴君とこんな会話をするんだろうなぁ……」
弓塚……綺麗だよ。
や、やだ志貴くん。そんな事言わないでよ……
可愛いな、弓塚は。
ひゃん……駄目っ。
ほら、もうこんなになってるよ?
し、志貴くんのえっち……
「とかっ! とかあっ!」
じたばたじたばた。
「……時間がないんだった」
散々一人で悶えたあげく我に返ってしまった。
「行こう……」
志貴くんが待ってる。
「……弓塚」
「志貴……くん」
心臓は早鐘を打つように鳴り響き。
「好きだ」
「わたしも……」
見つめあう二人。
「ん……」
軽い触れ合うだけのキス。
「ん……ちゅ……はぁ……」
それから舌と唾液を絡ませる濃厚なキスへ。
その行為を暫く繰り返していた。
「……」
「……あ」
志貴くんの手がわたしの体に触れる。
最初は優しくゆっくりと。
それからだんだん大胆に。
「駄目……」
下腹部からさらに下へ。
志貴君の指が……
すかっ。
「え?」
「……?」
志貴くんの手が触れた感触はなかった。
それどころか肩を抱いていてくれたはずのもう片方の手の感触すらない。
「ちょ、ちょっと……?」
景色が、志貴くんがだんだんとぼやけていく。
ちょっとちょっとちょっとっ!
これどういうことなのっ?
「あ。戻ってきましたか」
「え? え?」
気付くと見知らぬ部屋の中にわたしはいた。
そして目の前にいるのは。
「シエル先輩っ?」
「どうもお疲れ様です。時間切れみたいですね」
「ちょ、えっ? どういうことなんですかっ!」
そう叫ぶと先輩は困った表情をした。
「ですから最初に言ったじゃないですか。アルクェイドの魔力が尽きたら具現化も終わると」
「じゃ、じゃあ、魔力切れってやつですかっ?」
「ええ、わたしのところに戻ってきたのが何よりの証拠です。そういう法術をかけておきましたんで」
「な、なななななななななな……」
「ど、どうしました?」
「あんなところでっ! あんなところで終わるってどういうことーっ!」
いじめっ?
ううん、いじめなんてもんじゃないっ! 拷問っ!
「ひどいよっ! あんまりだよっ! うわあああああんっ!」
「え? ちょ、弓塚さんっ? 素敵な思い出を得て成仏出来るようになったんじゃ?」
「出来るわけないでしょおおおっ! 世界なんかもう信じられない! うわぁあああん!」
「……なんだか……余計悪化しちゃったみたいですねえ」
「ぐす……ひっく……えぐっ」
琥珀さんたちに邪魔された時も悲しかったけど今回はもうその比じゃない。
なんであと十分、いや五分魔力が持ってくれなかったのかと。
「時間を有効に使えなかったんですか……?」
「……」
確かに一人で悶えてて無駄に時間を浪費した気も。
「し、シエル先輩っ! とにかくこれじゃ酷いですっ! あんまりですっ! なんとかならないんですかあっ!」
わたしはシエル先輩に泣きついた。
こんなんじゃ成仏なんて夢のまた夢っていうか絶対無理ありえない。
「そうですね……このままじゃ本当に遠野君にとり憑いたままになっちゃいそうですし……」
「お願いしますっ、っていうかなんとかしてくれなかったら先輩を呪いますっ!」
「……そんな無茶苦茶な。いいですか? あなたが生き返れたのは本当に偶然の産物なんですよ? いくらわたしでもあれを再現するのは不可能です」
「……」
自分が無茶苦茶言ってるのはわかる。
「それに本来わたしはあなたを成仏させなきゃいけない立場なんです。それをわかっていますか?」
「わかってます。けど……こんな……」
けど、こんなんじゃ納得出来ないっ。
「まあ、このまま放置しておくと弓塚さんは悪霊になってとんでもないことやらかしそうだから、なんとか努力はしますが」
「ほ、ほんとですかっ?」
「ええ。こうなった以上仕方ありません。わたしが面倒見ます」
「あああ、ありがとうございます」
わたしは深々と頭を下げた。
ああ、シエル先輩ってなんていい人なんだろう。
「ただし、多少わたしの実験に付き合ってもらう形になりますけれど」
「か、構いませんっ。なんでもしますっ、はいっ」
「止めたほうがいいですよー。不幸にな……モガッ!」
「?」
変な武器の傍から声が聞こえたような。
「それなら話は早いです。早速実験といきましょうか……」
シエル先輩は怪しい笑いを浮かべると、その笑みよりもさらに怪しげな機械を取り出してきた。
「ななななな、なんですかそれは」
思わず後ずさるわたし。
「ええ、霊魂を普通の人間に見えるようにする機械です。まだ試した事はないですが……ま、数秒は持つでしょう。あれだけ体を具現化できた貴方です。余裕のよっちゃんですね」
「それはいいんですけど……なんかバチバチ言ってません?」
「目の錯覚です」
「いや、そうじゃなくて音が……」
「つべこべ言ってないで行きますよっ」
「え、ちょ、心の準備がーっ!」
「……弓塚……どこ行っちまったんだ」
「!」
気付くとわたしはさっきまでいたラブホにいた。
志貴くんがベッドの上でうなだれている。
「し、志貴くん!」
わたしは叫んだ。
「弓塚……? どこだ? どこにいるんだっ?」
わたしは志貴くんの目の前にいる。
けど姿は見えていないようだ。
あんなに痛い思いしたのに声だけなんてっ。
「……っ」
なんとしてでも再び生き返らないとっ。
そして今度こそ志貴くんと思いを遂げるんだからっ。
「志貴くんっ。わたし、もう帰らなくちゃいけないのっ! けどっ! また来年っ。紅葉の見える季節になったらきっと帰って来るからっ!」
「紅葉の見える季節に……」
「ぜったい、わたし頑張るからっ。また……会おうねっ」
「ああ……約束だ」
「絶対わたし約束守るからっ」
「……耳が痛いなあ、それ」
「とにかく……約束だよっ」
「ああ、待ってるよ。また……会おう」
志貴くんの姿が遠ざかっていく。
どうやらあの機械ではこれが限界だったらしい。
志貴くんと交わした約束。
来年の秋までにわたしがまた生きかえれるかどうかはわからない。
けど、志貴くんのために頑張ってなんとかしよう。
志貴くんのために頑張って失敗した事はいくつもあるけど、後悔したことはひとつもないんだからっ。
待っててね、志貴くん。
わたし……頑張るよっ。
完