わたしは愛用のノートとにらめっこをしながら廊下を歩いていた。
「駄目だなあ」
いくら頑張っても納得できるものが出来ない。
というより、全然書けないのだ。
「おや? どうしたん? お嬢ちゃん」
「え? あ」
声をかけられ顔を上げるとそこには蒼香先輩が。
「いや、ちょっと次の新刊の事でちょっと……」
「無口キャラの話」
「それで〜。アキラちゃんは何を悩んでいるのかな〜?」
そんなわけで先輩たちの部屋へ連れて来られたわたし。
先輩たちがわたしの悩みを聞いてくれるというのだ。
「ええ。それがですね。キャラがうまくいかないんですよ」
「キャラクターが? どういう?」
以前にわたしの同人誌を読んで貰って以来、先輩方には色々とお世話になっていたりする。
「その、無口なキャラなんですが」
「無口……ねえ」
首を傾げる蒼香先輩。
「それって極端に言えば何もしゃべらせなくていいって事だろ? どこが難しいんだ?」
「いえ……それが難しいんですよ」
「は?」
「無口なキャラクターが小説の中で出番があるのは、無口なキャラにが誰かへ干渉した時、もしくはその逆だけなんです」
「……えっと〜。よくわかんないんだけどー」
羽居先輩もきょとんとした顔をしていた。
「例えばここに無口なキャラがいたとしますよね」
わたしは説明するために傍に置いてあった謎のキノコ人形を手に取った。
「ああ、それで?」
「例えばこのキャラがジャンプしたとしましょう」
ひょいひょいとそれを上下に動かしてみる。
「そうすると、周りの人間が『どうしたんだろう?』と声をかける。さらなるアクションがあり、話が続きます」
「それが無口なキャラが誰かに干渉ってやつかい?」
「ええ、そうです」
「……それのどこが難しいんだよ」
「難しいんですよ。まずはじめに、その無口なキャラが動作している部分を書かなきゃいけないでしょう?」
それは三人称でならさほど苦労しない作業である。
けれど一人称だとそれは別だ。
「小説を誰かの視点で描いている場合……見えるところには限界があるんですよ」
「限度?」
「もし無口キャラが何らかの意図を伝えんと動作していても、主人公がニブチンだとお話にならないんです」
「……ああ、動きの意味している事を読み取れないって事?」
「そうです。無口キャラの動きをなんでも察知できる主人公なんて相当レアですよ」
「まあ……そんな奴はいないわな」
いくら創作の世界だって、限度が過ぎれば胡散臭いだけのシロモノになってしまう。
「かつて無口な先輩の言葉を全て解読できるという主人公がいましたけれど……」
「……いたのかよ」
「ええ。一対一ならそれも可能でしょう」
誰かと誰か、二人きりの状況ならば相手の動きを読まざるを得なくなる。
「……ですが複数の人間がいる状態だと、無口キャラの存在は途端に薄くなるんです」
「まあ喋らないんだから当たり前だわな」
「あれこれ動作の描写をするよりも、会話文書くだけの方が遥かに楽ですからね」
よほどの事が無い限りは意思の疎通が簡単だし。
「そうなると〜、無口キャラはどうなっちゃうのかな?」
「……出番が無くなります」
動作の描写も次第にされなくなり、気付いた頃には「あれ? いたの?」状態になってしまう。
「一対一という限られた状況でのみ己をアピールできる無口キャラ。はっきりいって難易度が高いんです」
キャラが二、三人の状態ならまだしも、五人も六人もいる状態ではまったく存在価値がなくなってしまう。
「書かなきゃいいじゃないかそんなキャラ」
ため息をついている蒼香先輩。
「ええ、書かないのが一番楽なんですが」
それでは駄目なのである。
「苦手だから書かないんじゃいつまで経っても上達しませんし……今回は出すって言っちゃったんで書かなきゃ駄目なんですよ」
「そいつは自業自得だな」
「うう」
簡単に出来そうにないことを引き受けちゃいけない。
「だからそのキャラクターは出さないと駄目なんです。けど、うまく動いてくれないんです」
「振り出しに戻るわけだな」
「はい……」
「でも〜。一対一ならなんとか書けるわけでしょ?」
羽居先輩が尋ねてきた。
「ええ、まあ……」
それにしたって得意ではないんだけど。
「なら〜。まず一対一で書いてみて〜、それに付け足すってのはどうなのかな」
「はい。それも考えたんです。ですが、既に会話が完成しているところに部外者を参加させるとまたおかしくなってきちゃうんですよね」
「……なるほど」
「特にわたしの場合、致命的な欠陥がひとつありましてですね……」
これはもう昔っからわたしの悪い癖なんだけど。
「なんだい?」
「ヒロインにした途端に動かなくなってしまうんです」
「あん?」
「例えばですね、キャラクターAがヒロインだぞと前面に出した作品を書こうとしたとします」
「……普通、ヒロインだったら一番目立つもんなんじゃないのか?」
「はい。ですが、わたしは駄目なんです。どうでもいいはずの脇キャラのほうが生き生きしてきちゃうんですよっ」
結果、その脇キャラがもろにヒロインを食う形になってしまうのだ。
「そりゃ大問題だな」
「なんでだろうね? ヒロインだから目立たせなくちゃって考えるのがよくないのかな?」
「多分そうだと思います……キャラクターに勝手に動いてもらうのがわたしの小説なんで、意図して動いてもらおうとするとどうしても変になってしまって……」
いいも悪いもリモコンしだい……もとい、キャラ次第なのだ。
「何にも決めないで書いて、最終的に目立ってたヤツをヒロインに認定とか」
「そ、それも駄目なんですっ。わたし、ある程度キャラクターを選抜して置かないと書けなくてっ」
「わがままだなあ」
「それが小説家というものなのです」
と、偉そうに言えるほど大した物を書いているわけじゃないんだけど。
変に束縛をかけてしまうと途端に書けなくなってしまうのである。
「とにかくおまえさんの場合、その悪癖があるから無口キャラヒロインは余計に出番がなくなるってことかね」
「ええ……」
「なら、ちと発想を変えようじゃないか」
「発想を変える?」
「ああ。おまえさんはさ。『無口なキャラを書く』と約束はしたかもしれないが、別にヒロインにするとは言ってないだろ?」
「あっ。た、確かに……けどそれってちょっとずるいような」
つまり、ほんのちょっと無口キャラを出して、出しましたと主張するって事なんだろう。
「ちゃんとインパクトのある見せ場を作ってやらば問題ないんじゃないか?」
「無口なキャラのインパクトある見せ場……」
一体どんな状況だろう。それは。
「あ。わたしわかった〜。さっき晶ちゃん言ってたもんね〜」
羽居先輩はそう言ってにっこり笑っていた。
「え? え?」
わたし何か言ったっけ?
「……まあ結論から言うとだな。『あれ? いたの?』という演出を過剰にやるわけだ」
「あ」
確かにそんな事言ったような。
そういう無口キャラがいつの間にかそこにいてびっくりという描写は案外よくある。
ある意味王道のパターンだ。
「つーわけでどうだね? 実際黙っていた身としては」
そこで蒼香先輩はある人物に意見を求めた。
「……ふぅん。つまり、蒼香はそんな下らない事の為に私を喋らせないでいたのね?」
私が部屋に来てから、一言も喋っていなかった遠野先輩がこめかみをひくつかせていた。
そう。遠野先輩はずっとこの場所にいたのである。
遠野先輩が黙ってたのって、蒼香さんのせいだったのか。
「可愛い後輩のためだろう? 文句言うなって」
「そうね。瀬尾のために……ね」
ひいっ!
今のセリフで何故かターゲットがわたしに変更されちゃいましたよ?
「あ、あの、遠野先輩? 落ち着いてくださいね? わたしは別に何もしてないわけで……」
「いいえ。そもそもあなたがネタに悩んでいるなんて言わなきゃこうはならなかったのよ」
あああ、もう全然聞いてくれそうにないっ。
「おいちょっと遠野……」
「秋葉ちゃ〜ん」
二人が説得しようとしても聞く耳持たず。
「ネタが欲しいのなら、私と鬼ごっこなんてどうかしら? 楽しいわよ?」
「え、ええええ、遠慮しておきますっ」
わたしはもう脱兎のごとく駆け出した。
ってこれじゃ鬼ごっこを承諾したのと同じじゃないっ。
「待ちなさい! 瀬尾っ!」
「うわあああんっ!」
あーもうっ。
やっぱりわたしが無口キャラを書くだなんて無理だったんだあーっ!
完