何故さも当然のようにこの人は俺の部屋にいるんだろうか。
「一人でだなんてそんな野暮な。夜の生活にご不満があるなら……」
「全然そういう話じゃないから」
「まあわかってますけど」
ほんとに琥珀さんと来たらもう。
「では今日は冬の過ごし方についてお話しましょうか」
「ん?」
琥珀さんにしてはいやに普通の話題のようだ。
「冬といったら鍋ですよねー」
「う、うん」
この人の場合、こういう話題のほうがむしろ警戒してしまうのは何でなんだろうなぁ。
「鍋もろもろ」
「カニ鍋といえばいかにも豪華ってイメージがあります」
「……あんまり食べるモンじゃないしね」
実際問題高いし。
「みんなで食べるには盛り上がらないのが難点ですねえ」
「黙々と食べ続けるか、争奪戦が起きるかのどっちかだよ」
ちなみにごく稀に呼ばれる乾家の場合は問答無用の争奪戦だ。
一子さんに勝負を挑むともれなく死が待っているので有彦と俺限定のものになるけど。
「志貴さんは鍋奉行だったりします?」
「割とどうでもいいほう」
食いたい時に食いたい物を入れてしまったりする。
「翡翠ちゃんが凄いです」
「……翡翠が?」
「鍋ってのは料理の腕というよりも、手順の問題でして」
「あー」
確かに翡翠はルールとかにうるさそうだ。
「秋葉さまに反抗する珍しい翡翠ちゃんが見れますよ」
「へえ」
それはものすごく見てみたいような見たくないような。
「まあカニはさておき、普通の鍋も美味しいですよね」
「普通の鍋ってどんな鍋だろうな」
「肉団子はありますよね」
「うん」
「こういう場合鳥のほうが多いんでしょうか」
「だと思う」
材料も安くて経済的。
「油揚げを入れて、お豆腐いれて……」
「うんうん」
「はくさいしいたけ」
「にーんじん」
「季節のお野菜いかがです」
「……なんか違う」
それだとラーメンが出来てしまいそうだ。
「しいたけは入れますね」
「だね」
「おしょうゆにポン酢で味付けして……」
「うんうん」
想像しただけでヨダレが出てきた。
「ウインナーを入れると」
「……いや、それはないよ」
「えー? 美味しいですよウインナー?」
「普通は入れないってば」
「そうなんですかねぇ……」
「うーむ」
こと鍋料理と雑煮ほど、各家庭でのイメージが違うものは無いんじゃないだろうか。
そりゃキムチ鍋と言ったらキムチを入れるってくらいはあるけど。
「メインの具以外は割とかなりいい加減な気がする」
「まあだいたい火を通せば食べられますしね」
「その理屈は強引だけど……」
鍋の具は常識的な範囲だったらなんでもいいのかもしれない。
「まあそこを敢えて変なものに挑むのが闇鍋なんですけど」
「……誰が考え出したんだろうね」
最初は誰だかわからないが、なんて恐ろしい物を考え出したんだ。
いや、本当に恐ろしいのは中にとんでもないもんを入れるやつなんだけど。
「わたしは好きですけどねー」
そりゃもうそっち関係の専門家ですから。
「あ、鴨鍋とか美味しいですよ」
「鴨は鴨南そばのほうが好きかも」
「あー。それはそそられますねえ。普通と違った美味しさがあるんですよね」
「こってりしてるのにしつこくないっていうか……」
「はいはい。どんどん食べたくなるんですよね」
「あー」
今度はそばが食べたくなってきた。
「そばつながりで思い出したんですが」
「うん?」
「鍋の〆にうどんを入れるのって邪道ですかね?」
「……それはやるかも」
色々とダシとか取れてるから美味いし。
「もしくはご飯を〆に……」
「あー」
そういうのもアリかもしれない。
「ラーメンは」
「どう考えても邪道」
「お餅はどうでしょうね?」
「……それむしろメインじゃない?」
「あは、確かにそうですねぇ」
くすくすと笑う琥珀さん。
「あとは鍋といえば……」
「だいこん鍋とか地味に美味いよ」
「あー、いいですねえ。お汁をたっぷり吸っただいこん」
「うんうん」
「はんぺんちくわ、こんにゃくに……」
「……それはおでんだよ」
「おでんも美味しいですよねー」
あれも鍋料理に分類されるんだろうか。
「コンビニのおでんもたまーに食うと上手いんだよな」
「衛生面とか裏事情を考えるとアレですけどね」
「またそうやってすぐ嫌なこと言うんだから」
「これはもう癖なんですよー」
まあ琥珀さんの言葉にいちいち反応してたらキリがない。
「ちゃんこ鍋も美味しいですね。秋葉さまはあんまり好きじゃないですけど」
「……まあ、秋葉のイメージではないな」
鍋料理全般が似合わない気がする。
「秋葉はなんかこう、フランス料理とか……」
「さつま汁好きですけどね、秋葉さま」
「そうなの?」
「内緒ですよ?」
「別に悪い事じゃないと思うけどなぁ」
多分聞いたら秋葉は怒るんだろうな。
女の子ってのは本当に難しい。
「シエルさんならカレー鍋ですね」
「それは鍋じゃない」
「では、カレーうどん」
「鍋じゃない」
「まあシエルさんといえばカレーですね」
「……もはや定番になっちゃってるからなあ」
料理ネタといえば翡翠かシエル先輩。
そしてシエル先輩と言えばカレー。
「もはやダチョウ倶楽部並の芸術と言える気がします」
「……どうだろうなぁ」
本人は喜ばないと思うけど。
いや、むしろ喜んじゃうんだろうか。
「地方もので言えば色々ありますね。きりたんぽとか、ふぐちりとか」
「きりたんぽは食べた事あるけどふぐちりはないなぁ」
あんまり記憶に無いけど、結構不思議な味だった気がする。
「食べたいのでしたら用意いたしますが」
「……遠慮しておくよ」
色々と凄い事になってしまいそうである。
「後はハタハタ入れたしょっつる鍋とか……」
「……外国のやつ?」
「れっきとした日本料理ですよー。他にはほうとうとかじゃっぱ汁とか……」
「……地方ものはよくわからないなあ」
名前を聞いてもいまいちぴんと来なかった。
その場所ではそれが当たり前の鍋なんだろうけど。
「個性があって美味しいんですけどね」
機会があれば食べてみたいものである。
「琥珀さんは作れたりするの?」
「そりゃもちろん。材料さえあればいくらでもオッケーですよ」
「あはは」
流石は琥珀さんというかなんというか。
今度何かリクエストしてみようかな。
「さって、そろそろ晩御飯の支度をしなくちゃいけませんねえ」
そう言って立ち上がる琥珀さん。
「今日はなに?」
聞く必要ないだろうが、一応お約束として尋ねてみた。
「それはもちろん……」
完