「退屈ですねー」
「……」

俺がリビングを通りがかると何やら暇で暇でしょうがないといった感じの琥珀さんがいた。

「……嫌な予感がする」

今の琥珀さんに関わるのは危険だと俺の第六感が告げている。

「あ」
「っ!」

その場を去ろうとした矢先に見つかってしまった。

「しーきさん? ちょっとお話しませんか〜?」

きらきらと目を輝かせている琥珀さんを前にして、俺は頷くことしか出来ないのであった。
 
 


「第一次遠野家ネタ会議」







「最近お屋敷の中がマンネリ化している気がしません?」

琥珀さんはお茶を注ぎながらそんなことを言っている。

「マンネリって……別にいいことじゃないか。平和で」
「もー。志貴さんってば事無かれ主義でいけませんねー。動きが無ければ人に進歩はないのですよ?」
「はぁ」
「動きとはこれすなわち事件。新聞、メディアの存在がそれを証明しています。人は常に事件を求めている」
「はぁ……」

ただただ相槌を打つだけの俺。

琥珀さんはそんな俺の態度を注意するわけでもなく熱弁を振るい続けている。

「つまりわたしが言いたいのは、平凡そうでありながらもピリリと利いたスパイスが無ければ人生は面白くないということです」
「ふーん」
「そこでわたしが提案したいのは、みんなで協力して日々を楽しく生きようという計画です」
「そりゃ凄いね。うん、すごく凄い」
「もー。何か気の利いたツッコミを入れてくださいよー。わたしひとりバカみたいじゃないですか」

ぷんすかという擬音が似合う感じで怒っている琥珀さん。

「じゃあつまり今までの話をまとめるとどうなるわけ?」
「えーと。身内をネタにして何か面白いことを考えようと。それが現実に出来そうだったらやってみましょう」
「……」

長々と語ってくれた割にはショボイ結論だった。

「身内のネタって言われてもなあ……」

急には出てこないものである。

「例えばですね。何の変哲もない日常に紛れ込んだ異端。これはとても面白いと思うんです」
「アルクェイドならしょっちゅう俺の部屋に入り込んでくるけど」
「あれはもう日常になっちゃってるから駄目ですね。面白みはありません」
「日常ですか……」

ずいぶんとまあ嫌な日常である。

「志貴さんお付のメイドが突如有彦さんになっていたら楽しいと思いませんか?」
「楽しくない。絶対」

即座に断言する俺。

「……ちょっと例が悪すぎましたね。じゃあ、翡翠ちゃんが突如裸エプロンを装備していた、とか」
「あり得ませんて、それ。琥珀さんならともかく」
「む……なるほど、まずは身を挺してネタを提供しろというんですね?」

そう言って自分の服に手をかける琥珀さん。

「い、いや、そんな裸エプロンなんてされたら困る」
「冗談ですよ。えっちなことに走るとやまなしおちなし意味無しになりかねないのでそれは止めときましょう」
「やおいですか……」
「……志貴さんも変な業界用語に詳しいんですね」
「いや、ちょっと知り合いの影響で」

俺の頭の中に子犬のような女の子の顔が浮かんだ。

「知り合いといえばネタで王道なのは志貴さんの妹、つまり秋葉さまの学友が遊びに来るというものがありますけれど」
「それは結局斬新な展開にはならないんじゃないか?」
「どこかで見たような展開になること請け合いですもんねえ」

王道というものは簡単なようでアレンジが利かないから難しいのである。

「じゃあ、異端とここにあるネタを結びつける、という基本でいくのはどうでしょうか」
「異端とここにあるネタ?」
「はい。突如翡翠ちゃんがギターを弾き出した、とか」
「それは面白いかもしれないけど……続かないだろ」
「何故です?」

首を傾げている琥珀さん。

「知識の範疇を超えてるから」
「えーと?」
「だからさ。翡翠が本当にギターに興味を持って始めたなら、それは続くだろうし、楽しいだろう。けどさ。俺たちに強要されて演技としてやるんだったら、それは続くわけが無いよ」
「はぁ……言われてみればそうですねぇ。どうあがいても嘘っぽい展開になっちゃいそうです」
「あり得るとしたら翡翠がゲームにはまった、とかさ。琥珀さんはゲームの楽しさを知ってるから翡翠にそれを伝える事も出来るし、実際に体験もさせられる。でもギターじゃ……」
「ギターじゃ指導者がいないですもんねぇ」
「そういうこと」

知識も経験もないものをネタでやろうったって無理があるのである。

「では逆に質問です。志貴さんが考えるいいネタってありますか?」
「ん? ネタねえ……」

そういう風に聞かれるとちょっと考えてしまうんだけど。

「琥珀さんが突如真面目になるってのは面白いんじゃないかな」

一番最初に思いついたネタはそれであった。

「うわ。わたしのどこが不真面目だって言うんですか。清廉潔白な人生をたどっているわたしがっ」
「……ふーん」
「すいませんごめんなさい嘘ですもう言いません」

ぺこぺこと頭を下げる琥珀さん。

「い、いや、そこまで卑屈にならなくても」
「あはっ。こういう志貴さんとのやりとりも基本なのでちょっとアレンジしてみました」
「あ、あはは……」
「そのネタはよさそうですけど、わたし当人はあんまり面白くないのが難点ですね」
「そうかな。秋葉とか驚くんじゃないか? 『こ、琥珀っ? どうしたのっ? 熱でもあるのっ?』みたいな感じで」
「……なるほど。それはちょっと興味を惹かれますね」

琥珀さんの目が怪しく光る。

「問題としては俺はそのネタを知っちゃったから、琥珀さんがからかえるのが秋葉だけってことなんだけど」
「はっ! な、なんてことをしてくれたんですかっ! せっかくのネタが死んでしまったじゃないですかっ!」
「……いや、考え付いたの俺だし」
「うー……迂闊でした。そんなシンプルな楽しさに気づかないだなんて」
「難しい事考えるからいけないんだよ。日常の些細なことだって楽しいことなんだから」
「むー。シンプルに……わたしがネコ耳つけて生活してみましょうか」

琥珀さんのシンプルはどこか間違っている気がする。

「それは最初はインパクトあるだろうけど後半忘れ去られそうな気がするよ」
「うー……」
「まあ、最初から最後までぶっ通しでインパクトのあるネタなんてそうはないだろうけどさ」
「では子ネタの連続でなぎ倒すというのはいかがでしょう」
「そこまでネタ出てくる?」
「そ、それは……そのぅ」

言葉に詰まる琥珀さん。

「だから日常が一番なんだってさ。平和。平和で何も無いのが一番いいよ」
「うー。そんな当たり前の結論で終わらせてはわたしの策士魂に傷がつきます。何としてでも斬新なネタを考え出してみせますよー!」

琥珀さんは勢いよく立ち上がると、ドアまで一気に駆けていった。

「続く! 第一部完っ!」
「いや、続かないから! 変な事言って逃げないで、ちょっと琥珀さんってばっ!」
「次回予告、わたしと志貴さんのランデブー、そして迫り来る黒い影……」
「次回予告なんていらないからっ! ちょっと! ちゃんと収集つけてよっ!」
「落ちがないのがオチなんて新鮮だと思いませんかっ?」
「ありがちすぎて笑えないからっ!」
 

こういうのをいわゆる逃げオチというのである。
 

だから続かない



あとがき
新連載でも書こうかなと思いはしたけれど、ネタが出ないのであれこれ考えていたら出来てしまったSS(死
日常と異端の結びつけはマンガでもSSでも基本です。
そして作者の知識が足りないと書けないわけで(w;


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