珍しく自室で勉強をしていると翡翠が部屋に入ってきた。
「どうしたんだ?」
「いえ、少し志貴さまに相談がありまして」
「相談?」
「はい。正確には姉に相談されたことなんですけれども」
「……琥珀さんに?」
琥珀さんが絡む相談となると、また妙な事になりそうである。
「えーと……どんな話?」
「はい。遠野家での日常を愉快に過ごすためにはどうしたらよいかということです」
「第二次遠野家ネタ会議」
「……それか」
前にも琥珀さんは退屈だといって遠野家の日常に新たな一面を加えようと模索したことがあった。
しかも最後には「続く! 第一部完っ!」とか言って逃げたんだけど。
「まだ考えてたんだな……あれ」
よっぽど琥珀さんは退屈なんだろう。
「はい。このままでは暇すぎて死んでしまうと言ってました」
「大げさだなあ」
「はい。姉の言葉は大げさです。しかし、その提案事態は悪くないと思うんですよ」
「え?」
なんと翡翠は琥珀さんの意見に賛成らしい。
「つまらないよりは楽しいほうがいいに決まっているではないですか」
「まあ、そりゃ確かにそうだけど」
琥珀さんの提案はどれもこれも常軌を逸しているのである。
「志貴さま、何かいいアイディアはありませんか」
「……うーん」
まあ翡翠の頼みとあっては考えなくちゃいけない。
「翡翠か……」
せっかくなので目の前にいる翡翠関連で考えてみよう。
「翡翠が突如不良化。『あたいに惚れんなよ、べいべー』とか言い出すってのはどうかな」
「あ、あたいに……?」
「いや、今のは何でもない。忘れてくれ」
いくらなんでもそれはあり得ないだろう。
というか既にそれは夢か何かでもう見てしまった気もする。
「いきなり翡翠の料理が上手くなった……とか」
「それは夢のような話ですね」
「うん。多分実現不能」
琥珀さんの怪しいクスリとかキノコとかが無きゃ不可能だろう。
「こういう個人個人の努力ではどうにもならないけど、琥珀さんの理不尽な秘密道具でなんとかなるネタを『お任せ琥珀ネタ』と俺は定義したいと思う」
「お任せ琥珀……」
「うん。秋葉が突如30メートルの大きさになった! って言っても琥珀さんの仕業だったら納得出来そうじゃない?」
「確かに……姉ならやりかねないですからね」
要するに不可能を可能にしそうな人が琥珀さんなのである。
「物語の人物だったらこんなにも便利な人はいないだろうな」
「なんでもありですからね……」
「まあその点ではアルクェイドも同じなんだけど。っていうか実際問題あいつなんでもアリだし」
死んでも生き返る、っていうか満月の夜だと不死身。
空想具現化なんていうとんでもない能力まで持ち合わせている。
「とすると、お任せアルクェイドさんネタもアリなのでは」
「うん。でもアルクェイドは俺たちの都合なんかお構いなしだろ? 協力してくれって言ったってそう簡単にOKは貰えないだろうし」
「秋葉さまとも不仲ですしね……」
「うん。アルクェイドは合う合わないの相性が問題になる。けど琥珀さんはそうでもない。誰と仲良くしてても違和感が全く無いんだ」
「わたしに協力しても秋葉さまに協力してもシエル様に協力しても違和感が無い、と」
「そういうこと。だからこそのお任せ琥珀さんなんだよ」
「なるほど」
使い勝手のほうは琥珀さんのほうが上だと言えよう。
「だから琥珀さんが絡んだ事例ってのは考えやすいんだよな……琥珀さんのせいでアルクェイドがちっちゃくなったとか。琥珀さんのせいで先輩がカレー嫌いになったとか」
「シエルさまからカレーが無くなったら何が残るでしょう」
「……えーと……うーんと……せ、先輩属性」
危ない、危うく何も出てこないところだった。
「他にも埋葬機関の人間という属性もありますね」
「そ、そうっ。それも重要なポイントだよ。はは、ははは……」
先輩がカレーだけの人間だと思ってはいけない。
カレー以外にだって色々あるんだっ。
「インパクトが最大なのはカレーですけどね」
「……うん。それは間違いない」
某ゲームのたい焼きに近いものがあるだろう。
「秋葉さまでは何か考えられないですかね」
「……秋葉と言えば」
「秋葉さまと言えば?」
「……やっぱり……その……なんていうか……まな板のような……」
「胸ですね」
「う、うん」
兄として悲しいが秋葉で一番ネタにしやすいのは胸のネタである。
「だいたいそれで被害を受けるのは俺なんだけどね……。だからあんまり触れたくないネタでもある」
「しかしナイムネを取り除いた秋葉さまに何が残りますか? シエルさまよりも困ると思うのですが」
「え? えーと……いや、そんなことはないだろう」
秋葉にだってナイチチ以外のネタのひとつやふたつ。
「……お、お嬢様で、俺の妹」
「そうですね……他にもあるでしょうか」
「後はまあ、怒りっぽいとか凶暴だとか檻髪って力があるとか……」
何にしても俺にとって嬉しくない特徴ばっかりのような気がする。
「意外と秋葉さまはツンデレという面もありますが」
「つ、ツンデレ?」
「はい。普段はツンとしてクールですが、時折でれっとした……要するに照れた表情を浮かべたりするところが可愛いかったり」
「た、確かに……」
秋葉が顔を真っ赤にしてたりすると、なんだか妙に可愛く見えてしまうのである。
「男性は女性の意外な一面に弱いんですね」
「だなぁ」
「とすると、わたしが夜は大胆だったりすると志貴さまは喜ばれるんでしょうか」
くすりと笑いながら翡翠がそんな事を言った。
「ひ、翡翠?」
「構いませんよ、わたしは今からでも……」
そう言ってスカートの裾をたくし上げようとする。
「ちょ、ちょっと待って翡翠っ? なんでそんなことにっ?」
「意外な一面に弱いのでしょう? 志貴さまは」
「そ、それはそうだけど、ちょっと待って……」
おかしい。
翡翠がこんな行動をするはずがない。
だとしたらこれは夢か?
いや、今まで話してきた中にそのヒントがあったじゃないか。
「さては……翡翠じゃなくて……琥珀さんの変装だなっ!」
俺はびしっと翡翠、いや琥珀さんに向けて指を差した。
「大正解〜。流石志貴さんですね〜」
すると琥珀さんはにこりと笑ってみせた。
「いや、琥珀さんがわざわざばれるような行動を取ったからだよ。そうじゃなきゃ気づかなかった」
「ええ。このまま気づかせないで終わらせることも出来たんですが。それではつまらないでしょう? やはり物事にはオチがないと」
「……オチってなに」
俺は思わず身構えた。
今まで散々話してきたように、琥珀さんはなんでもアリな人なのである。
「あはっ。色々考えたんですけどねー。散々引っ張っておいて最後は王道なオチというのも面白いかなって思うんです」
「だ、だから何っ? オチって一体っ?」
「ええ、ですから基本中の基本。主人公が酷い目にあって『勘弁してくれ〜』と言うネタです」
「じょ、冗談じゃない」
そんな目に遭ってたまるものかっ。
俺は琥珀さんを押しのけ外に向かって駆けだした。
「ああっ、いけません。 そっちは……」
がくん。
「?」
妙に足が軽い。
「……ああ」
見ると足元には真っ黒い穴が出来上がっていた。
「落とし穴ですよー。もう。ベタすぎて笑えないじゃないですかー」
落下していく中、琥珀さんの声が聞こえてくる。
「……勘弁してくれ〜……」
俺にはもう、そう叫ぶことしか道はないのであった。