「志貴さんお電話ですよ〜」
「ん……電話?」

琥珀さんが満面の笑顔で俺の部屋を尋ねてきた。

「……なんでそんなに嬉しそうなの」

その笑顔はあまりにも不審である。

「え? わたしはいつでもスマイル0円ですからー。ささ、待たせちゃ悪いですよ、早く早く」
「はぁ」

琥珀さんを警戒しつつ電話の元へ。

「もしもし。遠野志貴ですが」
「あああ、あの、し、志貴さんですかっ?」
「えと……」

その声を聞いて一瞬戸惑ってしまった。

まさか彼女から電話がかかってくるとは思っていなかったのである。

「……アキラちゃん?」
 
 



「第二次遠野家ネタ会議α」










「はい。そうですっ。瀬尾晶です。お久しぶりですっ」
「あ、うん。どうも」

アキラちゃんの声を聞くのは本当に久しぶりだ。

琥珀さんも翡翠も「瀬尾が電話をかけてきたら私に繋ぐように」という指示を守っているので、俺の所にアキラちゃんからの電話が来るなんてあり得ない事だったのだ。

ちなみに何でそんな命令が下ってるのかは謎である。

「……」

ちらりと琥珀さんを見るとブイサインをしていた。

「……はぁ」

一体何を考えてるんだか。

「まあいいや。それでどうしたのアキラちゃん。何か急用?」
「は、はい。そ、その、こんなことで電話するのは本当に申し訳ないんですがっ」
「うん」

アキラちゃんの声はとてもあせっているように聞こえる。

「何か俺で出来る事なら力になるけど」

多分そういうつもりでアキラちゃんは電話をかけてきたんだろう。

「あ、ありがとうございます。志貴さんだったらそう言ってくれると思いましたっ」
「……いや、まあ困ってる人は放っておけないからね」

そう答える俺を見て、琥珀さんはまたにこにこと笑っていた。

「……」

くるりと向きを変える俺。

「えと、それでどういう用件なの」
「じ、実は」
「うん」
「……ネタが全然思い浮かばないんですよおおおっ!」

がくり。

俺は思わずずっこけそうになってしまった。

「ネ、ネタって……何のネタ?」
「次の同人誌のネタですっ。全然話が思いつかないんですっ!」
「あー」

そう言えばアキラちゃんは同人誌とかいう自作の本を作ってるんだっけ。

「それはネタがないと困るものなの?」
「はいっ。ネタがなきゃマンガは描けませんから」
「……いや、でも俺はマンガなんか描いた事ないし、そういうのはアキラちゃんのほうが得意なんじゃ」

正直言って俺の想像力とかはかなり貧相な部類に入ると思う。

マンガのネタなんてとてもじゃないけど思いつきそうになかった。

「いえ、ネタを考えて欲しいんじゃないんですよ。志貴さんの最近の体験を教えていただければいいんです」
「……俺の体験? 何でまたそんなものを」
「それがネタになるからですっ」
「……あ、あはは、あははは」

俺はさすがに苦笑するしかなかった。

最近は慣れて来ちゃったけれど、俺の今置かれている状況というのはネタ以外の何物でもないからなあ。

単純な更生だけでも、血の繋がっていない妹、メイド姉妹、殺して蘇った真祖の姫君、代行者の先輩と変わった人ばかり。

「一番マトモなのでも有彦だもんなあ……」

その有彦ですら実は……とキリがない。

「ですから是非聞かせてくださいっ。なんでもいいですからっ」
「……なんでもいいって言われてもなあ」

そうなると困ってしまうものなのである。

「あはっ。助け舟を出しましょうか〜?」

すると琥珀さんが俺の正面に回りこんできてそんな事を言った。

「……だからあんな笑顔だったんだね」

ネタの大好きな琥珀さんがこの話を逃すはずがなかったのだ。

「ええ。ここはひとつ瀬尾さんも交えた遠野家ネタ会議と行きましょう〜」
「いや、そういう変なタイトルはいらないから」
「ネタ会議っ? そんな素晴らしいものがあるんですかっ?」
「あはっ。瀬尾さんは乗り気みたいですよー」
「……もういっそ俺抜きで琥珀さんとアキラちゃんだけでやればいいんじゃないかな」

そう言って俺は琥珀さんに受話器を渡そうとした。

「それは駄目ですよ。瀬尾さんは志貴さんを頼って電話されてきたんですから」
「ぬう」
「お願いです志貴さんっ。その会議の力でわたしを救ってくださいっ!」
「……わかったよ。しょうがないな」

他ならぬアキラちゃんからの頼みだもんな。

「すいません、ありがとうございます、ありがとうございます」
「いや、そんなに恐縮されても」
「で、どんなネタがありますかっ? さあさあっ」
「……えーと」

どんなのがあったっけ?

「以前に異端とここにあるネタを結びつけるという話をしましたよね」

すると琥珀さんがそんな事を言い出した。

「言ったけど……それは話で実現はしてないでしょ」
「異端とここにあるネタ?」
「ええと……突如メイドさんがネコミミをつけるとかそういう話」

だったような気がする。

「なるほど。基本ですけど目を惹きますもんねえ」
「……基本なのか?」
「ミミ装着は基本ですよ〜。しっぽまで装着となるとちょっとマニアックですが」

ころころと笑う琥珀さん。

「ネコミミ……志貴さん……尻尾……いける!」
「い、いやナニがっ?」

電話の口からやたらと不吉な組み合わせが聞こえたような気がしたんだけど。

「え、いや、なんでもないですよ? それで他には?」
「他に……うーん」

その不吉な組み合わせの方が気になって集中出来そうにない。

「そっくりなメイド姉妹が入れ替わったっていうのもやりましたねえ」
「あー。でもそれは翡翠と琥珀さんが似ているから出来る事でしょ?」
「ええ、でも似てない二人が入れ替わると言うのもまた斬新で面白いでしょう?」
「例えば?」
「アルクェイドさんと翡翠ちゃんが服を取り替えるとか」
「……それはどっかであったような気がする」

一体いつの話だったっけ。

「なるほどなるほど。志貴さんが女装して男の人と……いけるっ」
「ちょ、ちょっと今女装とか聞こえたんだけど」
「気のせいですよ。やだなあもう……」
 
いかん、アキラちゃんの同人誌の中で俺がとんでもないをされてそうだ。

「あとはですねー。信じられないほどの幸運が次々の起きたんですけど、最後に不幸なオチとかいかがでしょう」
「それは王道ですが面白いオチですよね」
「……ええ。とても愉快なオチだわ」
「え?」
「え?」

電話口の先のアキラちゃんの声と俺の声がハモった。

今の声には聞き覚えがある。

「え、ちょ、そんな、待ってください。え、どうして?」

ひたすらに狼狽したようなアキラちゃんの声。

「……えーと」

俺は確認しなくてはいけないようだった。

「そういえば今日秋葉の姿が見えないんだけど、どこに行ったの?」
「それがですね」

何故か合掌する琥珀さん。

「今日は浅上女学院のほうに遊びに行かれてたんですよ。久々に知り合いに会いに行きたいと」
「……そ、そうなんだ」

俺は受話器の向こう側で展開されているだろう状況が、それで全て理解出来てしまった。

「あのぅ、しき、さん。ちょっと、わたしようじができましたので、きりますね」

やたらと棒読みなアキラちゃんのセリフ。

「……どうか無事で」

俺にはそういう事しか出来なかった。

がちゃ。ツー、ツー……

電話の切れた音が空しく響き渡る。

「……もしかして最初からこの事を知ってて?」

俺は琥珀さんに尋ねた。

「いやまあ瀬尾さんから電話がかかってきたのは偶然なんですけれど」

かけた日が不幸すぎましたねと悲しそうな顔をしていた。

「だから防波堤を作っておいたんです。上手く機能してくれればいいんですが……」

そんな事を呟く琥珀さん。

「防波堤って?」
「ええ、ですから電話してる途中で秋葉さまが現れても瀬尾さんが無事でいられるようなネタばかりを提供したつもりなんですが」
「え? あれって思いつくまま適当に言ってたんじゃなかったの?」
「それじゃわたしは事実を知りながら何もしない鬼みたいな女じゃないですか」
「……違ったんだ」
「もう。怒りますよ?」
「じょ、冗談だって」

琥珀さんはぷんぷんという擬音語が似合うような怒り方をしていた。

「……で、どうしてあれが防波堤なのさ」

琥珀さんが話したのはミミと尻尾、それから双子の入れ替わりネタだ。

「だからわたしの言葉を聞いて瀬尾さんが新たなネタを考えていたじゃないですか」
「……ま、まさか」
「そう。そのまさかです。瀬尾さんが助かるにはあれを本にするしかありません」
「うおおお」

俺は頭を抱えてしまった。

アキラちゃんが呟いていたネタをまとめるとこうなってしまうからだ。

志貴さんがネコミミで尻尾。

志貴さんが女装して男の人と……
 

「ぶっちゃけ志貴さんのやおい本ですね」

琥珀さんは笑顔でその本の正体を教えてくれた。

「い、嫌だ、嫌だあああああっ!」
 

遠野家に俺の悲鳴が、浅上女学院内にアキラちゃんの悲鳴が響き渡るのであった。
 



あとがき
ネタに困った時はこうなります。誰彼構わずとっ捕まえてなんかネタないかと(死
同じ人生を経験している人間なんていないわけで、他の人の話を聞くっていうのは小説を書く上だけでなく色々と役に立ちます。
人の話はちゃんと聞きましょう。

……などという教訓は微塵もない感じの出来のSSでした(w;



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