非常に苦しげな表情をしている琥珀さん。
「あるんですか? 是非効かせてもらいたいですね」
一方余裕の表情をしているシエル先輩。
もはや、立場は完全に逆転していると言ってもよかった。
「遠野家ネタ会議COMPACT3」
「ど、どなたか意見はありませんか?」
周囲に意見を求める琥珀さん。
「どうって別に? シエルは必要な存在なんじゃない?」
「んなっ……」
真っ先にシエル先輩の肯定をしたのはアルクェイドだった。
「ど、どうしてですかっ?」
これにはさすがの琥珀さんも戸惑っているようだ。
「だって、シエルがいると退屈しないもの」
アルクェイドはそんな事などまるで気にしないように笑っている。
「さっきまでシエルさんはいらないとかなんとか言ってたじゃないですかー!」
「あの話の内容じゃ確かにシエルはいらないと思うわよ?」
「じゃあどうして?」
「少なくともわたしにとっては必要って事。一部分のみで判断するなんてナンセンスだわ」
「ナ、ナンセンス……」
アルクェイドにそういう事言われるのはものすごいショックのような気がする。
言ってる事が正しいだけに尚更である。
「考え方次第でその人のいいところが見えてくるということですか」
「そ。例えば翡翠なんて戦闘じゃまるで必要ない存在でしょ。じゃあ翡翠はいらないかって……そうは思わないわよね?」
「思わないなあ」
翡翠がいなかったら俺の生活は滅茶苦茶になってしまうんじゃないだろうか。
「結論は、シエルは地味で影が薄くても必要な場所は必ずあるって事」
「地味で影が薄くて悪かったですね」
シエル先輩は苦笑いしていたが、途中の時のような暗い表情ではなくなっていた。
「つまり……私たちは危うく琥珀の口車に騙されることだったと」
そして秋葉がそんな事を呟いた。
「うぇっ?」
全員の視線が琥珀さんに。
「だから、わたしは、その、シエルさんの地位を向上させようと好意で……」
「とてもそうは見えなかったですが」
手厳しい翡翠の一言。
「まったく、失礼な真似をして……」
秋葉も琥珀さん不利と悟ったのか、シエル先輩派に寝返っていた。
「み、みなさん、わたしは」
「むしろ場をかき乱す琥珀の方が困る存在だと思うわよ?」
さらにアルクェイドの核心を突いたセリフ。
「そうですよねえ」
意地悪く笑うシエル先輩。
「あ……う……」
助けを求めるように目線を泳がせる琥珀さん。
「……」
翡翠は小さく首を振った。
どうやら一度痛い目を見て貰おうというつもりらしい。
「……」
俺もこの状況じゃフォローしようがなかった。
「むしろいらないのは貴方なんじゃ?」
そしてトドメに先輩のセリフ。
「……っ!」
琥珀さんは顔を覆って駆け出していってしまった。
「あっ……」
慌てて後を追おうとしたものの、翡翠に止められてしまう。
「今は何もしないほうがいいと思います」
「……そうか」
翡翠がそう言うんだったらそのほうがいいんだろう。
「悪は滅びましたねっ」
シエル先輩はやたらと嬉しそうだった。
「シエル……そんなんだから出番がなくなるのよ?」
「か、勧善懲悪のどこがいけないんですかっ!」
「まあまあまあまあ」
琥珀さんがいなくなったのになんで喧嘩してるんだか。
「……勧善懲悪かぁ」
アルクェイドの言う通り、人は一面だけで判断できるものじゃないと思う。
としたら琥珀さんのイタズラ好きな部分も一面なわけであって、そこだけで評価するのもまたおかしいということか。
「でも琥珀さんの場合それがほとんどメインだからなぁ」
「どうかしましたか? 遠野君」
「ん? いや、なんでもないよ」
何か他にあったはずなんだけどなあ。
そもそも琥珀さんはなんでこんな事をやったんだろう。
単にシエル先輩をからかいたかっただけなんだろうか。
「うーん」
「……変ですよ? 遠野君」
「志貴が変なのはいつもの事じゃないの」
「おまえに言われたくはないよ」
いや確かに自分でも変なヤツだとは思ってるけど。
「何よー」
「み、皆さん、落ち着いてください」
俺たちがもめているのを見て翡翠が困った顔をしていた。
「まったく進歩のない人たちですね……」
「誰かさんの胸みたいに?」
「ぬわんですってえ!」
「……ああ、もう」
琥珀さんがいなくなってこじれる時はこじれるんだよなぁ。
「みんな落ち着けってば」
「志貴が悪いんじゃないのよっ」
「俺かよっ?」
俺はただ考えてただけなのに。
「ややこしくしたのはアルクェイドでしょうっ?」
「違うわよっ」
っていうか既に何でもめてたのかがわからなくなってきている。
「シエルじゃないの?」
「わ、わたしは全然関係ありません! 秋葉さんが絡んできて……」
「私はアルクェイドさんが暴言を!」
「み、みなさま、冷静に……」
誰が悪い、あれがどうだと文句を言いあう各々。
翡翠は関係ないのに巻き込まれてかわいそうだった。
「……いつもだったらなぁ」
元凶は琥珀さんだという意見で一致するだろうに。
その琥珀さんも今やみんなにいらないと言われて……
「……あれ?」
琥珀さんがいると、悪役は琥珀さんになる。
琥珀さんがいないと悪役が誰だかわからなくなる。
「……」
光あるところに影があるというけれど。
影の位置に自分から望んでいる人はそうはいない。
確か以前に一度聞いた事があった。
わたしはわざと悪役をやっているんだ……みたいな事を。
「先輩」
「はい?」
「なんで琥珀さんが先輩を話題に出したのかわかったかも」
「……そりゃまたどうして?」
「いや、ちょっとね……」
シエル先輩と琥珀さん。
シエル先輩は教会の人間であり、いわば正義の象徴。
一方琥珀さんはイタズラ好きでみんなをからかう悪の象徴。
ぱっと見ではなんの共通点もない二人だ。
「過去が似てるんじゃないかって思った」
「……過去」
なんともいえない顔をするシエル先輩。
二人の最大の共通点は、思い出したくない暗い過去があるということである。
それでもシエル先輩は正義の道を選んだ。
かたや琥珀さんは悪の道を突っ走った。
今の琥珀さんに、あの頃のような深い闇はなくなってはいるが。
俺たちはもう琥珀さんがイタズラをするのを普通だと思ってるし、日常的な事だとさえ思っている。
そして琥珀さん自身もそれをする事が楽しいんだろう……そう思っていた。
「もしかしたら琥珀さんは先輩がうらやましかったのかもしれない」
「わたしが……?」
「うん。例え地味でも、普通の生活を送ってるシエル先輩がさ」
それを認めたくないからシエル先輩を否定したんだろう。
「……地味は余計ですよ」
シエル先輩は苦笑いしていた。
「ではどうしましょうか?」
胸の前で腕を組んで尋ねてくる先輩。
「……やっぱり琥珀さんを慰めることかな」
もしかしたらシエル先輩が一番琥珀さんを理解できるんじゃないだろうか。
「ま、好きにしてくださいな。私は知りません」
秋葉はもう我関せずといった感じだった。
「悪いな巻き込んじゃって」
「別に気にはしていません」
こんな態度ではあるけれど、それが秋葉の精一杯の誠意なのである。
「そういう事でしたら、宜しくお願いします」
翡翠も賛成してくれた。
「わたしはどうしよっかなー」
「おまえは大人しくしていてくれ」
「そう?」
アルクェイドは天然のトラブルメーカーだからな。
「……あれ?」
なんか人数が足りない気がするけど。
「さあ、行きましょう遠野君」
「え、あ、うん」
まあいいか。
「はいはいはいはいほわーい!」
「うわっ! 単純なくせに減りすぎ!」
「これがトロワの生命線ですから」
「……いや、何をやっているんですか、あなたたちは?」
琥珀さんの部屋。
「おう。話は終わったのか遠野」
「退屈していたところです。貴方もどうですか?」
行方不明になっていた有彦とシオンが対戦ゲームをプレイしていた。
「わたしがお相手しますよー」
そして二人の隣にはにこにこ笑っている琥珀さんが。
「……みんなにいぢめられて逃げてきたんじゃ?」
「あれ、聞いてませんでした?」
「何を?」
「いや、なんか出番がなくてつまらんからゲームでもやるわってこっちに逃げてきたんだよ」
有彦がそんな事を言った。
「ええ、それを思い出して様子を見に来たんですが」
「あ、あの状況でですかっ?」
「策士は不利を悟ったらすぐに撤退するものなのです」
えへんと胸を張る琥珀さん。
「まったくもう……」
なんだか急に力が抜けてしまった。
あれこれ心配して損した気分である。
「いやはや、心配おかけしてすいませんでしたー」
ぺこりと頭を下げる琥珀さん。
「……ん」
その琥珀さんの目が少し赤くなっていた事に気付いた俺は、それ以上何も言うのをやめた。
「じゃあ俺もゲームやろうかな。琥珀さん。相手してくれる?」
「わたしですか?」
「ボコボコにされちまうぞ?」
「無謀だと思いますけど」
たとえみんなにどう言われようが。
「俺は琥珀さんがいいの。わかった?」
琥珀さんの目を見ながらそう告白する。
「……あ」
その表情がぱあっと明るくなった。
「はいっ!」
にこりと笑う琥珀さん。
「やれやれ、結局いい所は持っていかれてしまいますねえ」
シエル先輩は複雑な表情をしていた。
「あはは」
思わず笑ってしまう俺。
「結局のところ……今回は何にもなかったってことかなぁ」
シエル先輩のことであれこれ揉めたけど、結局は何も改善してないし。
強いて言うなら然るべくして元に戻ったというところか。
「大山鳴動してネズミ一匹ってやつですね。いやはやコンパクトになってしまって残念です」
「……どこがコンパクトなのさ」
無駄に長かった気がするぞ。
「うふふふふふふ」
「ま、めでたしめでたしとしておこうかな」
にこにこと嬉しそうに笑う琥珀さんを見て、俺はそう思うのであった。
続く
でも究極兵器は琥珀さんなんですよねえ(w;
これが……愛か!