まったくこの人のネタ好きにも困ったもんだ。
「や、結構古いネタだと思うんですけどねえ」
わかる俺もどうかと思うが。
「最近の流行りだとやっぱり『うおっ! まぶしっ!』でしょうか」
「いや知らないから」
一体何の話なんだ。
「おやおや知らないんですか志貴さん。遅れてますねー」
「遠野家ネタ会議D」
「いっつも思うんだけどさ」
毎度毎度の事だが考える事があった。
「はい?」
「俺に通用しなかったらどうしようとか思ってないの?」
「そりゃ思いますけど」
「あれ」
意外な答えだった。
「でも、一体何のネタだろうって気になりますよね?」
「そりゃ……まあ」
「それで志貴さんが調べてくれる事を期待しているんです」
「……ずいぶんとまあ人任せなことで」
「本当ならわたしの口から言わずに雑誌や他人の口から知って欲しいところですけど」
「直接的にも間接的にも関わらないってやつ?」
「はい」
にこりと笑う琥珀さん
「……くっ」
そんな琥珀さんの手に乗ってたまるものか。
「あっち行っててよ」
「はい。言われなくてもスタコラサッサですよ〜」
琥珀さんはまた怪しげなセリフを発して去っていった。
「……何なんだ、一体」
と、ドアのほうを見ると、どう考えても落していく数じゃない量のビデオテープが落ちていた。
「み、見てたまるものか!」
見たら最後、琥珀さんの術中にはまってしまうではないか。
「……そ、そうだ。大体俺の部屋にはテレビなんかないし」
琥珀さんの部屋じゃなきゃビデオを見れないじゃないか。
「なんだ」
この部屋ではビデオテープなんかただの置物にすぎないのだ。
「……ふっ」
問題ない、何も。
「あー。翡翠? 俺ちょっと出かけてくるわ」
「かしこまりました。……その手に持っている袋は?」
「ああいや! 何でもないよ! ビデオテープとか全然入ってないから!」
「……はぁ」
「琥珀さん」
「はいはいなんでしょう?」
「笑天っていい番組だよね」
「はい。日本が世界に誇っていい番組だと思いますよ?
「……でもさ、ビデオの中身が全部それってのはどうかと思うんだ」
途中で気付いて早送りにしたくなかったが、内容が面白くてそれも出来ないというジレンマ。
「あー。だから帰りが遅かったんですねー」
「はっはっはっは」
「うふふふふふ」
「……すいません、元ネタを教えて下さい」
「人間、素直な心が一番ですよー」
それはあなた自身に最も必要なものだと思うんですが。
「ただ、ネタというものは常に流れるものですから最近のものを扱うのはあまり好きじゃないんですよね」
「なんか最初と言ってる事矛盾してない?」
「あーいや、訂正しましょう。新しすぎてもダメだし、古いすぎてもダメなんです」
「うん?」
「たとえばちょっと昔だったらツンデレなんて言葉誰も知らなかったでしょうね」
「あー」
それは確かにそうかも。
「メイドだってそうです。メイド喫茶でメジャーになりましたが、メイドなんて単語を知っているのはごく一部の人間でした」
この遠野家には現役のメイドさんがいるわけですが。
「わたしから言わせればミニスカのメイドなんて邪道以外の何でもありません」
「……琥珀さんそういうのこだわりそうだよね」
「そうです! 長いスカートをめくるのが楽しいというのに!」
「聞いた俺がバカだった」
まあ確かにそれはロマンだけどさ。
「メイド喫茶はメイドのイメージを誤解させるモノですよ。頂けません」
「そ、そうなのかな」
「では志貴さん。メイド喫茶に対するイメージを仰ってください」
「え? えーと」
そんな事言われたって俺行った事ないのにな。
有彦辺りだったら詳しそうだが。
「まず店に入ったら『おかえりなさいませ、ご主人さま』だろ?」
テレビとかではそれが定番っぽく扱われている気がする。
「そもそもそこが間違ってます」
「うん?」
「志貴さん。自分で言ってておかしい事に気付きませんか?」
「え、えーと」
何だろう?
「お客さんが入ってきたのに『おかえりなさいご主人さま』なんですよ?」
「……いや、だってそうじゃなきゃメイド喫茶として成立しないんじゃ」
「いらっしゃいませ、お客さま。何名さまでしょうか? これが本来のメイドでしょう」
「だからメイド喫茶として……」
「成立するでしょう? みんながみんな主人になりたいわけではありません」
「あ」
なるほど、主人としてメイドに迎えられるよりも客としてメイドに迎えてもらいたいという要求もあるわけか。
「普通に考えたらそっちのほうがまだ現実的です。どうしてわざわざ非現実っぽい仕様にするんでしょうか」
「そんな事俺に言われてもな」
きっとオーナーはメイドにご主人さまと言って欲しいほうの人間だったんだろう。
「あれだ、ほら、某ネズミーランドと一緒で夢の世界がコンセプトなんだよ」
「夢の世界の住人がチラシくばりをするのはちょっと……」
「……確かになあ」
今の秋葉原ではチラシを配るメイドさんがそこいらじゅうにいるようだ。
それこそ一体何のお店なの?ってくらいに。
「喫茶店がチラシ配りってのも奇妙な話ですよね」
「まあね」
「やはり営業をしないとやっていけない業界なんでしょうか」
「ターゲットが限定されちゃうからねえ」
それこそさっき言ったような、メイドにご主人さまと言って欲しい人間がターゲットである。
「水商売は難しいんでしょうね」
「水って……」
いやまあ分類的にはそうなのかもしれないけど。
「おっとこれは失言」
慌てて口を塞ぐ琥珀さん。
「で。メイド喫茶のいいところって何でしょうね?」
「……女の子と合法的にいちゃいちゃ出来ることじゃない?」
「だからそれは」
「全年齢向けの」
「……最近はメイド喫茶も無駄に増えてるからサービスの仕方を変えなきゃいけないと思うんですよ」
「例えば?」
「ご主人さまじゃなくて旦那さまとか」
いやそれ同じじゃん。
「これは意味合いが全然違ってきますからねー。メイドマニアなら垂涎ものですよ」
「……そこまでメイドマニアが集ってるわけじゃないと思うけどなあ」
「むう」
「さっきと同じになるけど、某ネズミーランドだってネズミーが本当に好きで行ってる人もいるだろうし、雰囲気を楽しみたいからって理由もあるだろうから」
「だからサービスの仕方を考えるという話をしているんじゃないですか」
「あ、そうだっけ」
……ってちょっと待て。
「いつの間にそんな話に?」
何故俺たちがメイド喫茶の未来を考えねばいけないんだ。
「いつの間に……って流れ的にですけど」
「うわ、危な!」
慌てて琥珀さんから離れる。
「これが琥珀さんの手口なんだ。いつもそうだ」
気付いたらずっぽりとはまっている琥珀ワールドの恐怖。
「おや、志貴さんだって楽しんでたじゃないですか」
「う……」
それも否定出来ない事実。
「現実を受け入れて、楽しんじゃったほうが楽ですよ?」
「こ……こんな時は!」
「こんな時は?」
「言われなくてもスタコラサッサだぜ!」
俺は琥珀さんに背を向けて逃げ出した。
「志貴さーん! そっちは窓でー」
「知ってるよ!」
窓の外にある木に捕まれば逃げれるはずだ。
「……てえええええっ?」
しかし現実とマンガの違うところ。
俺の手がその木の枝に届くことはなかった。
「ああっ! 志貴さんが落下しながら落下してる……って。まんますぎですね」
「……」
遠ざかっていく琥珀さんの声。
おひさまが明るく輝いている。
俺はそれを見てこう呟くことしかできなかった。
「うおっ、まぶしっ」