ちなみに今は晩御飯の真っ最中である。
「遠野家ネタ会議EX」
「何ですか? 遠野家ネタ会議というのは」
いぶかしげな顔をしている秋葉。
「いや、まあ色々あって」
「日常生活を面白おかしくしようというコンセプトのもとに行われていた会議です」
会議って割にはいつも俺と琥珀さんだけでしか話してないんだけどなあ。
「知ってる? 翡翠」
「いえ……」
ほら、翡翠も知らないみたいだし。
「私も知らない翡翠も知らない。琥珀、あなたは誰と会議をしていたというの?」
「ですから志貴さんとですよ」
「……兄さん、そんなつまらない事に協力してたんですか」
「待て待て待て。俺は巻き込まれただけだ」
片棒みたいに思われたら困る。
「そんなぁ。志貴さんだって色々アイディアを出してくださったじゃないですかっ。翡翠ちゃんにネコミミをつけさせるとかっ」
「いや、それ琥珀さんのアイディアだったろっ?」
しかもそれは会議とは別の場所での会話だった気がする。
「し……志貴さま」
「ああ、誤解しないでくれ翡翠。全部琥珀さんの考えだから」
「そういえば秋葉さまといえば貧乳ネタしか思いつかないとも言っていたようなー」
「……」
ぶしっ。
ローストチキンに銀色のナイフが突き刺さっていた。
「……琥珀さん、食事中にそのネタは心証に悪いからマジで勘弁」
「は、はい。今のは失言でした。申し訳ありません」
「わかればいいんです、わかれば」
くすくすと笑う秋葉。
俺の背中にはびっしりと脂汗が流れていた。
「では他の話題を。別にわたしは悪い事を考えているわけではないんですよ。単に生活を面白くしたいなと」
「姉さん。今の生活で十分楽しいではないですか。何か不満がおありなんですか?」
おおっ。
翡翠が普段の俺みたいなことを言っている。
そうそう、普通が一番なんだ一番っ。
「ええ。例えば志貴さんがあんまりにも朴念仁過ぎるとか」
「それに関しては同意いたします」
「……うぐ」
ほんの一瞬の味方であった。
「そうね。兄さんを改善する会議ならしてあげなくもありません」
「おいおいおいおい」
なんか変な方向になってきたぞ。
「あはっ。では第四次遠野家ネタ会議は志貴さん改良計画って事で」
「異議なしです」
「多数決でも圧倒的ですね。兄さんに拒否権はありません」
「……」
どうやら今回は俺がいじられる運命らしかった。
「はいはい。じゃあどうすればいいんだよ。ジュテームとか言えばいいのか?」
こういう場合どうあがいたって無駄なのだ。
諦めてネタに乗ったほうが話が早いだろう。
「あらら。もっと抵抗するのを予想していたんですが」
「悪かったね」
朴念仁朴念仁言われてるのは結構に気にしてるんだぞ。
「そうですね。まず挨拶を変えましょう。私にあったら「おはよう、愛しい秋葉」と仰ってください」
「……寒気がするんだけど」
「そうですね……さすがにそれはちょっと」
「秋葉さま、偽りの愛を得てもそれは悲しいでしょう」
「じょ、冗談ですっ! 冗談に決まってるでしょうっ!」
いや、目がマジだったぞ。
「まあ挨拶をどうにかするってのは賛成ですけどね。例えば『おはよう琥珀さん。今日も可愛いね』とか」
「や、やだよそんな恥ずかしい」
「だから、それを自然に言えるようになれば朴念仁脱出じゃないですかー」
「そうね。さりげない一言は大切だと思うわ。『秋葉、今日はいい香水をつけてるんだな』などさり気ない言葉が」
秋葉のやつ、香水なんかつけてたのか? とか思った時点でもうそれはアウトだろう。
「志貴さまはわたしには『いつもありがとう』と仰って下さっていますが……」
「兄さんは翡翠にはいやに優しいんですよね」
ぎろり。
「だ、だって一番世話になってるのも翡翠だしさ」
いくら俺だって普段の身の回りの世話をしてくれる翡翠には感謝の言葉くらい言うのだ。
「えー? わたしだっていつも志貴さんのご飯を作ってるんですよ?」
「それはそうだけど……」
琥珀さんの場合それ以上に被害に遭わされることが多いからなあ。
「そんな事を言ったら私は遠野の当主。兄さんに住む部屋を与えているんです。一番感謝しなくてはいけないのではないんですか?」
「バカ。家族なんだから一緒の家にいるのは当たり前だ」
「……」
俺がそう言うと秋葉ははっとした表情をした。
「そ、そうですね。すいません。今のは忘れて下さい。愚かな発言でした」
「気にするなって」
最初は抵抗があったけど、遠野家はもうすっかり俺の家となってしまっていた。
秋葉も琥珀さんも翡翠も。みんな俺の家族なんだ。
「わ。感動の名セリフでしたねー。こういうのを普段から言えれば言う事ないんですけど」
「……おいおい」
せっかくちょっといいシーンだったのに。
「ビデオに撮っておきたかったですね」
「ひ、翡翠まで」
なんだか悲しくなってきたぞ。
「こ、こほん。……兄さんのいいところはさりげなくいい言葉を言ってくれることだと今のでちょっと思いました」
顔を赤くしながらそんな事を言う秋葉。
「えー。それじゃあ志貴さん改造計画にならないじゃないですか。フル改造で移動プラス1くらいの改造しちゃいましょうよー」
また移動力プラスなんて微妙な。
「せめて地形適応Sにしてくれよ」
「……何の話ですか?」
「いや、よくわからないけど」
何の話なんだろうな、一体。
「先ほどわたしにネコミミをと言っていましたが、志貴さまにつけていただくというのはどうでしょうか?」
「え」
すると翡翠がそんな事を言った。
「それは微妙」
「そ、そうですか」
「男の人だとオプション付けが難しいですよね。女の子ならいろいろいじりがいがあるんですが」
「……確かに」
リボンメイド服スク水ブルマその他諸々。
言っておくが俺はマニアじゃないぞ。
健全な男子だったらそれくらい妄想するもんだっ。
「志貴さん女装計画」
「さりげなく物騒な事言わないでくれっ!」
「いい案だと思うんですけどねー」
「兄さんが女装しても……ただ面白いだけで終わってしまうでしょう」
「そ、そうっ。三分と持たないネタだって! 後寒いだけだし!」
なんとしてでも女装は回避したいので必死な俺。
「ぎゃ、逆に秋葉が男装とかさ。そっちのほうがいいんじゃないかな」
「兄さん。それはどういう意味ですか?」
「はっ!」
しまった、余計な事を言ったかっ?
「志貴さん。それは秋葉さまがナイチチだからということですかー?」
ここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくる琥珀さん。
「い、いや、そうじゃなくてっ」
「兄さん……ちょっとゆっくり会議いたしませんか? 二人きりで」
また秋葉のさわやかな笑顔が怖い。
「かかか、会議はみんなでやるもんだろう? それに今は食事中だし」
「ええ。ですから食事が終わってからゆっくりと。最後の晩餐というやつですかね」
「……」
よし、逃げよう。
「ダッシュ!」
俺は席を立ち上がり一気にドアに向かって駆け……
「うふふ、食事中に急に席を立ってはいけませんよ兄さん」
びたんっ。
秋葉の檻髪に足を奪われてしまった。
「……ああ」
これはいわゆるチェスでいうところのチェックメイトというやつだ。
「……琥珀さん、今回のネタって何だったの?」
俺は全てを諦め琥珀さんに尋ねた。
「ええ、実は志貴さんバットエンドオチという超王道ネタを目指してまして」
「そっか」
見事にはまってしまったようだ。
俺の視線には窓の外のまんまるい月が写っていた。
ああ、今夜はこんなにも。
つきがきれいだ―――
遠野志貴
現実逃避END