周囲を見回してみる。
「お」
廊下の角を曲がる琥珀さんの後ろ姿。
「逃がすかっ」
駆け足で一気に距離をつめる。
が。
「……いない」
さすがに策士の逃げ方は一級品であった。
「遠野家ネタ会議F 完結編」
「しかしただやられている俺じゃないぜ」
毎度それではマンネリというものだ。
「どうしたんですか琥珀さんっ! 自慢の知識もその程度のものなんですかねっ?」
挑発的なセリフを叫ぶ俺。
これで敵をおびき出して倒すというのが王道作戦なのだ。
「……」
そのまま様子を伺ってみるが反応はない。
「さすがに引っかからないか……」
秋葉とかアルクェイドだったら速攻で引っかかっただろうに。
「じゃ、作戦その2」
ことわざにもある有名な作戦だ。
将を射んとすればまず馬を射よ。
「つまり……」
俺は来た道を引き返し、ある部屋へと向かった。
「翡翠っ」
有無を言わさず部屋の扉を開ける俺。
「し、志貴さまっ?」
慌てて机の上の物を隠そうとする翡翠。
だがそれは隠せるようなものではなかった。
「やっぱりな……」
そこにはノートパソコンが置かれていたのである。
「ぱ、パソコンがどうかなされましたか、志貴さま」
「翡翠、もうタネはあがってるんだ」
さながら推理モノの主人公のような気分の俺。
まあ、最初に答えは出ていたようなものなんだけど。
「タ、タネとは?」
「琥珀さんと俺は話をしてたんだ。パソコンの話」
「そ……そうなんですか。それは奇遇ですね」
いや、奇遇なんてもんじゃない。
全て準備があってこその行動だったのだ。
「一番最初はインターネットの話だったんだ」
「は、はい。確かにパソコンとインターネットは切っても切れない関係です」
「そうだね。それでパソコンの用語を質問して琥珀さんが答えるって展開になったんだけど」
「……」
押し黙ってしまう翡翠。
「琥珀さんは俺がどんな事を聞いてもあっさりと答えてくれたんだ」
「ね、姉さんだったらそれくらい余裕なのでは無いでしょうか?」
「うん。俺もそう思ってた。IT関連の質問をするまでね」
「……」
「IT社会とか、ITの歴史については答えられなかったんだ。琥珀さんは」
「姉さんとて、人間です。完璧ではありませんよ」
「うん。そりゃもちろんね」
けれど琥珀さんの反応はあからさまにおかしかったのだ。
「俺もパソコンの授業で使った事があるんだけどさ」
ブラウザを立ちあげる。
ブラウザってのはまあインターネットでページを見る為に必要なものだ。
「で、自分の知りたい情報をどうやって手に入れるかっていうとね」
これは最初に習った事だ。
「検索エンジンのページに行って」
インターネットに数あるたくさんの情報の中から自分の知りたい情報を探してくれるサイト。
「この検索エンジンってほんと便利なもんなんだけどさ」
このグーグレだかなんだかという検索エンジンは世界で一番使われているらしい。
「落とし穴があってね」
試しに検索をかけてみる。
『遠野志貴』
「自分の名前を検索して見ると案外出てきたりしてね。驚くんだけど」
同姓同名の人が医者をやってるだとかなんだとか、そういうこともあるのだ。
「そ、それがどうかなさいましたか」
「うん。さっさと本題に行こうか。『IT社会』とか『IT 歴史』とかで検索かけてみるとね」
面白い事になるのだ。
「"IT" は一般すぎる言葉のため、 検索には使用されていません……でしょう?」
「……琥珀さん」
気付くと後ろに琥珀さんが立っていた。
「姉さん」
「ごめんね翡翠ちゃん、わたしの悪戯に付き合わせちゃって」
「やっぱりそういうことだったんだ」
「ええ。志貴さんの思っている通りですよ。わたしはイヤホンを通じて翡翠ちゃんの検索結果を説明していただけ」
そう言って小さなイヤホンを耳から取り出す琥珀さん。
「しかしよくわかりましたねえ、志貴さん」
「いや、俺も偶然同じ事を検索した事があるんだ。じゃなきゃわからなかったよ」
この検索エンジンでは『IT』を「アイティー」ではなく「イッツ」で認識しているのである。
イッツとして使われているITは英語サイトではそれこそ五万とある。
だから検索には反映されないようにされているらしい。
おかげでITのことについて調べるのにものすごい苦労したのだ。
「志貴さま、申し訳ありません」
頭を下げる翡翠。
「いや、翡翠は悪くないよ。琥珀さんがええかっこしいなのがいけないんだって」
「……ええかっこしいってまた古いですね。誰も使ってませんよそんな単語」
「え、マジで? 俺の中ではまだ現役だぞっ?」
ナウなヤングにバカウケだって現役だ。
「いつの時代の人間なんです? 志貴さん」
「悪戯ばっかりしてる琥珀さんに言われたくないよ」
「……反省しております」
さすがに琥珀さんでもトリックがばれた直後だけあって大人しかった。
「しかし、そんな言葉がまだ現役とはー」
「いや、普通に使うって。誰かに聞いて見ればいいんだよ」
「そんな恥ずかしいセリフ他の人に言わないで下さい」
「さすがにそれは止めたほうが宜しいと思います」
「……一体どないせいと」
この言葉が実際に使われているのかどうかは知りたいけれど人に聞くのは恥ずかしいと。
「そんな時こそこれですよっ!」
琥珀さんは意気揚々としてパソコンを指差した。
そこに映っている画面は当然。
「検索エンジンか……」
なるほど、知りたい情報を探すには便利なものだ。
「しかし出てきた結果が真実でないこともあります。判断能力が大切だということですね」
「だな」
ITみたいに出てこない結果もあるし、頼りすぎるのはよくない。
「全ては使う人間次第って事ですかー」
「うん。琥珀さんみたいな人に使われなきゃ問題ないね」
「もう、志貴さんってば」
「冗談だよ。んじゃ、さっそく……」
本当に使われているかどうか気になる単語を入力し、三人揃って結果を眺めるのであった。
「いや、すっかりはまってしまいましたねー」
「琥珀さんがマニアックな単語ばっかり言うからだよ」
「それを言うなら翡翠ちゃんだって」
「わ、わたしのは格言やことわざです」
それぞれの知っている言葉を言いあって誰が一番ヒットしたかなど下らない遊びで盛り上がってしまった。
「シロートのわたしたちでさえこれなんですから、ベテランはもっと凄いんでしょうねえ」
「もっとはまってるってこと?」
「毎日検索をかけてるのではないでしょうか」
「中にはいるのかもなあ」
人は情報を欲しがるものなのである。
「結局IT社会のことはわからずじまいでしたねえ」
琥珀さんが思い出したように呟いた。
「だな」
試しに色々な方法を用いて(単語の順番を変えるとか)検索してみたけど出てきた結果はみんな同じだったのである。
「……あの」
そこで翡翠が遠慮しがちに声を出した。
「どうしたの翡翠ちゃん?」
「ずっとここが気になっていたんですが」
「ここ?」
翡翠が指差したのは、"IT"は一般的すぎる〜の後にある、「詳細」であった。
「これがもしかして鍵となるのでは」
「どれどれ……」
試しにクリックしてみる。
『頻繁に使われる言葉や文字をストップ語句といい、検索キーワードから自動的に除きます』
『検索にストップ語を含めるには半角 "+" 符号を使用します。"+" の前には必ずスペースを挿入して下さい』
「あ」
「あっ」
これはつまり。
「+を入れれば検索可能だってことですかっ?」
「そういうことだな。よし、さっそく……!」
検索をかけてみる。
『+IT 社会』
「おお……」
「こ、これは……」
「……!」
検索結果 約3,790,000件。
「……無理ですね」
「無理だな」
「不可能です」
三人で顔を見合わせ、ため息をついてブラウザを閉じた。
教訓
まず使い方とかそういうのはよく読んだほうがいい
本当に確実な情報を得たいのだったら専門の本を買ったほうが早い