琥珀さんが寝そべってマンガを読みながら尋ねてきた。
「どうって……どう?」
それよりも、どうしてこの人は俺の部屋でこんなにくつろいでるんだろうな。
「なんかこう物足りないと思いませんか?」
「うーん」
言われてみればそんな気がしないでもないけど。
「あーもうっ」
堪えかねたように起きあがる琥珀さん。
「努力ですよ。ど・りょ・く。最近のマンガには努力が足りないんです!」
また実に似合わない単語が出てくるのであった。
「遠野家ネタ会議R」
「それってどういうこと?」
「つまりですね。主人公が強い理由が納得できないんです」
「ん?」
「なんとかの子孫であるとか、うんちゃらの魔法を使ってるからとかそういう理由で強い人が多いじゃないですか」
「あー」
「それって努力も何にもしてないですよね?」
「……まあね」
たまにそういう描写がある事もあるけど、無いマンガに関してはとことんないからな。
修行を開始した。
そして一ヵ月後……とか。
その内容がまるでわからないのだ。
だから修行してパワーアップしましたという言葉に現実味が感じられないというか。
「なるほど」
琥珀さんの言いたい事がなんとなくわかった気がする。
「だいたい何ですか。ある末裔の子孫だからってオチコボレる人はオチコボれるんです。才能に奢らず、努力した人が実らなくてはおかしいんですよっ」
「……なんか耳が痛いなあ」
まるで自分の事を言われているかのようである。
「そういえば志貴さんもそういう身の上でしたね」
「一応子供の頃に殺陣を学んだとかなんとかヤブ医者が言ってたけど」
うさんくさいにも程がある。
ただまあ、アルクェイドやら何やらのとんでもない連中とそれなりにやりあえてしまうってのは、そういう経験があったからなんだろう。
「なんだかよくわからないけど強いってのは悪役だから許される特権だと思うんですよね。主人公がそれだともう読む気なくしちゃいますよ」
「確かにただ強いだけじゃなあ」
時にはピンチなりなんなりがあってこそ話が面白くなるのだ。
「弱点がないってのはもう最悪ですね。あってもステレオタイプのものだったり……」
「例えば?」
「鈍感」
「……あっはっはっは」
実は琥珀さん俺をいじめようとしてるんじゃないよなぁ。
「女に弱い」
「そ、それは男だったらしょうがないんじゃないかなあ」
「……まあ百歩譲ってそれは認めましょう。けれど、無意味やたらに強くてさらにもてる主人公とかはもうつまらないんですよねー」
「強い人は普通にもてるんじゃない?」
やっぱり格闘技の強い人とかにはファンも多いし。
「思うに、ただ自分の理想を投影しすぎてるからなんでしょうね」
「理想?」
「マンガに限らずですけど。作品ってのは自分のこうなりたいという姿を入れたくなってしまうもので」
「……まあ、そうだろうな」
それのわかりやすい形が戦いの強さだったりするわけだ。
「努力して得た強さなら理由があります。背骨となる部分があるんです。でも」
「才能って理由だとそれが薄っぺらい?」
「……といいますか、本当にただの理想なんですよね」
「ん?」
「だから、努力しなくても自分には何か凄い才能があって、いつかそれが発揮されるんだみたいな」
「そんな虫のいい話……」
が展開してしまうのがマンガの世界なのだ。
「現実はそう甘くはありません。ですがそういうマンガを読んでばかりいたらそう信じ込んでしまうこともあるでしょう」
「何か一時期流行ったPTAの抗議みたいだね」
「全てがそうとは言いませんけど。わたしはやっぱり努力してその結果が実るという展開が好きですよ」
「うーん」
裏で色々苦労してきた琥珀さんだからこそ、そう思うんだろうなあ。
「才能があってなんでも出来る人なんていうのはサブキャラでいいんですよ」
「かもね」
そういう人に追いつくために主人公は努力をするわけだ。
「大人の都合っていうのが最大の問題だとは思うんですけども」
「大人の都合?」
「人気マンガだと終わらせたくないでしょう? だからどんどん強い相手を出してしまう」
「……あー」
格闘マンガでありがちな展開である。
「そうなるともう努力とか言ってられなくなっちゃうんですよね。何だかよくわからないけどパワーアップして勝っちゃう……みたいな」
「ありがちだねえ」
「少年マンガ特有のインフレというやつです」
「うん」
「ただ、そういう状況でもピンチを上手く作ったり、逆転のアイディアが面白ければいい作品になるとは思います」
「上手いピンチか……」
どんな状況だろうな。
「一番駄目な主人公はピンチにならない主人公です」
「それは何がしたいのかわからないな」
ただ強いだけじゃ見せ場なんかないだろうに。
「ピンチを乗り越えるシーンこそが最大の見せ場だというのに。相手がこれこれこう強い相手ですよ。でも才能で勝っちゃいました」
琥珀さんは大きなためいきをついた。
「くどいようですけど敵キャラだったらそれでいいんです。敵も努力するに越した事はありませんが」
「才能同士のぶつかり合いでも面白くする方法はあるんじゃないかなあ」
「ありますかね?」
「ジョジョとかそれに近いと思うけど」
「あれはもう別次元ですからねえ」
才能同士の戦いだとむしろ頭脳戦になってしまうのだ。
「ピンチを策で乗り切るという展開は素敵です。むしろわたしの得意分野です」
急に嬉しそうな顔をする琥珀さん。
「三国志が面白いって言われるのは孔明とかの策士がいるからだろうね」
「ええ」
ただ国と国が戦争しましたでは面白くもなんともないわけだ。
そこには作戦を考える軍士がいて、敵を倒すために色んな作戦を考えた。
その作戦の結果、勝利した。
もしくは作戦を見破られ、失敗した。
「マンガとして書くには難しいジャンルですね」
「……確かにあんまり見ないね」
「推理マンガなんかはそれに近いですけど。犯人と探偵の知恵比べという意味で」
「なるほど……」
考えると色々奥が深いんだなあ。
「ってわけで志貴さん」
「ん?」
見ると琥珀さんは怪しげな笑みを浮かべていた。
「志貴さんも才能に頼らずにネタを仕入れる努力をしてくださいね?」
「……いや、別に俺はネタの才能なんか……」
「そんな謙遜なさらずに。ボケとツッコミ、どちらもこなせるのは立派な才能ですよ?」
「なんか言ってる事変わってないっ? 努力が大事なんでしょ?」
「ええ。ですからさらに伸ばす努力をー」
「ああもうっ……」
つまり琥珀さんが運びたかった展開はこれかっ。
「そんな努力……真っ平ごめんだっ!」
「若い頃の苦労は買ってでもしなきゃ駄目なんですよー」
「……いやだから……」
取りあえず俺に最も必要なのは、この割烹着の悪魔をなんとかする努力のようである。