俺は毎度恒例のタイトルコールに辟易していた。
「といきたいところですがネタがありません」
「いや、ネタがないならやらなきゃいいんじゃないの?」
「ネタがなくても時間が来れば会議を始めなくてはいけないんですよ」
「……いや、別にテレビじゃないんだからさ」
ネタがないならやらなきゃいいのに。
「娯楽は人生に必要なものですよ志貴さん。退屈は敵なのです」
相変わらず琥珀さんは日常に退屈を感じているらしかった。
「新スーパー遠野家ネタ会議」
「ですから志貴さん何か面白い事考えてくれません?」
「琥珀さんが満足できるようなネタ考えられるかなあ」
「なんでもいいですから」
「うーん」
そんな芸人じゃないんだから急に振られて面白い事が思いつくはずもなく。
「ちょっと考えさせてくれよ」
「はーい」
何か面白い事あったっけと考え始める俺。
「……いかん、この時点で琥珀さんの策にはまってる気がする」
用事を思い出したとか言って逃げておけばよかった。
「まあまあ深い事は気になさらずに」
「うーん……」
もうこうなったら逃げるのは不可能である。
「何か……うーん」
「学校で何か面白い事があったとかー」
「いや、そんな毎日面白い事が起きてるわけじゃないからさ」
むしろそれは琥珀さんの言うところの退屈な日々そのものである。
「強いて言うならシエル先輩が学食のカレーを」
「あ、そのネタは聞かなくてもだいたいわかるんでいいです」
「……だよね」
ちなみに学食のカレーを食べつくしてさあ大変というありきたりな展開だった。
普通の人がそれをやったら驚きだけどシエル先輩というところがポイントなのだ。
「それはわたしが志貴さまに一服持ったとかと同じくらい驚きのない展開ですよ」
「……それが日常化してるってのがすごい嫌なんですけれど」
最初は奇異な出来事であったとしても、何度も起きるとそれはもはや日常なのである。
例えばアルクェイドが窓から侵入してくるのも日常だし、秋葉とひと悶着起きるのも日常といえる。
翡翠に毎朝起こされるのも最初は抵抗あるものだったというのに。
人は慣れることの出来る生き物である。
「そして適応力が高い人間は飽きが早いと」
「はい?」
「いや、なんでもないよ」
どんな場所にも一人くらいはこういう人がいるのだ。
それは天才だと言われることもあるし、なんだか付き合いにくいなという印象を受ける事もある。
琥珀さんの場合、うまくみんなに合わせているけれど、それが出来ない人間はきっと不幸だろう。
つくづく俺は凡人でよかったと思う。
「あ、琥珀さんの日常を話してくれるってのはどうかな?」
「わたしの……日常ですか?」
「うん」
「面白くないですよ?」
「そんな事ないですって」
こういう人は普通の人と見ているポイントが、世界が違う。
だからそれを聞く事は俺にとっては面白い事なのだ。
「ふむ……まあたまにはそういう話も新鮮かもしれませんねぇ」
「でしょ?」
俺が琥珀さんから話をもちかけられることは多いが、琥珀さんが自分の事を話すということは滅多になかった。
「えーと、ではまずは朝の行動から話していこうと思います」
「うん」
「まず朝起きたら秘密の地下室に行きます」
「ひ、秘密の地下室?」
ある程度予想はしていたけれど本人の口から聞くと衝撃的だった。
「そしてそこで薬の調合を……」
「いや、ちょっと待ってよ琥珀さん」
「はい?」
「秘密の地下室って?」
「あ。そこは大して重要なポイントじゃないんで流してくださって構いませんよ」
「……重要じゃないんだ」
「ええ、日常的な事ですから」
「……」
さすがは琥珀さんだけあって朝から常軌を逸している。
「続きいいですか?」
「あ、うん」
この件に関しては後でまた聞く事にしよう。
「それで薬の調合が終わったらそれを持って厨房に行きまして」
「うん」
「秋葉さまの食事と志貴さまの食事に混入を」
「ちょっとちょっとちょっと!」
「何ですか?」
「何その薬って!」
毎日食べてる食事に毒薬とかっ?
それともあれか? 火薬を入れてかやくごはんってか?
「普通のビタミンですよ。やだなぁ。そんな物騒なもの入れませんって」
「そ、そっか」
そうだよな。琥珀さんだって鬼や悪魔じゃないんだから。
「ちなみに志貴さんのは亜鉛とかその他諸々精力のつくものをメインにしています」
「い、いやそんな事しなくていいから」
道理で遠野家にきてからいやにムラムラ……ごほんごほん。
「いつ志貴さんが襲ってくるか心配でなりません。きゃーっ」
「だったらやらなきゃいいでしょうっ!」
「そこを敢えてやるのが日常を改変する第一歩なんです」
「……さいですか」
俺は早々と悟った。
この人のやる奇行にイチイチ突っ込むのは無駄であると。
「朝ご飯が終わったら片付けですね。片付けは翡翠ちゃんの仕事なんでとりあえず一段落です」
「暇になるってこと?」
「まあすぐに庭のお掃除を始めますけどね」
「あれ? でも夕方も庭掃除してなかったっけ」
一度帰りが早かった時に掃除をしているのを見た事があるんだけど。
「ええ。朝と晩の二度お掃除をしてるんですよ。秋とかだと落ち葉が凄いからもっとやりますが」
「大変なんだなぁ」
「いえいえ。わたしの仕事はせいぜいそれくらいですから。庭掃除が終わった頃にお昼、お昼の後はその夕方まで完全にフリーです」
「ふーん」
まるでというかまるっきり主婦みたいな生活である。
「フリーの時間は何をしてるの?」
「それこそ普通ですよ。翡翠ちゃんとお話したりテレビを見たり、実験したり」
「……最後にものすごく普通じゃない単語があったんだけど」
「あ、別に大した事してませんよ? オリンピックに参加するには問題あるかもしれませんが」
「何やってるんですかっ!」
「ええ、ですから志貴さんの考えているようなことです」
そう言ってにこりと笑う琥珀さん。
「まあ、それは琥珀さんの趣味だからとやかく言う気はないけど、みんなに使うのだけは止めてくださいね」
「えー? ものすごく効く精力剤とかありますよ?」
「いりません」
「あー、まあ志貴さん絶倫超人ですしね」
「どっからそんな情報仕入れてくるんですかっ!」
「いや、ただの勘なんですけれど」
いかん、完全に琥珀さんのペースだ。
うまく話題を変えないと。
「えーと、夕方の庭掃除が終わったら晩御飯の準備?」
「あ、はい。これもまあ朝と大差ありませんね。翡翠ちゃんが片付け担当というのも」
「……っていうか二人はいつ食事してるの?」
これは俺が遠野家に来て思った最大の疑問である。
「んー。志貴さんたちの前に食べちゃう時もありますし、後の時もあります。その日のメニュー次第ですね」
「決まってないんだ」
「ええ。手早く出来ちゃう時は先に食べられますが、時間がかかる時はそうはいかないと」
「なるほど」
俺たちと一緒に食べる事が出来れば楽なんだろうけど、秋葉はそういうのうるさいだろうしなあ。
「大変なんだね」
今の俺の立場ではそれくらいしか言えなかった。
「いえいえ、慣れてますから」
琥珀さんはいつもの笑顔でにこりと笑ってくれた。
「で、まあまた暇になりますんで色々と。テレビ実験調合研究など」
「ふんふん」
「あ、お風呂の用意もこの間にしてますね。これは志貴さまと秋葉さまが入浴後にお湯を頂くことになってます」
「風呂か……」
思わず琥珀さんの入浴シーンを想像してしまう。
「今わたしの裸とか考えませんでした?」
「かかか、考えてないって」
「うふふふふ」
俺のロコツな怪しい反応に琥珀さんはご満悦だった。
「でー、お風呂の後はまあ目覚ましをセットしてー、寝るだけなんですがー」
笑顔のまま話を続ける琥珀さん。
「やはり一人の夜は寂しくてつい手がー」
「……手が」
「この先聞きたいですか?」
「う」
琥珀さんはそれこそ最高の笑顔で尋ねてきた。
ここで終わられたらそれこそ生殺しというやつだ。
「聞きたい……ですけど」
それは蜘蛛の巣に飛び込むようなものだ。
逃げることの出来ない罠。
「遠慮……させて……」
「あー。お話しているうちに興奮してきてつい過ちを起こしてしまうかもしれませんねー」
「……やっぱり聞かせてください」
だが、罠とわかっていても男はその選択肢を選んでしまうものなのだ。
男とはかように愚かなものなのである。
「あは、会議にはなってないですけれどこういう展開もわたしとしては全然OKですよ」
「……ああ、どんどん駄目になっていく俺」
今更ながら俺は琥珀さんから完全に逃げられなくなっていることを悟ったのであった。