外はざあざあと雨が降り続けていた。
「ここ数日は青天でしたのに」
翡翠はどこか残念そうだった。
「仕方ないさ。そういう日もある」
ムシムシして鬱陶しいけど我慢するしかないのだ。
「ですが……」
「……また今度な」
「はい」
今日は花火をやる予定だったのである。
「夏の雨の日」
「姉さんは自分の部屋に篭ってしまいましたし」
「あ、あはは」
琥珀さんの日頃の行いが悪いからじゃない?なんてうっかり言ってしまったせいだ。
「……たまには静かでいいですけどね」
「たまにはね」
やっぱり琥珀さんが元気でないと調子が狂ってしまう。
「秋葉さまも残念そうでした」
「うん」
前日まで楽しみですねと言ってたくらいだからな。
口ではいつでも出来るじゃないですかとは言ってたけど。
「てるてる坊主でも作ろうかな」
こういう時はそんなモノにすら頼りたくなってしまう。
「そうですね」
「輪ゴムある?」
「用意してまいります」
ぺこりと会釈して部屋を出ていく翡翠。
「……止まないなあ」
空は真っ黒な雲に覆われていた。
「そうだ、アルクェイドと先輩にも連絡いれないと……」
中止になった事を伝えなくちゃいけない。
「……アルクェイドのやつ捕まるかな」
あいつの事だからこんな日でもあちこちうろついている気がする。
それどころか、嬉々として水たまりで遊んでそうなイメージだ。
「志貴さま」
「ん」
翡翠が輪ゴムを持って戻ってきた。
「何かあったのですか?」
「ん? 何で?」
「いえ、楽しそうな顔をしてらしたので」
「ああ、ちょっとアルクェイドの事を想像してさ」
「アルクェイドさまの?」
「あいつの事だから……」
さっきの想像を大げさに話す俺。
「こう、あはははって笑いながらばしゃーんって」
「いくらなんでもそれは……」
そう言いながら翡翠も微笑んでいた。
「……てるてる坊主を作りましょう」
「そうだな」
みんなで花火をやればもっと盛り上がるだろう。
「丸めてっと」
丸めた布を別の布につつみ、きゅっと輪ゴムで締める。
「完成」
あっという間にてるてる坊主の出来上がり。
子供でも出来るアイテムである。
「後は顔を……と」
「あ、志貴さま」
マジックの蓋を抜いたところで翡翠が俺を止めた。
「なに?」
「顔は晴れてから描くのが正しいのですよ」
「へえ、そうなんだ」
「はい」
「じゃあ晴れたら描いてやるからな」
さらりとてるてる坊主の顔を撫でてやる。
そして取り合えずそのてるてる坊主を窓にぶら下げた。
「これならきっと晴れるよ」
「だといいのですが」
後はただ祈るのみか。
「もう二三体作ってみる?」
「効果は同じだと思いますよ?」
「そっか」
「そのぶんお酒も用意しなくてはいけませんし」
「お酒?」
「歌、知りませんか?」
「あー」
そういえばなんかあったなそんな歌。
「本来は金の鈴をあげたいところなのですけど」
「それはちょっとコストがかかるなあ」
「晴れたら考える事にしましょう」
「だな」
これはおまじないみたいなもんだから、そこまで細かくやる必要はないと思うのだが。
翡翠の性格からしてきちんとやらないと気がすまないのだろう。
「どうか晴れますように」
てるてる坊主に会釈する翡翠。
「晴れるさ」
「はい」
それからしばらく雑談などをして過ごす。
「……ん」
「どうかなさいましたか?」
「いや、音が……」
雨の音が聞こえなくなった気がする。
立ち上がって窓の外を見に行く俺。
「……駄目か」
しとしと雨に変わっただけで、まだ雨は降り続けていた。
「いえ、勢いは弱まっています。このままいけばきっと」
「晴れるかな」
「夜までまだ時間はありますよ」
翡翠の目がきらきらと輝いていた。
「……」
あんまり口に出しては言わないけれど。
「翡翠、かなり花火楽しみにしてた?」
「え?」
「い、いや、なんとなくなんだけど」
「はい」
こくりと頷く翡翠。
「花火は綺麗ですから」
そして正直に答えてくれる。
「そっか」
これが秋葉だったら別に花火なんて……とか言いだしただろうなあ。
「綺麗だよな、花火」
「はい」
「どんなのが好き?」
「あまり激しいのは敬遠したいですが……姉さんはそういうのが好きなようで」
「ロケット花火とか?」
「爆竹も好きですよ」
「……あはは」
琥珀さんらしいというかなんというか。
「わたしは普通の花火が好きです」
「棒状のやつ?」
「色々種類がありますが、先端の紙に火をつけて点火するものですね」
「一番オーソドックスなやつか」
火薬がハダカになっている奴もあるが、あれはどちらかというと勢いが強いからな。
「それをこうくるくるって回したり?」
「円が描けますよね」
「あ、やるんだ?」
ちょっと意外かも。
「……楽しいですから」
「はは」
童心に帰るのかもしれないな。
「志貴さまはどのようなものが?」
「んー、どれってのはないけど、まあなんでも好きだね」
「ヘビ花火もですか?」
「あれは有彦が大好きだ」
つけ加えるならヤツはネズミ花火も大好きである。
「……あれはまあ……なんていうか」
なんだろうなあ。
「正直コメントし辛い」
「へ、変な質問をしてしまって申し訳ありません」
「いやいや」
野郎集団で昼間にやったりするぶんには最高なんだろうけどな、あれ。
どう考えてもロマンや風情を感じるシロモノではない。
「地面に置いて吹き出すタイプのやつとか好きだけど」
「面白い名前がついていたりしますよね」
「あるある」
烈風ダイナマイト一号とか、銀河大爆発とか。
「雷光放電とかね」
「そのようなものもあるのですか」
「……あ、いや」
翡翠にはわからないネタだったか。
「今度マンガを貸してあげるよ」
「マンガ……ですか」
「苦手?」
「いえ、姉さんの持っている本は時折読ませて頂いてますが」
「あ、そうなの?」
これまた意外というかなんというか。
「ほのぼのしたのが好きですね」
「なるほど」
「あとは料理マンガなども……」
「そ、そうなんだ」
「オーマイ……なんでしたっけ。あれの料理はどれも美味しかったです」
「作ったの!」
アレを?
「志貴さまも作られた事が?」
「い、いやー」
あれは色んな意味で実験的なマンガだったと思う。
『ぬーぼー』というお菓子を有名にしたのは間違いなくあの作品だろう。
「懐かしい思い出だ」
「はぁ」
翡翠は首を傾げていた。
「話を戻そう。花火の話だ」
「はい」
「俺は三本同時にやったりするのもアリなんだけど」
「危なくありませんか?」
「だ、だよね」
やはり翡翠にはそういうのは不評のようだ。
「じっくりと楽しんだほうが……」
「そうだね、花火は風情を楽しむもんだ」
やるとああ、夏だなあって事を実感出来る気がする。
「……あ」
「ん?」
「雨……」
「お?」
窓の外を見ると日が差し始めていた。
「あんなに降ってたのに」
「この子のおかげですね」
「かもね」
翡翠がてるてる坊主に顔を描いてやった。
かなり可愛いものである。
「お酒を用意してきますよ」
「あ、俺も行く」
「しっきさーん! ひっすいちゃーん!」
「お」
晴れた事ですっかり元気の戻った琥珀さんの声が聞こえてきた。
「もしかしたら琥珀さんが怪しげなクスリで……」
「ご冗談を」
くすりと笑う翡翠。
「さて……と」
これから忙しくなるぞ。
「今日は楽しもうな」
「はい」
翡翠は笑顔で頷いてくれた。
完