琥珀さんにしては珍しく共感出来る意見だった。
「何が可愛いかってその魅力を語ったらもうキリがないんですが」
「色々あるな」
「取りあえずレンちゃんを借りて来て貰えません?」
「おっけー」
今日はレンを無意味やたらと可愛がる日になりそうである。
「猫のいる一日」
「……」
「はきゅーん! レンちゃんかぁいいよぅ!」
「琥珀さん何か色々混ざってるから」
そりゃ猫は可愛いけど見ただけでその反応ってのは。
「……」
「うぐ」
なんかこう、猫にじっと見つめられるとそれだけでときめいてしまう。
猫好きならこの気持ちがわかるだろうか。
「あーもうっ!」
レンにぎゅっと抱きつく琥珀さん。
「ふわふわのもこもこ〜!」
なんて頬をすりすりしている。
「……」
レンはというと、やはりというかなんというか迷惑そうな顔をしていた。
「目がくりくりで〜、うふふふ〜」
猫に限らずだけど、動物を相手にすると人間は児童退行するような気がする。
ほ〜ら○○ちゃんご飯でちゅよ〜とか。
「肉球ぷにぷに〜」
「琥珀さんその辺にしておいたほうが……」
あんまりちょっかいを出しすぎると。
がり。
「……いったあああああっ!」
ほら引っかかれた。
「あはははは……」
苦笑している俺のほうに逃げてくるレン。
そしてひょいと膝の上に乗った。
「もう、酷いですよー」
「ありゃやりすぎだって」
「……まあ否定は出来ませんが」
レンの撫でてやるとごろごろと喉を鳴らして目を細めている。
「あう、可愛い……」
そんなレンを見てしまうと琥珀さんも怒れないようだった。
「ほれほれ」
琥珀さんへ向けて持ち上げて、両手を掴む。
しゅっしゅっ。
空を切るねこパンチ。
「うああ〜!」
琥珀さんは肉球と毛のもふもふの直撃を食らって悶えていた。
あれは即死級の威力だからな。
「よっと……」
俺はベッドの上に寝転がってレンを胸の上に乗せた。
「にゃぁー」
催促するような鳴き声。
「……」
しかしそれを敢えて俺は無視してみた。
「にゃあー」
「……志貴さん、撫でてあげないんですか?」
「うん」
「……」
レンはひょいと胸から降りて琥珀さんのほうに向かっていった。
「もう。志貴さん薄情ですねぇ。ほらレンさーん。琥珀が可愛がってあげますよ〜?」
どこから取り出したんだかねこじゃらしのようなものをフリフリさせている琥珀さん。
「……」
レンはしばらくそれにじゃれて遊んでいた。
「ねこ〜ねこねこ〜」
また琥珀さんが壊れ始めた頃。
「……」
レンは今までじゃれていたそれにそっぽを向いて歩き出した。
「あら……飽きちゃったんですかね?」
「だろうな」
ベッドの上に乗り、そしてまた俺の胸の上に乗る。
「にゃあー」
再び催促するように鳴いた。
「よしよし」
今度は頭を撫でてやる。
「にぃ〜……」
レンは嬉しそうに鳴いた。
「は、はうぅー!」
「いやもうそれはいいから」
「猫がデレる瞬間って最高に可愛いですよね〜?」
「うん」
基本気まぐれだから、こうやって懐いてくるとなんだか妙に嬉しくなってしまうのだ。
「琥珀さんもこれくらい可愛ければいいんだけどなぁ」
「おやおや。そんな事言うと本気にしちゃいますよ?」
「あはは……」
なんて普段言わないような事を言って琥珀さんといちゃついてみる。
「……フーッ!」
「おおうっ!」
レンの爪が俺の顔の手前を空ぶった。
そしてひょいひょいと部屋の隅っこへいってしまった。
「ヤキモチですかね?」
「かもね……」
しばらくそのまま壁に向かってそっぽを向いていたが、飽きたのか足を上げて毛づくろいを始めた。
「あー……あれも可愛いですよねぇ」
「近づいちゃ駄目だかね」
一歩でも近づいた途端その仕草は終わってしまうのだ。
「……」
足で背中をかき、丸めた手で顔を撫で回す。
ころんと横になっておなかの毛をかき回したり。
「かわいいかわいいかわいいですよぅ〜」
「あはは……」
「あー……かわいい……」
目を細めてひたすらかわいいを連呼する琥珀さん。
何もない平穏な時間。
たまにはこんな日があってもいい。
「……」
「お?」
毛づくろいが終わったのか、レンがじっとある一方を見つめていた。
しっぽがゆらゆらとゆれ、ふいに止まったかと思うとまた動き出す。
何をするのかと思ったら……
がり、がりがりがりがりがりがり。
「っきゃあー!」
レンは見ていたその柱で爪とぎを始めてしまった。
「それは駄目ー! それだけは駄目なのよー!」
琥珀さんが大声をあげてレンへ向かっていく。
レンはひらりと琥珀さんをかわし、俺のほうへと逃げてきた。
「こら! こっちきなさーい!」
「……」
ぷいとそっぽを向くレン。
俺は防壁にされてしまったようだ。
「ふっふっふ。そっちがそう出るならこっちにも考えがありますよ」
なんて怪しげに笑う琥珀さん。
「どうするの?」
「こうですっ!」
そして俺のベッドの下からダンボールを取り出してきた。
「ってなんでそんなものが?」
「こんな事もあろうかと用意しておいたんです!」
どんな事だよ。
「うふふふふふ」
笑いながらダンボールを組み立てる琥珀さん。
「出来ました」
上が閉じてない状態のダンボール箱が出来た。
「それがどうしたの?」
「……」
「お」
レンの尻尾がゆらゆらと揺れている。
視線はダンボール箱。
「……」
「おお?」
レンはまるで吸い寄せられるかのようにダンボール箱に近づいていった。
ひょい。
そしてその中へとすっぽりと入ってしまう。
「捕まえましたよー!」
すかさずフタをしてしまう琥珀さん。
「どういう事?」
「猫の習性ですね。箱に関わらず、穴の開いたものに興味を示すんです」
「へぇ……」
ダンボールの中でがりがりと壁をひっかく音が聞こえる。
「でもかわいそうじゃない?」
「そうですね。どうせ志貴さんの部屋ですし柱なんかどうなってもいいですか」
さりげなく酷い事を言われてる気がする。
「よいしょっと」
閉じていた蓋を空ける琥珀さん。
「……」
すると様子を伺うようにレンが淵に手をかけ、顔だけを覗かせる状態になった。
「……!」
それを見てしまった琥珀さんの狂喜ぶりったらもう。
「は、はぅ。かぁいいよぅ。お持ちかえりー!」
「落ち着いて琥珀さん、それ全然別キャラだからー!」
とにかく俺たちはレンのおかげでひたすらに和む時間を得る事ができたのであった。
完