「さて今年もいよいよ後一時間になりました……」
ぴっ。
「おおーっとついにダウーン! これは厳しそうだーっ!」
「ちょっと琥珀。勝手にチャンネルを替えないでくれる?」
「え? 見ていらっしゃったんですか秋葉さま? 興味がないとか仰られていたはずなのに」
「そ、それは……その」
「まあまあいいじゃないか。琥珀さん。意地悪しないで戻してやれよ」
「はーい」
ぴっ。
再び年末恒例歌番組に。
ぼりぼりぼりぼり。
コタツに入りながらせんべいをかじりつつ、みんな揃ってテレビを眺める。
基本的な大晦日そのものの光景だった。
「遠野家の大晦日」
「しかし姉さんの部屋に全員が揃うのなんて初めてではないですか?」
「言われて見ればそうだな」
琥珀さんの部屋にしかテレビがないから必然的にこうなったんだけど。
きっかけは簡単だった。
秋葉のやつが生まれてこのかた大晦日に年末恒例歌番組、早い話が紅白歌合戦を見た事がない、と言ったからだ。
一体このお嬢様は今までどんな大晦日の過ごし方をしてきたんだろうか。
そう聞いたら
「いつもどおりに寝ていましたよ」
「いつもどおりっていつだよ」
「九時半くらいですかね」
お子様みたいな早寝であった。
いくらなんでも世間とずれすぎてるだろうと思ったのでこうやってテレビの前に連れてきたのだ。
一緒に年の変わる瞬間を向かえよう、と。
今見ている紅白歌合戦は秋葉の嗜好に割と合っているみたいだった。
俺は格闘のほうもちょっと見たかったんだけれど、そこで耐えるのが男の、兄の美学ってやつだろう。
「最近の若者はこういう歌を聞いているんですね……」
なんだかおばあちゃんみたいな感想を言う秋葉。
「おいおい」
今度MDプレイヤーでも貸してやるかなあ。
「あはっ、演歌が始まりましたよー」
「ん」
琥珀さんの言うとおりテレビの画面では渋いおじちゃんが熱くこぶしを唸らせていた。
「ああいう歌い方難しいんだよなぁ」
カラオケで挑戦してはいるもののまともに成功した試しがない。
「志貴さん演歌なんて歌えるんですか?」
「んー……まあネタとしてだけどね」
そこで何故演歌っ? みたいなタイミングで入れるのがコツだ。
「ちなみに得意技は北島三郎の与作」
「渋っ! 渋すぎですよ志貴さんっ!」
琥珀さんの目はきらきらと輝いていた。
こういうネタには目がない人なんだよなあ。
「き、きたじまさぶろう?」
「なっ! まさかおまえサブちゃんを知らないのかっ?」
「ありえねーですよ秋葉さまっ? それでも日本人ですかっ?」
あんまりにも驚いたのか琥珀さんの口調が普段と違う。
「な、だ、だって私はテレビなんて滅多に見ないし……」
「いけませんね。今度から秋葉さまにはせめて一日一時間はテレビを見てもらうようにしないと」
「ああ。いくらなんでも一般常識に疎すぎる」
下手をしたらタモリとかも知らないんじゃないだろうか。
「サブちゃんは『祭り』が好きです」
「ひ、翡翠っ?」
まさか翡翠までサブちゃんと呼ぶとは驚きである。
「ちなみにこのまま紅白見てればサブちゃん出てくるから」
「そ、そうなんですか……わかりました。覚えておくことにします」
いや、そんなに気合を入れられても困るんだけど。
「さあ、続いてはついにこの方の登場です!」
「ん」
明るく軽快なBGMが流れ出した。
「おっ。始まったぞ……」
秋葉の事もあるけど、今年紅白を見ようと思ったのはこの人が出るからなのである。
「わ。ビデオセットしないと」
琥珀さんはこの人の大ファンである。
時代劇をやってたころから好きらしい。
「ついに……ですか」
琥珀もこの人のファンだ。
むしろ俺が薦めた。
「誰が出てくるんですか?」
「見てればわかるよ」
和服を着た芸者さんたちが次から次へと踊りながら現れていく。
「な……な?」
秋葉は目をぱちくりさせていた。
それはそうだろう。俺も初めて見た時は我が目を疑ったものだ。
「オ〜レ〜オ〜レ〜マツケンサンバ〜」
そう、俺が楽しみにしていたのは松平健のマツケンサンバ?である。
「いよっ、待ってました〜」
画面に向けて拍手する琥珀さん。
「こ、これは一体?」
画面ではきらびやかな衣装を着たマツケンが笑顔でマツケンサンバを熱唱している。
俺は黙ってその映像と歌を堪能していた。
「……」
いつの間にやら秋葉も静かになり画面に見入っている。
間奏のダンスシーン。
「いいですねー。素晴らしいです。マツケン最高ですよ〜」
琥珀さんがべた褒めしていた。
「うん……これはいいよな」
外国人が見たらフジヤマサムライゲイシャ! と大喜びすることだろう。
そのダンスも歌も一級品のエンターテイメントだ。
「マツケン……」
「ちなみに琥珀さんがCDとプロモ持ってるぞ」
「……今度見せてもらえるかしら」
「あはっ。もちろんですよ〜」
どうやら遠野家で今年最大のブームはマツケンになりそうだった。
「テレビを見てるとこんな素晴らしい方も拝めますしねー。新聞とはまた違った情報収集が出来るんですよ?」
「……そうね。ちょっと考え方を改めなくてはいけないわ」
あの堅物の秋葉の意見を揺るがせるほどのマツケンサンバ。
やはりあのはっちゃけ具合は人に多大な影響を与えてくれるようだ。
「ああ、終わっちゃいましたねー……」
そんな楽しい時間もあっという間に終わってしまった。
「まあしょうがないよ。他の歌に聞き入るとしよう」
渋い演歌やしっとりとした歌が続く。
「……」
いつも早寝らしい秋葉は頭がこっくりこっくり揺れていた。
「秋葉さま、大丈夫ですか?」
「へ……平気よ。これくらい」
「翡翠、紅茶でも煎れてやって」
「わ、わたしがですか?」
「け、結構ですっ!」
目を見開く秋葉。
「目が覚めたか?」
さすが翡翠の料理(?)だ。
名前だけで人を目覚めさせる効果が在るとは。
「志貴さん、翡翠ちゃんをそういう風に使うのは感心しませんねー」
琥珀さんはそんな俺に渋い顔を向けていた。
「え? な、何か?」
「ううん、翡翠ちゃんは気にしなくていいんだよ〜。志貴さんは落とし玉減らさなきゃですね」
「そ、そんな!」
「あはっ。冗談ですよ。これでおあいこですかねー」
「敵わないなぁ……まったく」
来年も琥珀さんには頭が上がらないような気がする。
「はぁ……年末だというのにいつもの調子なんですね、兄さんは」
秋葉がため息を付いていた。
「年末だろうがなんだろうが俺は俺だよ」
「まあそれはそうですけど」
しばらく毒にも薬にもならない無駄話が続く。
だがコタツをみんなで囲って話しているとなんだかそれが妙に貴重というか大切な時間みたいに思えてきた。
なんていうかそれが「家族」って感じがして。
「ではそろそろチャンネルを替えましょうかねー」
「え?」
来年まであと十数分といったところで琥珀さんがチャンネルを替えた。
「ちょっと、何するのよ」
「あはっ。やっぱり新年はいい男と共に迎えたいじゃないですかー」
琥珀さんが替えたチャンネルはぢゃにーずの美形のライブで新年を迎えようというものであtった。
「……」
画面一杯に映し出されるイケメンに視線を奪われる秋葉。
「ま、まあ……これもいいかもしれないわね」
ぢゃにーずの力はマツケンより恐ろしいかもしれなかった。
「あの方、志貴さまに似ている気がいたします」
「そ、そうかな?」
「兄さんのほうが形が整ってますよ」
「あはっ、秋葉さまそれはブラコン発言ですよー?」
「じ、事実を述べただけです。琥珀だっていつも翡翠びいきしてるじゃないのっ」
「翡翠ちゃんは別格ですよ〜」
「あ、あはは……」
五十歩百歩のような気がしてならない。
「ナニワ友あれ輪になって……」
相変わらずイケメンたちがサワヤカに歌を歌い上げている。
「うーん」
普段あんまりぢゃにーずの方々が歌ってるのなんて見ないのでなんだか新鮮だった。
「そろそろですねー」
「何が?」
「時計見てくださいな」
「あ」
見ると来年までもうあと3分を切っていた。
「……」
不思議と沈黙してしまうみんな。
「今年も色々ありましたねえ……」
感慨深そうに琥珀さんが呟いた。
「そうだな……」
楽しい事も辛い事も、色々あった。
「来年もいい年になればいいですね」
「なるさきっと」
楽観的かもしれないけれど信じるのにバチはあたらないからな。
「それじゃあみんなでカウントダウンだー!」
そしてついにカウントダウンが始まった。
最初は大きな数字から。
あっという間に数は減り。
「3……2……1……」
ぱーん!
「新年開けましておめでとう」
画面に大きく文字が浮かび上がる。
「あけましておめでとうございます〜」
「おめでとうございます」
「おめでとう」
みんな揃って新年の挨拶。
この瞬間ってのは何度迎えても奇妙な感じだ。
「はは……ははは」
「あはっ、あはははは」
「……ふふ」
思わず笑ってしまう。
「今年もよろしくお願いしますね、志貴さま」
「うん、宜しく」
「今年もはっちゃけますよー」
「……いやいきなりその宣言は困るなあ」
「本当ですね」
「うわ。そんな二人していじめないでくださいよ〜」
年が開けても全く進歩のない遠野家の人々。
まあ、進歩がないのは平和だからこそ。
今年もきっと飽きの来ない楽しい日々が過ごせることだろう。
俺は暖かい空気の中でそう確信するのであった。
完