俺は琥珀さんの言葉にただただ苦笑するしかなかった。
「アルクェイドさんです、どうぞー」
「いや答えは?」
「そんなものないですよ?」
「……」
その潔さをどうしてもっと上手く使えないんだか。
「やっほー、志貴ー」
「今日は楽しくなりそうですねー」
「……俺は頭が痛くなってきたよ」
「琥珀サイエンス」
「で、今日は何をやるのかしら?」
俺の知り合いの中でおそらく最もヒマ人であるアルクェイドは、琥珀さんと組むには最高の人材だろう。
「志貴。なんか酷い事考えてるでしょ」
「琥珀さん、何をやるのかな?」
「あー、無視したー。志貴が無視したー」
「だあ、子供じゃないんだから大人しくしてろ」
「うふふふ。仲が宜しいですねえ」
くすくすと笑う琥珀さん。
「今日はアルクェイドさんと一緒に日常の疑問を解き明かしていこうと思います」
「日常の謎?」
「そう。名付けて」
びしっと明後日の方向を指差す琥珀さん。
「琥珀サイエンスです!」
「あー」
アレね。
「それでこいつなのか……」
なんとなく琥珀さんがアルクェイドにやらせたい事がわかってしまった。
「え? どういう事?」
「いや何でもない」
とすると俺はどっちなんだろうか。
「まず最初の疑問はー」
琥珀さんは秋葉の写真を取り出した。
「秋葉さまの胸はどうして」
「それはもう何度もネタにしたからいいよ」
「……何度も繰り返すのがネタの基本なんですけどねー」
琥珀さんはとても残念そうだった。
「ふーん」
秋葉の写真をじっと眺めているアルクェイド。
「どうした?」
「最近のカメラって綺麗に映るのね」
「昔の写真なんか知ってるのか? おまえ」
「失礼ね。写真どころか肖像画を描いて貰った事だってあるのよ?」
「……いや、肖像画のほうが古いと思うんだが」
見た目だけなら美人だからな、こいつは。
「志貴、また失礼な事考えてる」
「な、何故わかる」
「乙女の直感よ!」
誰が乙女だ。
「秋葉さまだって肖像画ぐらい描いて頂いてますよー」
「いや対抗してどうするのさ」
「いやヒロインが対抗しあって主人公が止めるのは基本でしょう」
基本の意味がわからないんですけど。
本題からもずれてる気がするし。
「うふふふふ」
怪しく笑う琥珀さん。
「揉め合う二人の間に出てくるのは決まってますよね?」
「……出てくるのは?」
「お困りのようですね皆さん!」
「ん」
窓の外から声が聞こえた。
「何だ?」
「わからない事があったら何でもわたしに聞いてください!」
「この声は……」
まさか、いや、そんな。
「とうっ!」
「おおっ?」
この展開はまさか窓を突き破って?
がちゃ、がちゃがちゃがちゃがちゃ!
「……」
「……あー、鍵開けてませんでしたねえ」
苦笑いしながら窓の鍵を開ける琥珀さん。
「り、リテイクしてもいいですか?」
「ダメです」
俺は窓から入ってきた人物に即答した。
そんなのやり直してたらキリがなくなってしまう。
「うう、せっかくの出番だというのに……」
落ち込んだ素振りをみせるその人物は。
「そういう事やってると出番がなくなってしまいますよ?」
「お待たせしました! 困った時には呼んでくれ、万能の専門家シエルです!」
シエル先輩その人であった。
「……先輩……そこまで追い込まれていたんですか」
「ななな、何の話ですか? 出番がないあまりの苦肉の策などではないですよ?」
「……」
ただひたすらに悲しかった。
「というわけで万能の専門家が来たんですけど、何か質問ありますか?」
琥珀さんが尋ねてくる。
「しっつもーん」
アルクェイドが手を挙げる。
「なんですか?」
「シエルはどうして地」
「アルクェイド」
「むぐっ?」
危険な言葉を言いかけた口を塞ぐ先輩。
「ルイージというキャラクターを知っていますよね」
「マリオの弟の?」
「そうです。2ではマリオよりジャンプ力が高く着地後のスライドが長かったルイージです」
またそんなマニアックなネタを。
「あー。ありましたねー。あれはルイージの黄金時代でしたよー」
しかし琥珀さんは当然のように反応していた。
「そう。彼は一時期主役よりも使い勝手がいいと言われた時代がありました。コアなファンも多いです」
「確かに……」
ルイージのファンは多くはないだろうが、にわかファンより根強い気がする。
「そんな彼ですが、あるゲームで『にいさんのやくにたちたい」という究極の名言を残しました」
「……また懐かしいな」
「あの言葉には思わず涙すらしました」
俺もあれには心を揺り動かされたなあ。
「そう。彼は敢えて日陰のポジションに甘んじていたのです! 兄をサポートするために!」
「おお!」
「つまり、そういう意識を持って行動している人間もいるということなのですよ!」
「へえ。シエルってそうだったんだー」
感心した様子のアルクェイド。
「……そういう事にしておいて下さい」
先輩はどこか遠い目をしていた。
「で、本題はなんでしたっけ?」
「なんだっけ?」
俺はもうほとんどどうでもよくなってきていた。
「日常の謎を解くために専門家が来たところまでです」
「あー」
そうだったそうだった。
「で、謎ってなに?」
「……それはこれから考えるんですが」
「……」
根本的なところが欠落していた。
「そんなの簡単じゃない!」
「ん」
見ると満面の笑顔をしているアルクェイド。
なんだか嫌な予感がする。
「な、なんだよ」
「謎がないなら作っちゃえばいいのよ!」
「……だあっ!」
本家に負けず劣らずの問題発言。
「それですよ!」
「うおおーい!」
しかもそれが二乗。
「そうですね! そうすればわたしの出番がさらに!」
「ちょっと! そこは止めるとこでしょ!」
いや三乗。
「だ、だって……」
「拗ねてもダメです」
シエル先輩も色々と大変なようだ。
「ではさっそくわたしが家の中に仕掛けをしてきますよー」
「あ、じゃあ手伝うわよ?」
「ありがとうございます。では地下のほうに手配を……」
琥珀さんとアルクェイドは仲よく何処かへ去っていってしまった。
「だ、だから……!」
それじゃ本末転倒だと思うんだけど。
「頼もしいですね。待っていますよ。わたしも全力で謎を解決してみせます」
「いや、それもう専門家じゃないから!!」
聞く耳なんかまるで持ちやしない。
三人寄ればなんとやら。
「こんなの……こんなのサイエンスじゃなーい!」
俺の悲しい叫びが響き渡るのであった。
完