いかないよと言おうとしたら、アルクェイドがなにやら意味ありげな笑いを浮かべていた。
「な、なんだよ」
なんだか嫌な予感がする。
そしてこういう予感に限ってまず間違いなく当たるのである。
「サンタクロースの手伝い、わたしにもやらせてくれない?」
ほら、やっぱり。
「サンタが遠野にやってきた」
後編
「ほら志貴、準備はいい?」
「……なんでお前が仕切ってるんだよ」
そんなわけでクリスマス当日の夜。
俺たちはみんなにプレゼントを渡す準備をしていた。
「細かい事は言いっこなしよ。ほら、ヒゲつけて」
「はいはい」
言われるがまま付け髭を装着。
「これでどこからどう見てもサンタクロースよね」
「……まあな」
お馴染みの上から下まで真っ赤な衣装。
万が一姿を目撃されてもこれなら大丈夫というわけだ。
「俺はこれでいいんだが」
問題はアルクェイドのほうである。
「どうしてお前は生足なんだ?」
アルクェイドの格好は、サンタ仕様にミニスカ、赤ニーソというなんだか怪しげな格好であった。
「可愛いでしょ?」
「そりゃまあ……」
むしろ色々際どくてヤバイ。
絶対領域の恐ろしさを俺は実感した。
「……お前がいいなら別にいいけどさ」
中が見えたって恥ずかしがるような奴じゃないし。
「プレゼントは全部揃ってるわよね?」
「ああ」
白い袋の中を確認する。
アルクェイドがチョイスした、なんだか有名らしいバイオリン。
琥珀さんに注射器あげても怖いので去年と同じ肥料と種。
それから翡翠用にぬいぐるみと。
「ちゃんと入ってるよ」
「一応志貴のマンガも入れといたほうがいいんじゃない?」
「……どうして?」
「だってほら、妹たちがサンタを捕まえようとするかもしれないじゃない?」
「さらりと怖い事言わないでくれ」
しかも秋葉たちなら本当にやりかねないのがイヤだ。
「その時に袋を取られても、志貴用のプレゼントが入ってれば志貴が怪しまれる可能性は減るわ」
「……こういう時だけ妙に頭働くのな、おまえ」
「失礼ね。わたしを何だと思ってるのよ」
「いや……」
余計な事は言うまい。
とにかくプレゼントを渡すのが目的なのだ。
「とにかく、頑張ろう」
「オッケー」
そんなわけで俺たちはそっと部屋を出た。
「どこから行くかな」
既に時刻は深夜。
普段なら秋葉が眠っている時間帯だ。
「翡翠とかからでいいんじゃない?」
「だな」
まずは安全なところから攻めていこう。
「抜き足差し足」
翡翠の部屋まで足音を立てず慎重に歩いていく。
「……問題は翡翠の就寝時間がわからない事なんだよな」
もしかしたらまだ起きているかもしれない。
「起きてたらわたしが眠らせちゃうわよ」
「そりゃ助かる」
魅了の魔眼とか使えるこいつだったら眠らせるくらい楽勝だろう。
「よし」
翡翠の部屋に辿りついた。
「開けるぞ」
「ええ」
そっとドアを開ける。
「……ん?」
電気がまだついていた。
だが翡翠の姿はない。
「トイレかな?」
「ならチャンスじゃないの。今のうちに……」
「おう」
枕の傍にぬいぐるみとメリークリスマスと書かれたカードを置いておく。
「これでよしと」
「撤退するわよー」
「おうっ!」
ドアを閉じて素早くその場から離れていった。
「割と上手くいったわね」
「おう。次は秋葉だ」
この調子なら案外うまくいくかもしれない。
「……志貴」
「ん?」
「ちょっと」
「なんだよ?」
柱の裏に俺を引っ張るアルクェイド。
「誰か来るわ」
「なんだって?」
さっきいなかった翡翠だろうか。
「……」
確かに聞き耳を立てると足音が聞こえた。
かつ……かつ。
「……曲がったみたい」
「曲がったってことは……」
そっちは秋葉の部屋である。
「行ってみる?」
「おう」
俺たちはその謎の足音を追いかけていった。
「……いないわねえ」
「いないなあ」
秋葉の部屋の前まで来たが、そこには誰の姿もなかった。
「部屋の中かしら?」
「見てみるか」
静かにドアを開ける。
「……ん」
こっちは真っ暗だった。
「どれ」
電気をつける。
「寝てるみたいね」
秋葉はベッドの上で夢の中のようだ。
「じゃあさっさと置いて行こう」
枕の元に近づいて、何か置いてある事に気がついた。
「これは?」
靴下は秋葉が置いたものだとしても。
「プレゼント……だよな?」
そこにはラッピングされた水色の箱が置いてあった。
「先客がいたってこと?」
「うーん」
取り合えず俺たちのバイオリンも傍に置いておく。
「さっきの足音の主だろうな」
「本物のサンタかしら?」
「……」
それはないとしても。
去年みんなにプレゼントを贈ったサンタと同じ人物じゃないだろうか。
「次は琥珀さんのところにいくんじゃないかな」
「そうね。行ってみましょ」
「ちょ、こらっ!」
俺はアルクェイドに引っ張られる形で秋葉の部屋を後にした。
「琥珀の部屋ー」
「見りゃわかる」
琥珀さんの部屋のドアが見える位置で俺たちは隠れていた。
「サンタを捕まえればプレゼントは全部わたしたちのものよっ」
「物騒な事を言うんじゃない」
「冗談よ。顔を見られればそれで十分」
「……ん」
果たしてサンタの正体やいかに。
「……」
五分経過。
「来ないな」
「ねえ」
十分経過。
「……おかしいな」
ちっとも来る気配がなかった。
「もしかしてもう琥珀には渡し終わった後とか?」
「そ、そうか」
俺たちと同じルートを回ってるなんて確証はなかったのだ。
待っている間に俺の部屋のほうに行ってしまったのかもしれない。
「中見てみる?」
「おう」
ドアを開ける。
「こっちも真っ暗……と」
電気をつける前に用意して来た懐中電灯で別のスイッチを押しておく。
「セキュリティ解除」
電子音が響いた。
「……ふう」
これでようやく電気をつけられる。
「今の何?」
「サンタを捕まえようとしてた罠を解除したの」
さすがは琥珀さん、用意周到である。
「……でもこんな罠仕掛けて立って事は」
琥珀さんがサンタの正体じゃないんだよな。
「寝てるわねぇ」
「ああ」
「うふふふ……」
琥珀さんは幸せそうな寝顔をしていた。
「新しいお薬で志貴さんを……うふふ」
「……恐ろしい」
注射器をプレゼントにしなくてよかった。
「これを置いてと」
こっちにはまだ靴下が置かれていただけだった。
「……まだ来てないんだ」
とするとここで待っていれば本物のサンタが……
「どなたですか?」
「!」
聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
「ひ、翡翠」
しまった、慌てて名前を呼んでしまった。
「……?」
首を傾げている翡翠。
「ばか、志貴っ!」
「トドメさしてどうするっ!」
ああもう、これじゃ正体がばればれじゃないか。
「志貴さま……それにアルクェイドさまですか?」
「ナ、ナンノコトデスカー? ワタシハサンタデース」
「アルクェイド、それ無理ありすぎ」
この状況じゃ何を言っても無駄だろう。
それに。
「その手に持ってるの……プレゼントだよね?」
翡翠の手には、先ほどと同じ水色のラッピングをされた箱があった。
「……はい」
「ってことは……」
「そういう事です」
つまりサンタクロースの正体は翡翠だったのである。
どうして……とは言うまい。
秋葉や琥珀さんがクリスマスプレゼントを楽しみにしていたのは、昼間の反応で明らかだった。
翡翠があまりプレゼントを主張しなかったのも、自分がサンタ役を務めていたからなのだろう。
「この事は二人には……」
「そりゃもちろん」
「こっちも同業者だからね」
にこりと笑うアルクェイド。
「今年はプレゼントが豪華ですね」
「ああ」
翡翠も微笑んでいた。
「さて、めでたしめでたし……と」
部屋へと戻る。
サンタの正体もわかった、プレゼントも配り終わったと。
明日はみんなの喜ぶ顔が見られる事だろう。
アルクェイドも帰った事だし、これでゆっくりと眠れる。
「……?」
ベッドの上を見ると、そこにやたらとでかい箱が置かれていた。
「なんだこれ」
翡翠のプレゼントだろうか。
「……いや」
翡翠のものらしきものは机の上に置かれていた。
とするとこれはなんだろう。
「……」
恐る恐るリボンを解く。
「じゃーんっ!」
「だわあっ!」
中から何かが飛び出してきた。
「お、おまっ……アルクェイドっ?」
そう、さっきのサンタの服を着たままのアルクェイドだ。
「えへへ、わたしからのクリスマスプレゼント」
「ちょ、おま、何を……」
何をってこの状況でやることはひとつなんだろうが。
「楽しいクリスマスにしましょ」
「……」
まあいいか。
諦めてこの状況を楽しむ事にしよう。
「マスター。止めましょうよー、こんな泥棒まがいの事……」
「何を言っているんですかセブン。これは遠野くんに夢を与える仕事なんですよ?」
「……げ」
その刹那、なんだかどこかで聞いたような声が窓の外から聞こえた。
多分、この状況で最も来てほしくない人の声。
「メリークリスマス遠野く……」
来ないでくれと願っても無駄だった。
その人物は窓を開けて部屋の中へ。
「……何をしてやがるんですか? 貴方は」
「そっちこそ……何? 邪魔する気?」
「あわ、あわわわわ……」
睨みあう二人。
俺はこんな状況に巻き込まれる人が他にいない事を天に願った。
「シエルゥゥゥゥッ!」
「さんをつけなさいこのあーぱー吸血鬼ー!」
メリー、クリスマス。
「見てください志貴さん! サンタさん、今回は大盤振る舞いですよっ?」
「……あー、そうなんだ」
次の日、色々あってぼろぼろになった俺のところに琥珀さんがそう報告に来た。
「来年も来てくれるといいわね」
秋葉も目がキラキラしている。
「残念だけど……来年はサンタさん、来れないかもしれないよ」
俺にはとてもそんなに頑張る気力がなかった。
「またまたそんな事言ってー。サンタさんは不死身なんですからー」
「……ははは……はぁ」
来年こそは、平和なクリスマスでありますように。
完